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降り立つ観察者
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100年前の集落跡では、エデンの環境調査と歴史資料を観察する特別チーム・ナブーの現地調査隊長アベストロヒ主任に率いられた若い宇宙人たちが集落跡の発掘にいそしんでいた。
集落をぐるりと囲う環濠型の堀に、小型の竜が堀を泳ぎ渡っても乗り越えられないよう忍び返しに似た機構の棘が連なった外壁。ハフリンガー大陸の典型的な集落だ。内側にはかつて畑だったと思しき区画や漆喰を使って積み上げられた煉瓦の壁など建築物の名残が並んでいる。
今回訪れた集落には釣瓶で組みあける井戸が掘られていた。おそらくサピエンスだけで構成された集落だ。
「ほら見てください、ここ」
先輩宇宙人と若い後輩が外壁の調査を行っている。
「これは雲母かな?こっちは水晶の破片?どうして漆喰で貼り付けてあるんだろう?」
「昼は陽の光、夜はヴィマーナの光を反射してキラキラするだろう?それで竜を驚かせていたんじゃないかな」
「え、だって堀と壁があるから竜は入って来られないんじゃ」
先輩が両手を胸の辺りで広げて六本指の手をぱらぱらと動かす。鳥類、鳥竜を指し示すジェスチャーだ。
「ああ天然の鳥除けかぁ」
百聞は一見に如かず。また一つ知見を得た、そんな表情で後輩が手をポンとたたいた。後輩は若い個体でこれが初めての野外調査だ。
「ミアキスヒューマンと共生していなかった集落は大変ですね、撃退にマナが使えないのは厳しい」
「でもその分集落を拡げられないデメリットを抱えている、一長一短だよ」
ハフリンガー大陸のサピエンスとミアキスヒューマンは初代たちのような理想的な関係を持って共存共栄の道を目指そうとした。概ね良好な関係でもって集落を発展させていったが、すべてがそうだったわけではない。脆弱なサピエンスが主導権を持つのが気に入らず力で屈服させる横暴なミアキスヒューマンもいた。ミアキスヒューマンのために農耕を牧畜を営んでいるわけではないと憤るサピエンスもいた。宇宙人たちは遺伝子の形状が違うためだと知っているが、現地でも経験則で種族間には子供が出来ない事を理解し、無体な真似をする者もいた。
原因は、マナだ。
ミアキスヒューマンが多かった集落には、必ず自然の森林を再現した一画に綺麗に手入れされた涌水池がある。マナを採取するための泉だ。
その湧水地は時には集落の四割五割を占めるものもあった。そのため、人口と貯蔵庫を増やしたいサピエンスと、マナを大事にするミアキスヒューマンとの間に軋轢が生じてたのだ。
双方言い分があって譲れない一線であったから別れて暮らす結論に至った。
ここもそうした集落の一つであろう。もしかしたら近くにミアキスヒューマンのみの集落跡があるかもしれない。サピエンスの集落と違い、早いうちに自然に飲み込まれてしまったものが多い。
アベストロヒが外壁で後輩の指導をしていた先輩宇宙人を手招きする。
「ドローンを三機、サーモグラフを立ち上げた状態で、集落を中心に範囲をひろげるように飛ばしてください」
「はい、主任」
家屋では水がめか穀物を保存するために使われたらしい素焼きの欠片、家屋の真ん中に設えられた炉端の側に転がる火箸と思しき錆びた鉄の棒、装飾品が収められていた小箱、貝殻の小物入れ、床に敷かれたボロボロの絨毯の端切れ、腐食し脆くなっている素材は保存液に浸し、変質を避けたい繊細な品は空気を抜いた真空状態で梱包し、宇宙人たちは丁寧に採取回収していく。
畑の跡地では野草に混じって交雑野生化した野菜の成れの果てを見つけて組織片を採っている最中だ。
「このアブラナ科に似た植物、品種改良したっぽいですね、通常種より大型化しています」
「一足飛びに結論付けるのはまだ早いよ、生育条件が良い場所だった可能性もあるからね。でも持って帰って確かめるまでは分からない」
穏やかな発掘光景だが、彼らにはもう一つ違う任務があった。
「アベストロヒ主任、観察対象の隊列がまもなく下の段丘面を通過すると観測船ヴィマーナから報告が」
「了解しました」
通信担当の報告を受けたアベストロヒは、予めミッションを伝えていたメンバーをインカムで呼び集める。
