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あか りくこ

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 庭の蛙の鳴き声が、かしましく響く初夏の夜。

 久しぶりに集まった岡村、芦屋、そして俺、うらなりブラザーズの面々は、社務所の応接室でちょっとした同窓会めいた呑み会を楽しんでいた。



 うらなりブラザーズ全員で顔を合わせるのは、高校卒業以来だ。互いの近況や地元の噂話を肴に、時間が経つのも忘れて懐かしい気分に浸っていると、池田のスマートフォンがぴんころりんと音を立てて鳴った。

「隼人兄ぃだ、珍しいな」

 隼人さんというのは池田の五つ上の実兄だ。うらなりな俺達と違って、すでに所帯持ち。三歳だか四歳になるお嬢ちゃんがいて、奥さんは二人目を妊娠中。そんな絵にかいたような幸せなご家庭を築いている善良な旦那さんが一体何の相談を。

「なんだろ?」

 池田が「どうしかたの?」とメッセージを送ると、ややちょっとして

【これ、なんだか分かるか?】

 そして一枚の画像が送られてきた。



 画面には、衣装ケースにタオルを重ねた寝床の中で、手足を丸めて、体育すわりのかっこうで寝かせられた、精巧な造りの人形が映っていた。全長は衣装ケースと比較して30~40センチほど。人形としては大きすぎ、幼児としては小さすぎる。ちょうど生後数ヶ月の赤子ほどのサイズ感だ。

 しかし、人形というには精巧すぎる。江戸時代には猿の上半身と鮭の下半分の皮を丁寧に接合した人魚や拵え物が人気を博したというけれど、これは何というか、そういう創造物特有の意匠を感じない。少々手足が長い気もするが、あえて断言するなら、いたってシンプルに、人の形のミイラだ。でもミイラというのは総じてパサパサでからからに干からびているものだ。こんなつやつやしてない。屍蝋ってやつだろうか。



 一緒に画面を覗いていた芦屋が眉間にしわを寄せ、首を傾げる。

「……アタカマ・ヒューマノイド?」

 聞いたことのない、初めて聞く単語だ。怪訝な表情で岡村と池田が顔を見合わせる。

 今度は芦屋がスマートフォンを取り出しテーブルに置く。

「これがアタカマ・ヒューマノイド」

 映っているのは頭の尖った茶色いウルトラマンみたいな人形。質感は…池田のスマートフォンの画像のミイラに近いように見える。

「観光名所で売られている骸骨のキーホルダーじゃないのか?」

 不謹慎なジョークは止せと眉をひそめる岡村。

「違う。これはエイリアンのミイラだ。天文台のメッカ、チリのアタカマ砂漠にあるゴーストタウンで発見され」

 ここからしばらく、芦屋による多分にオカルト色の強い天文解説が続くが、ここでは本筋に関係ないため割愛させてもらう。チリと言ったら銅の輸出とサーモンの養殖じゃないのか。



 芦屋の相手を岡村に任せ、あらためて「ナニこれ」と聞き返すと「引っ越し先の社宅の天袋に転がってたって」また、タプタプと画像ファイルを操作する池田。

 埃がうっすら積もったベニヤ板の一角にちんまりと茶色い何かが転がっている。どうやら、ミイラを見つけた時は、こんな状態だったようだ。

 見つけた時は築年数の古い社宅だから何かが入り込んでそのままお亡くなりになったんだろう、と埋葬してやるつもりで天袋から下ろした。

 問題はその後。隼人さんの娘さんがそのミイラをいたく気に入ってしまい、空いた衣装ケースにタオルを重ねて寝床をこさえて可愛がっているのだとか。

 正直気味が悪いが、姪ちゃんが納得すれば、そのうち飽きるだろうと考え、今は好きにさせているらしい。



 子供というは無垢な無知の賜物なのか、時折、大人が忌避するような自然の生き物を、気味が悪い、奇異と思わない傾向がある。カマキリの卵を持ち帰って引き出しに仕舞っていた、ダンゴムシをポケットいっぱいに詰め込んだ、など事例をあげるときりがない。

 姪ちゃんもそういった質が強く出ただけなのだろうけど、親御さんの立場からしたら心配どころじゃない。

【先住してた人にも連絡をとったんだが、そんなもの知らないと】

 つまり、ミイラが何かヤバいものを封じた呪具じゃないかと疑っていて、視てほしいという事か。



 学生時代のときのように隼人さんが近所に住んでいるなら、お宅にお邪魔して件のミイラを預かることもできるけど、現在の住所は県を複数跨いだ先。思い立ったが吉日といった勢いで訪れるにはちょっと遠すぎる。

 もしなんかあるようなら、順に頼んで末社を派遣して引き取ってもらえばいいか。



 バンダナを少しずらして画面を覗き込む。

 この世ならざる物特有の異物感はない。特に変な波動、恨みや怨念、悲哀といった情念も感じない。呪具特有の皮膚が総毛立つ寒気もない。直感でいうなら現実に存在する何かだ。強いて言うと、なんだか水が欲しくなるくらいか。

 芦屋はエイリアンだって言い張ってるけど流石にそれはないと思う。じゃあ猿の仔?でも野生の猿って人んちの社宅の天袋に死んだ子を隠すなんて真似をするものか?



