気づいたら記憶喪失だった

或真

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序章

記憶喪失、仕事に就く。

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現在の所持金はたったの20金貨。
これでも結構な金額だが、収入が無い時点で長持ちはしないだろう。
貨幣にも3種類あるらしい。金、銀、銅である。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚で両替が可能だ。一人当たりの一日の出費は最低限で銀貨2枚、そして俺たちの出費は二人分。単純計算最低限の生活を営んだとしても、収入なしでは二ヶ月弱で持ち金が消えてしまう。

それ以前にアドが最低限の生活を許すとは思えなかった。

そして俺が金貨を独占したと思われ、嫌われている以上、宝箱は帰ってこないだろう。

どうやら、今すぐ仕事を探さなければいけないようだ。
アドを責めている場合ではなさそうだな。逆に協力して仕事を見つけるのが最適解だろう。

「お金…」
とアドは心神喪失のような状態になっていた。

「アド、おいアド!」

「何?」
目が充血して赤く腫れている。

「あのなー」
仕事を見つけることを伝えようとした途端、アドが俺にしがみついてきた。

「アーサー、ごめんなさい!私のせいでお金が…!私自身の命で償うわ!」

どうやら、アド自身反省していたようだ。龍王とはいえ、一応常識的な一面があるみたいで安心した。
それに、反省ができるなら、成長の余地あり。それに大切な仲間を失いたくはない。

「アド、起こってしまったことはしょうがない。お前が死ぬことなんて望んでいないし、反省してるなら俺から言うことは何もないさ。」

「アーサーァ!」
可憐な顔が涙で濡れているが、変わらず美しい。

「で、さっき言いかけたんだけど、仕事を探すことにしたんだ。」

「龍王の私が仕事?」

「しょうがないだろ、もう金貨は20枚しかないんだよ。」

「え?どこから金貨20枚が?」

「昨日お前がばら撒いているところを見てて、無くなると思ったんだよ。だから保険として数十枚だけ胸ポケットの中に忍ばせといたんだよ。」

「えっ、天才?」

「とにかく、俺たちに収入がないと、一ヶ月くらいで破産しちゃうんだよ!」

一ヶ月で破産という言葉を聞いた途端、アドが今まで見たこと無いほど驚いた顔をした。

「分かったわ、仕事をするのは屈辱的だけど、生活には代えられないわ。」
キラの森でしか過ごしたことのないアドだからこそこの文明的な生活を気に入っているみたいだ。

「じゃあ、早速どんな仕事があるか探してみよう!」

アドと話す前に、宿の受付の人から仕事紹介所の場所を聞いておいたのだ。どうやら宿から中々近いようで、徒歩3分ほどで辿り着いた。

仕事紹介所と言われても、かなり簡易なものである。どちらかというと大きな掲示板のような形状である。
大広場の中心に掲示板が立っているだけという具合だ。その掲示板には仕事の募集要項が種類ごとに分けてある。正社員、アルバイト、派遣など形態種類や、仕事の種類で分類されている。ざっと見て数百の仕事が紹介されている。

(料理人や用心棒、宅配、怪しい薬の治験もあるな。)

自分では決められそうにないので、アドに聞いてみるとしよう。

「アドはどれがいい?」

「えっとね、わ、私はね…」
と黙り込んでしまった。

なぜか焦っている様子だし、何かがおかしい。
あれ?もしかして、

「アド、もしかして字が読めない?」

「げっ!」

図星であった。
まあ龍なんだからそもそも人の字を読めた方が不自然か。

「まあまあ、龍だからしょうがないだろ。だったら、なんで人語は話せるんだ?」

「200年前くらいにキラの大森林に冒険者が迷い込んでさ、そいつが私と同じくらい強かったのよ。で、相討ちになって、その人との争いの中で友情が芽生えたのよ。その後ちょくちょく会いにきてくれて、その時人語を教えてもらったのよ。でも140年くらい前くらいから寿命で死んじゃったのよ。あの時は私でも泣いたわ。」

さっき金を盗まれたからって泣いてた奴が何言ってんだよーって思ったが、人族で龍と引き分ける人物がいたことは驚きだ。世界は広いようだな。

「名前は知らないのか?」

「140年前のことだから、忘れちゃったのよ。」

「へ、へぇー」

「てかそれより、なんでアーサーは字を読めるの?世界について無知のくせして!」

確かにそれは疑問だ。俺は本当に記憶喪失だが、この世界の言葉やら字などは理解できる。一体どういうことなのだろうか。

「もしかしたら魔法とかで補正がついているのかもしれないわね。」

なるほど。何者かによって魔法で言語理解の補正をつけられているのは十分あり得る。記憶喪失になった理由とかも知ってそうだな。

「まあ、今は役立つから不問にして、仕事を決めよう。えっと、色々あるね、医者、用心棒、料理人やら。ほとんどの仕事はあるみたい。」

「医者って確か病とかを治す人で、用心棒は警護だったかしら?後料理人はそのまんまだったわね。」

人界の仕事などについてはその謎の冒険者から教えてもらったようだな。
だったらもうちょっと金銭感覚を教えてやって欲しかったのだが、しょうがない。
俺が今後教えていくことにしよう。

