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Office06・ピアス

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「俺がこんなに釘刺してるのに、貴女、無防備すぎますよ。そのピアスは、三輪さんを受け入れるオーケーサインって思われますよ。このままじゃ、三輪さんと一線を越えるのなんか、時間の問題だ」

「越えないわっ!」私は自分に言い聞かせるように強く言った。「三輪さんの事、終わりにする為に、今、こうしているの。お願い、真吾君。あと少しだから、邪魔しないで」

「そんな約束、できません」

「そんな――・・・・お願いよ。昨日も話したけど、私、彼を忘れたいの。もう、この恋、止めたいの。奥さんを傷つけたい訳じゃない。裏切りたくない。でも・・・・彼が結婚してるって、後から知ったから、どうしても諦められなくて・・・・だから・・・・せめて想い出を・・・・」


 泣きそうな私を見て、真吾君は再び大きな溜息を吐いた。


「だったら、昨日言った口止め料、俺にたっぷり払って下さい。昨日の報告も、後でしっかり聞きますからね。今日一緒に取引先に商品の納品、行くでしょう。その時でいいです。昨日、何があったか、ちゃんと聞かせてくださいね。じゃないと、今すぐバラしますよ」

 バラすと脅されて、仕方なく私は頷いた。
 っていうか、口止め料・・・・また払わなくちゃいけないのか・・・・。もうイヤだ。無理矢理あんな・・・・。
 でも、思い出すと身体が熱くなる。三輪さんとは違うドキドキがする。真吾君相手なのに、どうしてなの。

「貴女の様子を見ていたら、三輪さんの事、止めるどころか余計ドツボに嵌ってますよ。さっさと諦めて、俺にしておけばいいのに。俺の何が不満ですか」

 不満・・・・っていうか、色々全部?

「色々全部不満とか思って、俺の事、全否定しないでくれます?」

 出た! エスパー真吾!!
 もう、探偵になれっ!

「探偵にはなりませんってば」

「心を読まないでくれる?」

「和歌子さんが、解り易いだけです」

 真吾君の顔が近づいた。「そろそろ他の人も出社しますから、ゆっくり話す時間がありません。もう戻らないと。じゃあ、そう言う事で、口止め料の支払いをお願いします」

 真吾君に迫られているから、彼が近い。また、あの香りがする。真吾君の香り――ジョーマローンの香り。



 クラクラする。この香り。



「ほっぺたにキスは、払った事になりませんからね?」

 釘を刺されてドキっとした。誤魔化せない。
 
「目、つぶって!」

 覚悟を決めた。さっさと終わらせよう。仕方ない。

「それもできません。貴女が俺にキスしてくれるところ、この目で見たい」

「そんな・・・・それじゃ、できないわよっ」

「俺からする場合は、再三忠告したのに無視したバツとして、昨日より激しいのを今ここでやりますよ。朝から足腰立たなくなっちゃったら、どうします? 責任取りませんからね」

「そんなの困るっっ」

「じゃあ、和歌子さんからどうぞ、お願いします」

 真吾君は、カワイイ笑顔を湛えて私を見つめている。いいやっ、カワイくないっ。カワイイ顔してるけど、中身は悪魔だっ。悪魔なんだっ。


 チクショー、どうしてこうなった!?
 どこでどう、何を間違えたっ!?


 ドキドキする。この香りが、私をおかしくさせる。





――こうなったら、どうせ無理矢理口止め料払わされるんだったら、この悪魔をドキドキさせてやるわっ。





 
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