 応接室には、異様な緊張と不安が満ちている。全員の視線はスマートフォンの画面に釘付けで、誰一人として口を開こうとしない。



 そのとき、張り詰めた空気を破るように、スマートフォンがぶるっと震えた。

 俺たちはそろって悲鳴を上げ、反射的に飛び退いた。



「ぎゃあああああ」

「うわあああああああああ」

「ひぃいいいいいいいいいいいい」

「お助けぇええええええ」



 着信だった。相手は渦中の隼人さん。



「もしもし?」

『秀人か?』

 隼人さんとは俺たちも面識があるから、普段の話し方も知ってる。こんな、ひどく焦った、脅えた、混乱した、それでも無理やり平静を装っているような抑揚なんて初めて聞く。その口ぶりから、とにかく異常な事態が発生したというのは想像に難くない。隼人さんの娘さん、つまり池田の姪ちゃんになにか起きた?あんまり想像したくない光景が目の前にチラつく。

『消えた』

 消えた?

「消えたって、姪ちゃんが??!」

 狼狽える池田が椅子を蹴倒し立ち上がる。

『娘じゃない』

 隼人さんの声の背後で、子どもの号泣が響いている。どうやら姪ちゃんの泣き声のようだ。耳を澄ますと、いなくなっちゃったと泣きながら訴えているのが聞き取れた。

 想像が外れたことは幸いだけど、いなくなっちゃったとは。

「いなくなったって、なにが」

 池田の問いに、今度は声を潜めて

『ミイラが消えたんだ』

 そう伝えてきた。





 その後の隼人さんの話は、さらにあり得ない、非現実的なものだった。もはや理解が追い付かない。混迷極まりない状況の坩堝に落とされたような心地だ。



 夕方ごろ、姪ちゃんが、置いてあるミイラに水を与えていた。

「お水美味しい?」と姪ちゃんはミイラに話しかけ、台所と子供部屋を何度か往復した。



 夕飯を済ませた後、奥さんが姪ちゃんを風呂にいれている間に、あの画像を池田に送ってよこした。



『お前とやり取りしていると、床とソファの隙間で黒い影が動いたように見えた』



 見間違いか気のせいか目の錯覚だろう思い、無造作に近づき、ひょいとソファの裏を覗き込んだ。

 次の瞬間、小さな人間のような何かが、廊下に向かって足元をすり抜けていった。ぬらりと濡れた小さな背中が、視界の端を掠めた。ヒタヒタと湿り気とぬめりを伴った足音が聞こえた。廊下の角を曲がって消えていった。



『直感的に、あのミイラだ。そう思った』



 床を見ると、少しだけ開いた子供部屋の扉からソファの裏、そして廊下に向かって、小さな水たまりが点々とつらなっていて、子供部屋からは想像通りミイラが消えていた。



 それが電話をかける直前に起きた出来事だ。



「で、今は?姪ちゃんは??」

 池田が急かし気味に隼人さんに問いかける。逃げたミイラよりも姪ちゃんが心配なようだ。隼人さんも、話すだけ話して少し落ち着いたのか、大きくため息を吐いた後『……すまん、あとはこっちで何とかする』と通話を切った。



 ミイラに水をあげたら生き返った?



 ある種の砂漠の植物は、休眠したまま何年も風任せに転がって、水場にたどり着いた幸運なものは休眠から目覚め、その場で水を吸い上げ、花をつけ、種子を残す。チワワ砂漠のカエルも似たような性質を持っていて、雨季にだけ活動すると言う。

 そんな生き物がいても不思議じゃないけれど、ここは日本だ、砂漠じゃない。水を求めて休眠する進化をする必要が無い環境だ。



 その後、少しして、隼人さんからメッセージが届いた。

【娘はなんとか落ち着いた】

【あのミイラが水が欲しい、とうったえてきたそうだ】

【それで水を飲ませた、そう言っている】

【このことは忘れてくれ、騒がせてすまなかった】





 後日、今、隼人さんが暮らしてるあの辺に、なにかそういった水に関係する妖怪、ミイラの伝承はないかと文献を漁ってみたが、これといっためぼしい情報はなかった。

 結局、ミイラの正体はなんだったのか分からず終いだ。





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