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第3話 ~政人くんと海里くん~

Side・斎賀政海/その5

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 接客の仕方を零さん直々にレクチャーしてもらい、一通りの流れを把握した。暫くすると、よくこの店を利用しているという常連のマダムの方が来店されたので、彼女のフットマンとして、海里ちゃんが先ず行くことになった。
先輩のフットマンに付き添う海里ちゃん。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 マダムは五十代くらいの女性だろうか。上品で身に着けているものや持っているバッグなんかが、高級ブランドのいい品ばかりだった。ああ、いいな。あのマダムになりたい。海里ちゃんに見つめられて、お帰りなさいませ、お嬢様、って言われたい。

 でも僕、あのマダムになって、僕についてくれるフットマンが海里ちゃんだったら全財産貢いじゃいそう・・・・。

「まあ、新しい子? 素敵な彼が来てくれたわね」

 マダムは喜んでいる。心底羨ましい。
 思わず妬みの視線を投げかけそうになった時、重厚感のある木製のダークブラウンの扉の方から、チリンチリンと来客を告げるベルが鳴る音が聞こえてきた。
 そちらを向くと、さっき来てくれると言ってくれた美乃梨ちゃんだった。お洒落して、巻き髪して、何時ものポニーテールがトレードマークの元気ハツラツな美乃梨ちゃんと打って変わって、可愛らしい本当のお姫様みたいだった。

 慌てて背筋を伸ばし、「お帰りなさいませ、お嬢様」と深々と頭を下げた。
 
「あの・・・・私、新庄海里さんの友人です。彼が今日からここで働くって聞いたので、遊びに来ました」

「これはこれは、大変申し訳ございません」零さんが本当に申し訳なさそうに眉根を寄せて、美乃梨ちゃんに謝った。「海里はつい先程、別の者と接客に入ってしまいました。折角海里に会うためのご来店でございますのに、誠に申し訳ございません。暫くしましたら引き上げさせますので、こちらでお待ち頂けますか?」

「あ、いいえっ、いいんです。お店の迷惑になるような事はしたくありません。そうしたら、折角だし――」美乃梨ちゃんは僕を見て、微笑んでくれた。「なにか頂いて帰りますね」

「ご案内致します、どうぞこちらへ。お足元、お気を付けください」

 美乃梨ちゃんだから、緊張せずスラスラと丁寧な言葉が言えた。全く知らない人だったら、多分失敗していただろう。美乃梨ちゃんが来てくれて良かった。
 僕は、執事カフェなんてガールズバーみたいな感覚で、対面で接客したりするのだと勝手に考えていたけれど、全然違っていた。覚える事は沢山あって大変だけど、とっても楽しい。
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