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SOUL・宮野大祐

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 空を切ってしまった拳を見て、慌てて大祐が振り返った。「なんで・・・・っ!?」

『お前は死んだのだ。幽体の身体で固形物体に触れる訳がないだろう。早く気付け』

「なに――――っっ!?」

 大祐は悲鳴を上げ、頭を抱えて鬼のような形相で死神を睨みつけると、おお、怖い。と死神サギが呟いた。

「おい、お前! 俺様が死んだってどういう事だよっ!? 解るように説明してくれ!!」

 再びサギに飛び掛かるが、その手はサギの身体に溶けるようにすり抜ける。握りしめた手は空を掴むばかりだ。


『宮野大祐、お前は死んだのだ。さっき子供を庇っただろう。だがな、あれは予定外の行動だった。本来ならあの子供の魂を捕る筈だった。けれど、お前が余計な事をしたから・・・・』

「余計だと!?」

 なんだとコノヤロー、助けちゃワリーのかよ、と、怒鳴りながら唇を噛みしめ、再び拳を握る。しかしその拳を振るっても無駄だということに気がついた大祐は、黙って恐ろしい形相でサギを睨んだ。

『まあ、今のは言葉が悪かったかもしれないが、他人を庇って自分が死んでいては、世話が無いからな。死神世界から特別に、生き返るチャンスを与えられる事になった。良かったな』

「生き返る、チャンス?」大祐の眉根がピクリと小さく動いた。「それがあるなら、さっさと教えてくれ! コノヤロー!!」

『口の悪い男だな。あ、不良だからか』

「ウッセー!! 早く教えろっ!!」サギの厭味な言葉に突っ掛かりながら大祐が怒鳴った。

『まあいい。条件を言おう。他の人間の魂を七個集めれば、お前はもう一度生き返る事ができるのだ。なあ、死神の仕事をやらないか?』

「いいぜ、やる」

『・・・・少しは悩むだろう、普通』

 即答する大祐に、サギが呆れた返事を返した。それに対し、いや、俺様は天才だから悩まない、とキッパリと言い切る大祐。



――だって今死んでしまったら、三ヶ月後に行く予定の今井江里チャンのコンサートに行けなくなるじゃないか!! それだけはゼッテー、死んでも行かねば!



 大祐は、背中に金色の刺繍で『神風総長』と書かれた黒地の特攻服の裏ポケットにしまってある、少しシワになった今井江里の東京ドームコンサートチケットの予約券控えを確認した。ファンクラブに入っているから、ライブが決まった初回のチケット発売日――しかもファンクラブ優先――に速攻申込して入手したものだ。肌身離さずお守り代わりにして持っている。
 そして特攻服の裏に、誰にも見つから無い様に付けられたファンクラブの会員証の小さなピンバッチを見て顔をほころばせた。


『気持ち悪いな。不良の癖にアイドルの追っ掛けの趣味があるとは、世も末だな』サギがボソリと呟いた。

「アァ、何だとコラァ!!」

 地獄耳の大祐がサギを再び睨みつける。「オメーだってなぁ、今井江里チャンを見たらゼッテー好きになるに決まってるぜ!! 彼女の可愛さは世界一、いや、宇宙一だ。何せこの俺様のハートを即奪いだったからな!!」

 初めて青年向けの週間雑誌のグラビアを見た時の衝撃を思い出して、大祐は再び顔をほころばせた。
『今井江里、鮮烈デビュー』の見出しが表紙の二年前の雑誌は、今でも宝物として机の中にしまってある。
 それは現在、インターネットオークションで十万円以上もするプレミアがついている程の貴重品だ。いかに江里が今、人気者かという事が伺える。
 その雑誌の今井江里に一目ぼれをした大祐は、ファンクラブに即入会した。会員ナンバー『256』番。彼の一番好きな数字となった。
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