気づいたら記憶喪失だった

或真

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序章

記憶喪失、武器を買う。

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(なぜ、アンデッドが?)

王国は紛れもなく人種国家である。街を歩く人々も全て人。
ギルドの冒険者達の中にエルフが一人いるかいないかの割合である。
なのに、なぜかアンデッドが武器屋を営んでいる。

「アンデッドっていうのは、理性が無いはずなのに…なんでこの骸骨は喋れるの?」

アンデッドというのは、死者の体から魂が抜け、知性や自由意図を失った体が本能によって突き動かされた存在である。そのため、人の最大の本能である、「食べる」という行動のみを取れるはずなのだ。会話はもちろん、複雑な行動は取れないのがアンデッド。なのにこの骸骨はフードを被り、会話をし、明らかに文化的である。

「おい。」

骸骨が低い、威圧的な声で呼びかけた。

やはり自由意図がある上に、かなり流暢に話せている。

「聞いたことあるわ、アンデッドの王と呼ばれている『グリム・リーパ』は自由意図を持っていると…」

「まさか『グリム・リーパー』がこんな所に潜んでいるとは…」

臨戦態勢に入ると、骸骨は驚いたように、
「おいおい、待て待て。確かに俺の顔は痩せこけっているし、肉が爛れている。だがアンデッドは言い過ぎじゃ無いか?」

肉が爛れている、痩せこけっているというレベルじゃないでしょ。
一瞬冗談だと思ったが、声のトーンが真面目だ。
もしかしてこの骸骨、自分を人間だと勘違いしているのでは?

「あの、人間なんですか?」
恐る恐る聞いてみた。

「そりゃあそうだろ!この顔にも肉はついてるぞ!」

やっぱりだ。
ではどう怒らせずに骸骨だと気付かせようか。
そうやって熟考していると、アドが再びやらかした。

「何言ってるのよ!!あんたの顔に肉なんてついてる訳ないでしょ!」

爆弾宣言とはこのこと。たくさんの地雷を自ら踏んでいく。
流石にこんなこと言われてしまうと骸骨さんもビックリしちゃう。
顎をぎこちなく開け閉めしている。絶句しているのだろう。

こうなっては仕方ないと開き直って、俺もアドのサポートに入る。
売り物の兜の反射を鏡のように利用して、骸骨さんに自分の姿を見せてあげた。
びっくりしている。もう顎は常に開いたままだ。

「え、うそ…」
と言った側から動かなくなってしまった。

数分が経過しても全く動かない。
浄化されて昇天したかと思いきや、きちんと涙を流している。
これは心神喪失したっぽいな。

時間は無限にある訳ではない。
今日ポラリス高原へと出発しないといけない以上、このアンデッドに構っている場合ではないのだ。
武器を売ってもらえないならここに居る意味はもうない。

「アド、別の武器屋を探そう。」

「そうね、これじゃ役に立たないわ。」

二人意見が一致したため店内から立ち去ろうとしたら、

「待てよ!待てって!」

振り返ると、骸骨が必死に腕に縋りつき店内に止めようとしていた。
骨だからか、全く重さを感じない。

「武器を作るから!待ってくれ!」

「本当だろうな?」

「ああ、男に二言はねえ!」

どうしようか悩んだものの、他の武器屋を見つけるよりは楽かもしれない。
一応話を聞いてやろう。

カウンターの奥の憩いの間のような部屋へと案内されると、一杯の水を出したもらえた。
しかし、その水は明らかに腐っており、黒い斑点が水面に浮かび上がっている。
一口飲んだだけでも確実に腹を壊しそうだ。
何年放っておかれた水なんだろうか。

「さあ、飲んで飲んで!変な物は入ってねぇぞ!」

彼の目は節穴なのかな?
実際穴だけれども。

「あんた、さっきすっごい泣いてたけど、もう立ち直ったのかしら?」

「ああ。なんか最近いつも冷静というか、感情を感じにくくなってる気がするんだよ。」

後にアドから教えてもらったことだが、これはアンデッドの特性、感情消失らしい。
アンデッドになると、というかアンデッドはそもそも感情がない。
それこそが全アンデッドに共通する特性であり、強みである。
この感情というのには痛覚などの感覚をも含み、アンデッドにとっては疲れ、躊躇など感じない上に、睡眠、飲食を必要としない。
すなわち理性のあるアンデッドなら疲弊しない、完全兵士になりうるのだ。