「私は、料理人がいいわ。あの宿で食べたような絶品な料理を食べれるならなんでもいいわ。」

「確かに料理はできて損はしないか。」

料理人の募集要項のチラシを一枚手に取り募集要項を確認すると、思わぬ落とし穴があった。

「アド!!これ資格がないとできないぞ!」

他のチラシを次々へと確認していくと、そのほとんどが資格を必要としていた。
医者はもちろん、用心棒すら用心棒資格とやらが必要らしい。
資格を必要としない仕事もいくつかあったが、暗殺や怪しい薬の治験など危ない香りがするものばかりだった。

(やばい、ほとんどダメじゃないか!)

また振り出しかよ、と思った瞬間ー

(冒険者ギルド加入?)

資格は必要ない上、給料は最低でも1日銀貨8枚、最高で金貨50枚と言う、破格のもの。ここまでならばいい仕事のように見えるが、その下に恐ろしいことが書いてあった。

『おひとり様辺りの入会料金貨10枚!他の冒険者様の紹介なら9枚!』
と、どう見てもぼったくりなことが書いてあった。

入会してもいつ初仕事が回ってくるか分からない。
しかも金貨を全て払わなければこのこの仕事に就くことはできない。
すなわち全財産を失う上に、いつ初任給をもらえるか分からない。
そんなリスクは負えない。だとすると、他の冒険者からの紹介が必須だ。

(都合良く冒険者知り合いがいたらなーってあ!)

そういえば、アズルは凄腕冒険者だったはず。
しかもアズルは金貨をアドから受け取っている。
それを賄賂やら汚職金とやら捏造してしまえば、彼もきっと紹介してくれる。
交渉は十分に可能だろう。そうと決まると、再び王城へと、アズルとの面会をしに行くことにした。

「アド、一回アズルに会おう。彼がいい仕事を紹介してくれそうだ。」

「分かったわよ。アーサーがそう言うなら間違いなさそうね。」

どうやら俺はアドさんから信頼されているようだ。

(よし、行くか。)

再び宿の方へと迷いながらも向かい、王城の前へと辿り着いた。
王城にいる人物との面会は、城門を守る兵士を通じて行われる。兵士さんにアポの約束を伝えて、確認が取れたら面会が実現すると言う方式だ。だが、俺たちはもちろんアポなし。知り合いだと言えど、王国屈指の冒険者である以上、忙しいのは当然だ。だからダメ元で面会申し込んだものの、兵士さんにキッパリ断られてしまった。

なら、脅すまでのこと。

「すみません、アズルさんに『アドの金貨の件』と伝えてくれますか?きっと面会に応じてくれるはずです。」
と兵士さんに頼み込んだ。

溜息をつかれたものの、城内のアズルの元へと伝言しに行ってくれたようだ。
数分後、アズルはダッシュで兵士を連れて城門前へと走ってきた。
まさに予想通り。

「応接室を用意できますかいかがですか?」
気を利かせて兵士が言った。

「もちー」
「いいや、遠慮しておきます。すぐここを出るんで。」

アドが何かを言い終える前に俺が答えた。
ちょっと機嫌が悪くなったのは気のせいだろう。

「承知しました。では私はこれで。」
そう言って兵士が去った後、はあはあと激しく息をしながらアズルは口を開いた。

「なんだよ、お前ら!俺今大事な会議だったんだぞ!なのに脅しまでしやがって何の用だよ!」

「アドさんから汚職金を受け取った人が何をおっしゃる。」

「あれは汚職金じゃねぇ!」

「いやいや、金貨の持ち主の僕たちから見て賄賂なので、これは汚職金ですよね。まあ、お願いを一つ聞いてくれれば、忘れて差し上げましょう。」

「ちぇ、もう金は使っちまったからな!」
どうやら応じてくれるようだ。
交渉成立だ。そう思うと、アドのばら撒きもなかなか好手だったかもしれない。
いや、ばら撒いてなければ今でも大富豪だったのだからそれはないな。
早速、アズルに紹介をお願いするとするか。

