気づいたら記憶喪失だった

或真

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序章

記憶喪失、ギルドへ戻る。

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ようやく王都に帰ってきたし、報酬ももらえたし、そこらへんの宿で体を癒したいところだったけれども、冒険者は任務達成後、ギルドへの報告義務があるらしい。そこで魔物のドロップ品の換金などを行うらしい。

まあドロップ品と言ってもオオカミの肉くらいしかないのだがな。
というか、オオカミの肉を売るのだったら食った方が個人的には嬉しい。

とにかく、ギルドに向かうとしよう。

(あー、頭が痛い。)
俺の体調が絶不調にも関わらずアドはなぜか元気だ。
あれ、アドって馬車酔いするんじゃなかったけ?

「え?私が馬車酔いしやすいって?もう耐性を付けたわよ?」

なんということだ。一度馬車を乗っただけで馬車酔い耐性をつけるなんて、流石龍種としか言いようがない。
数分後、ギルドに到着すると、受付にいるリナへと向かう。今日も酒場は賑わっていて、夕方でももう既に酔い潰れている人もいる。リナも今日は忙しそうで、たくさんの冒険者の対応に追われている。受付の前に出来ている長い列に並ぶ。

なかなか待ちそうだ。
数十分待つと、ついに俺たちの番が回ってきた。

「リナ、久しぶり!」

「アーサー君!おかえりなさい!」

挨拶を交わすと、アドがキョトンとしている。
そういえばアドにはリナを紹介してなかったな。

「アド、こちらリナだ。この依頼を紹介してくれた人なんだ。」

「こんにちは、アドさん。私ギルド職員のリナと申します。」
実はステータス測定の時一度会っているのだが、どちらもお互いのことをよく覚えてないっぽい。

「リナね。よろしくお願いするわ。」

という感じで自己紹介を終えると、早速任務の内容を報告する。
「えっと、金の薔薇はもう渡したし、報酬ももらったんだけど、」

「だけど?」

「フォルフェウス?っていう獣人に二人とも殺されかけたんだよね。」
否、正確には殺されていたのだが、虹果実について話したら渡せやら言われそうなので伏せておこう。
アドにも目配せをしておいたので、多分大丈夫だろう。まあそもそも虹果実はもうないんだけどね。

「フォルフェウスですか?アドさんみたいなダイヤ冒険者を殺し得る獣人の話は聞いたことありませんね。そもそも、獣人はポラリス高原に生息してないんですよ。」

そうなのか?てっきりフォルフェウスは部下を殺されたから敵討ちのために俺たちを殺そうとしたのだと思ったのだが、どうやら違うそうだ。すなわち、フォルフェウスはわざとポラリス高原にやってきたということだ。一体何が目的かはわからないが、自分達が標的になりうるということだ。

「あ、あと、そいつには理性があったんだ。」
アンデッドと同じく、魔物には理性がない。本能のまま動く生き物で、通常話すことなどもちろん、論理的に行動することも不可能のはずなのだ。なので、もし魔物が理性を持っている場合、多くの場合不思議な進化を迎えた強者なのだ。

「え!本当ですか!」
リナは驚いたように声を張り上げて言った。
そして、腕を組んで考え込んでしまった。

「えっとアーサー君。それは本当に正確な情報なのかな?」

「ええそうよ!龍種の誇りにかけ、私が保証するわ!」
アドがキメ顔でそう言った。
俺から見たらただの馬鹿野郎にしか見えないのだが、どうやら他の人には格好良く写っているらしくて、

「アドさんが言うなら間違いないですね。」
などと言う始末である。
そして話を聞いていない周りの冒険者もなぜか頭を縦に振っている。

(龍種のカリスマってやつは恐ろしいな。)