飲食を必要としないのならば、もちろん食欲などは消え失せる。
だから水が腐り切るまで放置されてしまったようだ。


「で、あんたは何者なの?」

「俺はウラン。この街一の鍛治師だった野郎だ!」

「だった?」

「ああ。ある時を境に客がピタリと来なくなったんだ。その後はもう下り坂さ。顔を見ると皆逃げ出すからさ、俺の顔が不細工のせいだと思ったんだが、まさか俺がアンデッドだったからとは。」

「お前なんで気づかなかったんだ?普通顔見て逃げられたら鏡見るだろ。」

「いや、俺の顔は元々かなり異形だったからな、元々よく逃げられていたんだよ。だから元々フードを被っていた訳だし、別に骨になっても違和感は無かったんだよ。」

なんていうか、可哀想だな。
下手したら、ギルドに討伐依頼が出ていたかもしれなかった訳だし。
まあ、とことんラッキーだったとしか言えない。

「でもなんでアンデッドなったんだろうな?何かやっていたような気が…まあいっか。」

アンデッドだからか、色々なことの飲み込みーというより流しが早い。
今が全てって感じだ。俺も似たような物だから人のことは言えないがな。

「で、武器を作れるのか?」

「こう見えても街一の鍛治師だった男だ、任せてみよ!」

「頼れるな。即日作成をお願いしたいのだが?」

「え、即日?」

「変なこと言ったか?」

アドまでもが溜息をついてしまった。
「あのね、鍛冶屋も大変なのよ。材料の仕入れ、材料の加工、形状変化とか、色々やらないといけないのに、一日未満で仕上げろって無理なのよ!」

「え、なら今日武器が欲しいなら?」

「買うしかねえな。」

魔法があれほど万能なんだから、武器も簡単に生成できると思ったんだが、魔法で生成したものは質が悪いようだ。オーダーメイドの方がよっぽど質の良い、相性の良い武器ができるそうだ。

「金貨何枚だ?」

「金貨?バカ言うな、銀貨1枚で防具一式さ。」

「なら、剣、盾、動きやすい服と致死傷を防ぐ防具だけなら?」

「うーん、銅貨7枚だ。」

安い。ずいぶん安い。毎日何着も魔力が枯渇しない限り作れるので、大量生産品=安いってことだ。

「買った。交渉成立だ。」

骨骨しい手を握る。骨の凸凹が刺さって痛い。

「じゃあ、用意するな。『鉄製武具生成:剣・盾・胸板ッ!』」
そうやって雄叫びを開けると、地面に魔法陣が浮かび出て武具がポコポコと出現する。

「おー!」
チェストプレートを叩いても全く凹む気がしない。
十分強度がありそうだが、どうやら質が悪いらしい。

「どうぞ着てみな。」

「おう!」

スーツから動きやすい一般的な服に着替えると、チェストプレートを装着してみた。
特に重さを感じないし、なかなか動きやすい。
次に剣と盾を持ってみると、ものすごく重い。
特に盾だな。盾を同時に装備はきっと無理だろう。

満足そうにしていると、アドが羨ましそうにこっちを見ている。
「私の武具は?」

「お前は生身で十分強いだろ。」

「チッ」
舌打ちされたが、気にしない。
気にした者の負けなのだ。

金貨を一枚手渡し、お釣りをもらうと、もう一つウランに頼むことにした。

「オーダーメイドの剣って作れるかな?予算は金貨一枚だけど。」

「金貨一枚なら、なかなかの代物を作れそうだな。いつまでにいるんだい?」

「任務から帰ってくるまでだ。三日後かな。」

「わかった。なんか剣の要望はあるかい?」

「軽いものがいい。でも切れ味があるのが条件だな。」

「はいはい。任せな。」

武器調達も終わった訳だし、店から去ることにしよう。
不機嫌なアドを宥めながら、連れ出すことにした。

「毎度ありー!」

「おう!」

ウランと別れの挨拶を交わした後、ポラリス高原へと向かう準備は整った。
(待ってろよ、金貨2枚!)

俺たちはポラリス高原へと出発したのだ。
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