「アズル君、君は冒険者だったよね。」

「あ、ああそうだが…」

「だったら冒険者ギルドに紹介してくれないかね?」

「え?それだけ?」

「え?そうだけど?」

なぜかアズルが驚いている。

「入会料割引狙いか?」

「ああ、そうだが、何かおかしいか?」

「はっ、はははぁ!」

アズルが急に大声で笑い出した。

「何かおかしいか?」

「いや悪い悪い。本当になんも知らないんだな。あのな、紹介料割引なんか、〇〇さんから紹介受けたとかっていう適当な嘘かましたら受けられるぞ?」

「えっ?」

「いや本当に。」

「じゃあ別にお前を脅さなくても?」

「良かったんだよ!はははっ!」

恥ずかしい。ドヤ顔ですごい事を言った感を出していたのに、台無しだ。
顔が真っ赤なのを感じる。
ちなみにアドはというと、俺とアズルの会話に全くついていけてない様子だ。

「まあまあ、俺も脅されている身さ、直接行って割引受けさせてやるよ。ただし、本当に忘れろよ。さもなけば冒険者ギルド出禁だからな。」

「は、はい。」

最後の方ではなぜか立場が逆転していたが、気にしない。
ぼーっとするアドの手を引き冒険者ギルドに向かった。

冒険者ギルドは城から微妙な距離である。
王城が王都に中心に位置しているのだが、王都の西部に位置していて、王城から徒歩で歩くと20分。
馬車に乗るか乗らないか悩む距離感である。

しかし俺たちには金がないので、徒歩でギルドへ向かった。

「お前らも大変だなー!」
俺はアズルに宝箱が盗まれた経緯を説明した。

「そうなんだよ。だから稼ぎが良さそうな冒険者になることにしたんだ。」

「ばら撒いた金貨を取り戻すにも無理があるしなー。同情するぞ。」

「ありがとな。」

「だがよ、冒険者っていうのは稼ぎはいいが、危険だぞ。俺は何度死にかけたことかーまあ龍がいる時点で大丈夫か。」

「アズル!私にはアドっていう名前があるのよ!失礼な野郎だわ。」

「はいはい、姉貴すんませんな。」
未だにアズルはアドを姉貴呼びしている。
本人曰く、アドが自分より強いからだそうだ。

そんな他愛もない会話を続けるうちに、ギルドへ着いた。
ギルドは木造の三階建てのログハウスのような形状で、酒場みたいな雰囲気を醸し出していた。
というか、実際中には酒場が併設されていた。ギルドは冒険者に格安で宿や食事を提供しているみたいだ。
真昼なのに既に飲み明かしている冒険者も何人かいる。既に騒がしい。

そんな中アズルに案内されて受付カウンターまでやってきた。
受付では若い女性が対応してくれた。

「アズル様お帰りなさいませ。今日はどんな御用でございますか?」

「今日は冒険者志望を紹介しにきたんだよ。割引が欲しいらしくて、俺に直談判してきたんだぜ!」

「アズル、分かったから。で、どうすれば冒険者になれる?」

「まず、前提として一人当たり金貨9枚をいたただきます。その後、ステータス測定を行い、冒険者ランクを暫定します。そしー」
「ちょっと待ってくれ!ステータスってなんだ?」

「ああ、ステータスってのは、お前の身体能力の高さを示す総合値とスキルの概要のことさ。体力、攻撃力、俊敏力、魔力、耐久力の総合値がステータスさ。だが、スキルって言って身体能力から除外される能力、お前の光の剣もきっとそうだ。でもスキルってのは2種類あってな、耐性やバフなどのスキルは誰でも鍛錬で入手できるから通常スキルと、世界に一つしかない、強力そして固有の個人スキルの2種類があるんだよ。光の剣は個人スキルの方だな。」

「なるほど。じゃあ、冒険者ランクっていうのは?」

「ギルドが定める冒険者の強さのことさ。ステータスの総合値で冒険者ランクが変化するんだ。ランクは低い順から銅、銀、金、白銀、ダイヤの5種類だ。ステータスの桁が4桁から一つ増えるたびにランクが上がる。ただ、スキルの強さを配慮する場合もあるな。それでこの冒険者ランクで受けられる依頼の幅が変わる。高難易度のダンジョン攻略に銅冒険者を連れて行っても無駄死にするだけだろ。ある意味冒険者を助けるシステムさ。」

「ふむふむ。理解したけど、人外も冒険者になれるのか?」

「ああ、ここにも獣人やエルフが冒険者をやってるぜ。」

ということは、特に障害は無さそうだし、稼ぎもいい。
龍さんなら余裕でダイヤ冒険者だろうし、これは結構稼げるな。

「アズル様、続きをよろしいですか?」

「あ、すまんすまん。」

「続きですが、その後パーティを組んでもらいます。基本的に依頼はソロでは受けると危険なので禁止しています。例外として、ダイヤ冒険者はソロで依頼を受けることができます。」