「では、この件は上層部へと報告します。今後きっと事情説明に呼ばれると思うんで、その時にはお知らせしますね。」

「あれ?じゃあそれまでは依頼を受けてもいいのか?」

「別に構いませんよ。ただくれぐれも死亡だけはしないようにお願いします。」

「死亡なんて龍種の私がいればあり得ないわ!」

「「おぉー!」」
ギルド内で大きな歓声が上がった。

「報告内容が以上でしたら、依頼は正式に完了ということです。お疲れ様でした。」

「おう、いつもありがとうな!」
リナは丁寧にお辞儀をした後、手を振って見送ってくれた。

仕事時だからか、なぜかずーっと堅苦しい口調だったのが気になったな。
まあ手を振ってくれたことだし大丈夫か。

時計を見るとまだまだ夕方前であった。
感覚的には深夜なのだが、まだ寝るには早いようだ。

では、せっかくだし、もう一つ依頼を受けに行くか。
「アド、まだ宿入りするには早いし、依頼を見ていかないか?」

「いいわよ。今ちょうど暇していたし。」

いやいつもだろ。
と言いそうになったのをグッと堪えて、依頼がたくさん張ってある掲示板へと足を運んだ。

仕事案内所のような立派な掲示板には、大量の依頼が貼られていた。
病気の治療から鉱石の採集、護衛など多種多様な依頼がたくさんあった。

(護衛は銀貨9枚、病気の治療は銀貨6枚。どれもちょっと安いな。)
うーんと頭を悩ませていたら、アドが俺に声をかけてきた。

「ねぇアーサー!これなんてどうかな?」
アドが指を指した貼り紙にはダンジョン攻略と書かれていた。

報酬は金貨4枚。キラの大森林付近の小さなダンジョンの制覇が依頼内容である。
キラの大森林付近と書いてあったらなかなか遠いかと思ったものの、案外王都から近い。
なかなかいい依頼なのだが…

「3名以上のパーティで挑戦可か、」
そうなのだ。どうやら3名以上のパーティでしかダンジョンに挑めないらしい。

まずいな。俺たちは二人パーティだ。どこかから一人勧誘しようとしても、多くの冒険者はもう既にパーティを組んでいることだろうし。人数が強さに直結するからこそ、新冒険者の多くが100人規模で構成される大型パーティなどに引き抜かれることがほとんどだ。

実際、俺たちも加入時は勧誘を受けた。
主にアドだがな。やっぱりダイヤ冒険者の戦力は欲しいのか、アドに大人数が勧誘をしていた。

「俺たちのパーティは給料がかなりいいぜ!」
「私たちのパーティには魅力的な男がたくさんいるよ?」

どれもアドなら承認しかねない勧誘なのだが、アドは見事に勧誘を全て断ってくれた。
「私には既に友がいる!」と叫んでいたな。その時は思わず涙が出てきそうになった。

その後勧誘はピタリと止んで、俺たちは一目置かれる存在になった。
ダイヤ冒険者の龍種が友と呼ぶ人間なんて呼ばれ、距離を置かれている。
距離を置かれるようになったのは、てっきりアドが龍種だからだと思っていたのだが、どうやら違うようで、単にアドが強すぎるから、釣り合わないと思う人が多いらしい。だからか、俺たちが酒場で談笑している中で、依頼の話を出すと、早々に逃げていくのだ。これではパーティが作れない。

「えぇー!私たちこれ受けられないじゃないの!」
アドが大声で騒いだ。

しょうがない。諦めるしかないかーと思った瞬間、
「あのー、もしかしてパーティに空きがありますか?」
とたくましい体つきの耳のついた褐色の青年が話しかけてきた。
あれ?耳がついている?

黒髪からオオカミとネコの合体版みたいな耳が生えている。
「え、獣人!?」

「はい、私は獣人のタスクと申します。突然ですが、パーティに入れて欲しいんです!」
そう言ってタスクという青年はアドに向けて頭を下げた。

(さて、どうしたものか。)
アドの不思議まカリスマ性に呆れながら、こいつの話を聞くことにしたのだった。
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