「隊列の情報を集めに行きます。ステルス迷彩コートを着用してください。残りは発掘作業の続きを」
「了解しました」
残るものは作業に戻り、情報収集メンバーはステルス迷彩コートを着用し、アイカメラを装着する。
「主任、お気をつけて」
「ありがとう、では行ってきます」
事は約30日前。惑星エデン、ハフリンガー大陸アシル渓谷のグラディアテュール駐屯地に冬季遠征部隊が入った事だった。雪解けの頃になると新しい駐屯部隊がアシルに入り、冬の遠征部隊は砂漠のグラディアテュールに直帰するのが通常だ。それが帰郷せず再度駐屯地に戻ったことが、宇宙人たちの興味を引いた。
「何か異常な事態が起きたのでは」
先のグラディアテュールの長である老獅子は白い翼竜プレシャスウイングに下半身をもぎ取られかけた。辛うじて一命をとりとめたがマナを使って治癒しても歩くことは困難な状態だ。長の子供、二人の兄弟がグラディアテュールを治めることになった。
最初、弟王子が兄と共に行う統治を嫌って渓谷のアシルを配下につけグラディアテュールの転覆簒奪とキンツェムの侵攻を企てているのではないかと考えられた。
弟王子はある種戦闘狂なところがあったからだ。
ところがステルス迷彩スーツを着て探りに入った調査員の報告では、渓谷の城と城下町は花と灯で飾り立てられていて、城の対岸にある初代の集落跡には渓谷の国王夫妻とその娘、密林の統治者ナンバー2、砂漠の兄弟が一堂に会しているという。
想像した事態ではないようなので、自律ドローンカメラを設置、調査員を一旦引き揚げさせた。
翌日、砂漠の弟王子、渓谷の姫が渓谷の礼装に身を包んだ姿で城下街に現れ、なるほど渓谷の姫が砂漠に嫁ぐためであったかと宇宙人たちは胸をなでおろした。
100年前、砂漠と密林は戦争状態にあった。一触即発状態の両国だったが超大型彗星の至近距離ニアミスのせいでハフリンガー大陸、特にエクウス大陸に接したバルバリ褶曲山脈とシャイヤー湾沿岸は壊滅的打撃を受けた。
長きにわたり観測してきた大陸の変わり果てた姿と、観察対象だった獣人と人間の絶滅も想定されるような惨事に観測船ヴィマーナの多くの宇宙人がショックを受け、調査員の八割がセレブロ内部のアモンズホーンで眠る事態まで起きた。
宇宙人たちの知識を凝縮した有機ネットワークセレブロも大陸が元の状態に戻るまで最低300年から500年はかかるだろうと予想していたのだが、実際の大陸はわずか100年に満たない驚異的なスピードで復活を遂げた。奇跡としか表現のしようがない。
この急速な回復も、自然のマナが関与していたとしたら辻褄が合うが、宇宙人にはマナは見えないし、感知できない。
そこで期待されたのが、かつて累代飼育実験の結果、宇宙での生活に順応したミアキスヒューマンの末裔、ネオ・ミアキスたちだった。
現地のミアキスヒューマンと違い、白毛種、ツートンや三色の斑模様、黒茶の瞳に青や黄色のオッドアイ、大きく反り返ったものや中ほどで折れ曲がった耳、げっ歯類のリスやネズミのように変化した形状の尾、硬く短いものや長く柔らかい美しい被毛を持ち、宇宙人たちと言語で交流することが出来た。
彼らに、マナの活動を報告させる計画が持ち上がったのだ。
光学カメラで姿をとらえることは出来る。だがそれではダメなのだ。宇宙人たちはマナの発生と消滅のメカニズムを、いかにしてマナが生物にかかわっているのか、その肉体修復あるいは復元の工程の一部始終の詳細な観測データを欲しているのだ。
結果は芳しいものではなかった。「それらしい物質は観察することが出来ない」彼らはマナを視る術を失っていたのだ。
ならば現地の野生種を再度勧誘、ネオ・ミアキスと交配させて能力を取り戻させようというプロジェクトが発足、新たなミアキスヒューマンの捕獲が実行に移された。
しかし、この時率先して任務遂行に当たったのは宇宙人たちの中でも若い世代だった。観測データを録る最終目標に向けて気持ちが逸るあまり、根気強い説得と協力を怠り、誘拐、連れ去りの実力行使に出る愚策を犯した。
宇宙人たちは「観察者」と呼ばれ、ミアキスヒューマン達から警戒される憂き目を見ることとなった。
それが今から80年ほど前の話だ。
不思議なことに、宇宙人たちの軽率な行動をミアキスヒューマン達は口伝として残し、80年経過した今日でも彼らミアキスヒューマン達は竜以上に最大限警戒すべき存在として宇宙人たちを認識しているが、そのわずか20年前に起きた禁忌のマナの発動は誰も口にしない。話題に上ることも無い。サピエンスも全く伝承一つ残していない。空白期間となっている。
