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スマイル5・王様と義理兄
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しおりを挟むそういえば、と思い当たることがあった。
何時だったか、お手洗いを貸して欲しいというおばさんが施設に来たことがある。
道に迷って困っている上、お手洗いに行きたくなったので貸して欲しい、というので、貸したことがあった。見た事のない人だし、近所の人ではなかった。
沢山子供がいていいわね、と一緒になって子供達と上手に遊んでくれて、持っていたお菓子をご馳走してくれた。
丁寧にお礼を言って、その女性は暫くして帰って行った。
まさかその女性、最初から書類をすり替える為にこの施設へ――
目の前が真っ暗になった。
花井の差し金ね。きっと。
私が困っている人を放っておけない性格だって解っているから、もしかしたら今、思い出したおばさん以外の他の誰かかもしれない。出入りする業者だっているから、そのうちの誰かかもしれないし、施設に通う子供達の親御さんが絡んでいるのかもしれない。
今ここでそれを考えていても、もうどうしようもないわ。
どのような方法ですり替えが行われたかなんて、私には解らないし。
美幸おかあさんの娘である私を手に入れようと、ヘビのように執拗に追いかける男――花井康(はないやすし)。
何時も薄汚い笑みを絶やさず、常に人の弱みに付け込む、最低の中年オヤジよ。
美幸おかあさんの、幼馴染だった男。
全体的に陰気な雰囲気で、ひょろっと細長く、痩せこけた頬に、死んだ魚のような濁った瞳をしている。
名前を聞くだけで不愉快になる。
美幸おかあさんと、久信おとうさん――私の両親を死に追いやった
私がこの世で一番、憎んでいる男――
恭ちゃんが唇を噛みしめ、険しい顔をしたまま私に書類を寄こしてきたので、受け取って目を通した。
土地賃貸借契約書
賃借人 真崎美羽(甲)
賃貸人 花井康(乙)
第一条には該当住所(施設が立っているこの場所)の土地を甲――私が賃借し、発生した料金を乙――花井に支払う事になっている。
第二条には、賃借料金の明示。ここまでは問題ない。
第三条には、契約期間。三年の契約だから、もう間もなく契約更新となるが、特に申し立てをしない限り、自動更新で一年毎の更新になるハズだったのに。
書類には、付け足された文章があり、こう書かれていた。
――但し三年の更新日を迎える時、更新料金として、更新日時までに金壱千万円の支払いを条件とする。
期日までに払えない場合、更新は無効となり、甲は直ちに乙への賃借物件の返還を行う事とする。
更新時以降の賃料は、月額金壱百万円とする。
こんな項目、最初の契約には無かったのに。
普通は一年契約なのに、三年にしたのはこういう目的があったからなの。
油断させて、直前になって用意していた偽の書類と本物をすり替え、
私を手に入れようと――
ううん、私じゃない。
花井が本当に欲しいのは、美幸おかあさん。
でも、おかあさんが死んでしまって、そのターゲットは私に向いた。
花井。
本当にクズみたいな男。
アンタみたいな腐った男、いくら幼馴染だからって、美幸おかあさんが相手にするワケないのに。
この世から消え去って欲しいと、何度願っただろう。
「美羽・・・・」
恭ちゃんが、苦しそうに顔を歪めて私を見た。
「イヤよ。私、絶対この施設、手放さないからね!」
「でも、この書類・・・・偽造だけれど、本物の書類として通っているんだろう。花井にやられたんだ。これを覆すことは・・・・恐らく出来ない」
「また・・・・話つけて来るわ。花井と」
今度は何を言われるのかしら。
愛人にでもなれ、とでも言うつもりなのかしら。
なってやろうじゃない。愛人、上等よ。
何時か寝首を掻いてやるわ!
「ダメだ!! 今回は僕が一人で話をする。今からヤツに契約更新の事で連絡を入れるから。美羽にはもう話はさせないからな!」
本気で怒られた。
「最初の契約の時、あれだけの無茶をしたんだ。もうこれ以上は、僕が赦さない」
「・・・・わかった。恭ちゃんに、任せる」
既に施設を出てしまった恭ちゃんに、施設の事でこれ以上迷惑をかけたくなかったけど、私が暴走する方が却って迷惑になりそうだったから、ひとまず恭ちゃんに託すことにした。
早速恭ちゃんは花井に連絡を入れ、二日後、施設で土地の更新について話をすることになった。
恭ちゃんに、絶対に無茶はしない事、勝手に花井と話をつけない事を約束させられた。
恭ちゃん、ゴメンね。
その約束、守れる保証は出来ないわ。
だってもう、私は既にオンナも捨ててしまったし、大事な恭ちゃんでさえ、施設の為に手放してしまったのよ。
おかあさんとおとうさんが遺してくれた、このマサキ施設しか、私にはないの。
だから、死んでも守ってみせる。
たとえ、どんなことがあっても――
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