「薬草まみれの地味な女」と婚約破棄された宮廷薬師ですが、辺境でのんびり暮らしていたら元婚約者が全てを失っていました  

メトト

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第六話 薬草採取

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 ヴェルデンの朝は早い。

 太陽が山の端から顔を出すか出さないかの薄明の中、エルザは薬草採取に出かけた。

 朝露に濡れた草原は宝石箱のようだった。月光草の紫、甘草の緑、それに名も知らぬ小さな白い花。空気は冷たく透き通り、鳥のさえずりだけが静寂を彩る。

「いい朝です」

 一人ごちながら薬草を摘んでいると、後ろから足音が近づいてきた。

「おはようございます、エルザさん」

 ノエルだった。いつもの騎士服ではなく、動きやすい作業着姿だ。背中には大きな籠を背負っている。

「あら、ノエルさん。こんな早くからどうしたんですか?」

「薬草採取を手伝おうと思いまして。昨日エルザさんが『明日は早朝から採取に行く』と言っていたので」

「覚えていてくださったんですか」

「ええ、まあ」

 ノエルは少し目を逸らした。日焼けした頬が、かすかに色づいて見えるのは朝焼けのせいだろうか。

「ありがとうございます。それなら、薬草の見分け方をお教えしますね。この辺りは似た植物が多くて、間違えやすいですから」

* * *

 二人で草原を歩きながら、エルザは薬草の知識を伝えた。

「この葉は裏に細かい毛が生えているでしょう? これが甘草の特徴です。隣に生えている似た草は毒草のニガヨモギ。葉の表面がつるりとしていて、ほら、少し青みがかっている」

「本当だ。こうして並べてみると違いがわかりますね」

「薬草と毒草は紙一重です。だからこそ、薬師の知識が必要なんです」

 ノエルは真剣な目で薬草を見つめ、一つ一つエルザの説明を反芻しながら籠に入れていった。その姿勢に、エルザは好感を覚えた。

 レオンならこう言っただろう。「面倒だな、そんなことは使用人にやらせればいい」と。

 ノエルは違う。自分の手で学び、自分の目で確かめようとする。

「ノエルさんは、お母様から薬草を教わったとおっしゃっていましたね」

「はい。母は辺境伯家に嫁ぐ前、山間の村で薬草を扱う家に生まれたそうです。結婚してからも庭に薬草園を作って、領民に分けていました」

「素敵なお母様ですね」

「五年前に亡くなりましたが、母の薬草園は今も残っています。……手入れが追いついていなくて荒れ気味ですが」

 ノエルの声に、わずかな寂しさが混じった。

「よかったら、今度見せていただけますか? お手入れのお手伝いもできると思います」

「いいんですか?」

 ノエルが顔を上げた。その表情が、子供のように明るくなったのを見て、エルザの心臓が少しだけ跳ねた。

「ええ。薬草園の整備は薬師の仕事のうちです」

「ありがとうございます。母も喜ぶと思います」

* * *

 昼近くになって、二人は十分な量の薬草を集め終えた。

 草原の丘の上で休憩を取る。ノエルが持ってきた水筒の水を分け合い、エルザが焼いてきたパンを半分に割った。

 眼下にはヴェルデンの街並みが見える。赤い屋根の家々が緑の中に点在し、街の中央を小川が銀色に光りながら流れていく。

「綺麗な街ですね」

「ええ。私はこの景色が好きです」

 ノエルはまっすぐ前を見つめていた。

「兄は王都で華やかに暮らしていますが、私はこの辺境が性に合っている。ここの土を踏み、ここの風を吸い、ここの人々と共に生きることが、私にとっての幸福です」

 その言葉に、嘘はなかった。

 エルザはノエルの横顔を見つめた。飾り気のない、実直な横顔。この人は本当に、この土地を愛しているのだと思った。

「……私も、同じ気持ちです」

 ノエルが振り向いた。目が合った。

「ここに来てまだ二週間ですが、ヴェルデンが好きになりました。この土地の薬草も、ここで暮らす人たちも。王都にいた頃より、ずっと自分らしくいられる気がします」

「そう言っていただけて嬉しいです」

 ノエルは穏やかに微笑んだ。その笑顔を見た時、エルザは胸の奥で何かが柔らかくほどけるのを感じた。

 レオンの隣にいた時には、一度も感じなかった温かさだった。
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