集落をぐるりと囲う環濠型の堀に、小型の竜が堀を泳ぎ渡っても乗り越えられないよう忍び返しに似た機構の棘が連なった外壁。ハフリンガー大陸の典型的な集落だ。内側にはかつて畑だったと思しき区画や漆喰を使って積み上げられた煉瓦の壁など建築物の名残が並んでいる。
今回訪れた集落には釣瓶で組みあける井戸が掘られていた。おそらくサピエンスだけで構成された集落だ。
「ほら見てください、ここ」
先輩宇宙人と若い後輩が外壁の調査を行っている。
「これは雲母かな?こっちは水晶の破片?どうして漆喰で貼り付けてあるんだろう?」
「昼は陽の光、夜はヴィマーナの光を反射してキラキラするだろう?それで竜を驚かせていたんじゃないかな」
「え、だって堀と壁があるから竜は入って来られないんじゃ」
先輩が両手を胸の辺りで広げて六本指の手をぱらぱらと動かす。鳥類、鳥竜を指し示すジェスチャーだ。
「ああ天然の鳥除けかぁ」
百聞は一見に如かず。また一つ知見を得た、そんな表情で後輩が手をポンとたたいた。後輩は若い個体でこれが初めての野外調査だ。
「ミアキスヒューマンと共生していなかった集落は大変ですね、撃退にマナが使えないのは厳しい」
「でもその分集落を拡げられないデメリットを抱えている、一長一短だよ」
ハフリンガー大陸のサピエンスとミアキスヒューマンは初代たちのような理想的な関係を持って共存共栄の道を目指そうとした。概ね良好な関係でもって集落を発展させていったが、すべてがそうだったわけではない。脆弱なサピエンスが主導権を持つのが気に入らず力で屈服させる横暴なミアキスヒューマンもいた。ミアキスヒューマンのために農耕を牧畜を営んでいるわけではないと憤るサピエンスもいた。宇宙人たちは遺伝子の形状が違うためだと知っているが、現地でも経験則で種族間には子供が出来ない事を理解し、無体な真似をする者もいた。
原因は、マナだ。
ミアキスヒューマンが多かった集落には、必ず自然の森林を再現した一画に綺麗に手入れされた涌水池がある。マナを採取するための泉だ。
その湧水地は時には集落の四割五割を占めるものもあった。そのため、人口と貯蔵庫を増やしたいサピエンスと、マナを大事にするミアキスヒューマンとの間に軋轢が生じてたのだ。
双方言い分があって譲れない一線であったから別れて暮らす結論に至った。
ここもそうした集落の一つであろう。もしかしたら近くにミアキスヒューマンのみの集落跡があるかもしれない。サピエンスの集落と違い、早いうちに自然に飲み込まれてしまったものが多い。
アベストロヒが外壁で後輩の指導をしていた先輩宇宙人を手招きする。
「ドローンを三機、サーモグラフを立ち上げた状態で、集落を中心に範囲をひろげるように飛ばしてください」
「はい、主任」
家屋では水がめか穀物を保存するために使われたらしい素焼きの欠片、家屋の真ん中に設えられた炉端の側に転がる火箸と思しき錆びた鉄の棒、装飾品が収められていた小箱、貝殻の小物入れ、床に敷かれたボロボロの絨毯の端切れ、腐食し脆くなっている素材は保存液に浸し、変質を避けたい繊細な品は空気を抜いた真空状態で梱包し、宇宙人たちは丁寧に採取回収していく。
畑の跡地では野草に混じって交雑野生化した野菜の成れの果てを見つけて組織片を採っている最中だ。
「このアブラナ科に似た植物、品種改良したっぽいですね、通常種より大型化しています」
「一足飛びに結論付けるのはまだ早いよ、生育条件が良い場所だった可能性もあるからね。でも持って帰って確かめるまでは分からない」
穏やかな発掘光景だが、彼らにはもう一つ違う任務があった。
「アベストロヒ主任、観察対象の隊列がまもなく下の段丘面を通過すると観測船ヴィマーナから報告が」
「了解しました」
通信担当の報告を受けたアベストロヒは、予めミッションを伝えていたメンバーをインカムで呼び集める。
「隊列の情報を集めに行きます。ステルス迷彩コートを着用してください。残りは発掘作業の続きを」
「了解しました」
残るものは作業に戻り、情報収集メンバーはステルス迷彩コートを着用し、アイカメラを装着する。
「主任、お気をつけて」
「ありがとう、では行ってきます」