パーティなら俺とアドで十分だし、特にそれも問題なさそうだ。

「最後にですが、依頼を受けて死亡又は負傷しても、ギルドは責任を負いません。ご了承ください。」

そりゃあそうだよな。死んだから保険金やら慰謝料やら寄越せと言われたらたまらないだろう。

「もし同意頂けたならこちらの契約書に血印をお願いします。」

断る理由もなさそうだし、手早く俺とアドは親指を噛んで血印を押した。
前回みたいに閃光が眩く発光するかと思い、身構えたが、何も起きなかった。

「契約完了です。金貨をお支払いの後、ステータス測定へご案内致します。」
金貨18枚を支払うと、ギルドの奥の部屋へと案内された。

なぜかここまでアズルがついてきているのは無視して、と案内された部屋はさっきの酒場みたいな雰囲気とは全然違った。応接室みたいな見た目で、ポーションやら、書籍やらが並べられている。
受付の子は、何やら黄ばんだ紙を2枚机に置いた。
これでどうやってステータスを測定するのやら。

「この紙で何をするの?」
アドが聞いてきた。

さっき聞いた説明をアドにそのまま説明しても通じないだろうから、単純に、
「強さを測るんだよ。」
とだけ言っといた。

「準備ができましたので、始めさせていただきます。」

おお。どうやって強さを測るのだろうか?
この紙がもしかしたら魔道具なのかな?
などいろいろな可能性を考えていると、

「魔法発動!能力鑑定!」
と少女が叫ぶと、黄ばんだ紙に文字が浮かび上がってきた。

「鑑定の魔法で能力値を測定させていただきました。どうぞご確認ください。」

魔法ってぶっ壊れだな。
本当になんでもできちゃう。
どういう仕組みで働いているんだろう?

そんなことはまた後でにして、俺のステータスは、
おっと、総合値は17000。5桁じゃないか。龍を倒したのだから8桁はあると思いきや、大外れだったようだ。どうやら俺は魔力と攻撃力、俊敏力が各4000強と高いようだが耐久力は2000ちょいとあまり高くない。体力はそれなりで3000くらい。銀冒険者相当だ。

一方でアドさんはというと、9桁である。530791468が正確な数値だという。まさに異常である。
アズルさんで7桁強らしいので、アドの強さがどれほどなのかわかるだろう。

「私は龍種だもの。舐めてもらっては困るわ。」

あとはスキル。俺には耐性など毒耐性くらいしかないのだが、個人スキルがおかしかった。
個人スキルが三つあるのだ。まず光聖。スキルの内容としては、光を収束させて、自由自在に変形、操作できるらしい。次に、魔導官。魔法の威力やら習得可能数、潜在能力が底上げされるらしい。最後に忌食習王という、能力の効果の説明が全て黒塗りにされた個人スキルが書かれていた。

不気味だが、可能性を感じる個人スキル達だな。

ちなみにアドさんのスキルは、全耐性完備、個人スキル、暴龍化、智深者そして明らかにやばそうな、破壊の化身。どうみても攻撃力特化の能力が並んでいた。残念ながら、能力は教えてもらえなかったが、それだけやばいんだろうな。

「ふむふむなるほど。二人共なかなかですね。特にアドさんはすごいですね。これは即ダイヤでしょう。アーサーさんは、個人スキルがなかなか魅力的ですが、まずまずの能力値ですね。多分銀か金冒険者での登録でしょう。スキルの効力は実戦で定めますので、冒険者ランクは変動の可能性ありですね。」

結局アドはダイヤ、俺は銀冒険者として登録された。
登録されると、俺はギルドのロゴの入った銀の指輪、アドにはダイヤの指輪が渡された。
これは会員証の役割を果たしているらしい。
この指輪があれば、他の国のギルドでもサービスを受けられるという。
ここで初めて聞いたのだが、ギルドっていうのは、王国以外にも存在していて、全ギルドは共同関係にあるらしい。

応接室から出ると、酒場は賑わっていた。もう夜のようだ。
泊まる宿も決めてないし、ギルド併設宿に泊まることにしよう。
ご飯も美味しそうだし、格安。ギルドの依頼は今日から受けられるらしいが、また明日から仕事を始めるとしよう。今日はゆっくりしよう、そう決めたら、アドとアズルを誘って、3人で飯にすることにしたのだ。

「飯?いいぜ、俺はもう勤務時間終わったし。」
「お腹空いたわ!酒も飲んで見たいし、行こうよ!」

そう朗らかに返事が返ってきたのに安心して、初めての仲間の嬉しさ、そして仕事に就けた安心感で、俺はとても幸せな気持ちで飯を食えた。

(この生活を守るために、頑張ろう。)
アドと同じダイヤ冒険者になれるように、気合いを入れて明日からの仕事に挑むのだった。









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