事は約30日前。惑星エデン、ハフリンガー大陸アシル渓谷のグラディアテュール駐屯地に冬季遠征部隊が入った事だった。雪解けの頃になると新しい駐屯部隊がアシルに入り、冬の遠征部隊は砂漠のグラディアテュールに直帰するのが通常だ。それが帰郷せず再度駐屯地に戻ったことが、宇宙人たちの興味を引いた。
「何か異常な事態が起きたのでは」
先のグラディアテュールの長である老獅子は白い翼竜プレシャスウイングに下半身をもぎ取られかけた。辛うじて一命をとりとめたがマナを使って治癒しても歩くことは困難な状態だ。長の子供、二人の兄弟がグラディアテュールを治めることになった。
最初、弟王子が兄と共に行う統治を嫌って渓谷のアシルを配下につけグラディアテュールの転覆簒奪とキンツェムの侵攻を企てているのではないかと考えられた。
弟王子はある種戦闘狂なところがあったからだ。
ところがステルス迷彩スーツを着て探りに入った調査員の報告では、渓谷の城と城下町は花と灯で飾り立てられていて、城の対岸にある初代の集落跡には渓谷の国王夫妻とその娘、密林の統治者ナンバー2、砂漠の兄弟が一堂に会しているという。
想像した事態ではないようなので、自律ドローンカメラを設置、調査員を一旦引き揚げさせた。
翌日、砂漠の弟王子、渓谷の姫が渓谷の礼装に身を包んだ姿で城下街に現れ、なるほど渓谷の姫が砂漠に嫁ぐためであったかと宇宙人たちは胸をなでおろした。
100年前、砂漠と密林は戦争状態にあった。一触即発状態の両国だったが超大型彗星の至近距離ニアミスのせいでハフリンガー大陸、特にエクウス大陸に接したバルバリ褶曲山脈とシャイヤー湾沿岸は壊滅的打撃を受けた。
長きにわたり観測してきた大陸の変わり果てた姿と、観察対象だった獣人と人間の絶滅も想定されるような惨事に観測船ヴィマーナの多くの宇宙人がショックを受け、調査員の八割がセレブロ内部のアモンズホーンで眠る事態まで起きた。
宇宙人たちの知識を凝縮した有機ネットワークセレブロも大陸が元の状態に戻るまで最低300年から500年はかかるだろうと予想していたのだが、実際の大陸はわずか100年に満たない驚異的なスピードで復活を遂げた。奇跡としか表現のしようがない。
この急速な回復も、自然のマナが関与していたとしたら辻褄が合うが、宇宙人にはマナは見えないし、感知できない。
そこで期待されたのが、かつて累代飼育実験の結果、宇宙での生活に順応したミアキスヒューマンの末裔、ネオ・ミアキスたちだった。
現地のミアキスヒューマンと違い、白毛種、ツートンや三色の斑模様、黒茶の瞳に青や黄色のオッドアイ、大きく反り返ったものや中ほどで折れ曲がった耳、げっ歯類のリスやネズミのように変化した形状の尾、硬く短いものや長く柔らかい美しい被毛を持ち、宇宙人たちと言語で交流することが出来た。
彼らに、マナの活動を報告させる計画が持ち上がったのだ。
光学カメラで姿をとらえることは出来る。だがそれではダメなのだ。宇宙人たちはマナの発生と消滅のメカニズムを、いかにしてマナが生物にかかわっているのか、その肉体修復あるいは復元の工程の一部始終の詳細な観測データを欲しているのだ。
結果は芳しいものではなかった。「それらしい物質は観察することが出来ない」彼らはマナを視る術を失っていたのだ。
ならば現地の野生種を再度勧誘、ネオ・ミアキスと交配させて能力を取り戻させようというプロジェクトが発足、新たなミアキスヒューマンの捕獲が実行に移された。
しかし、この時率先して任務遂行に当たったのは宇宙人たちの中でも若い世代だった。観測データを録る最終目標に向けて気持ちが逸るあまり、根気強い説得と協力を怠り、誘拐、連れ去りの実力行使に出る愚策を犯した。
宇宙人たちは「観察者」と呼ばれ、ミアキスヒューマン達から警戒される憂き目を見ることとなった。
それが今から80年ほど前の話だ。
不思議なことに、宇宙人たちの軽率な行動をミアキスヒューマン達は口伝として残し、80年経過した今日でも彼らミアキスヒューマン達は竜以上に最大限警戒すべき存在として宇宙人たちを認識しているが、そのわずか20年前に起きた禁忌のマナの発動は誰も口にしない。話題に上ることも無い。サピエンスも全く伝承一つ残していない。空白期間となっている。
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