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来の屋敷編
白髪赤瞳と三兄弟4
しおりを挟むあの日の翌朝は大人しく殊夜の部屋に戻り、何事もなく終わった。
しかし、2日ほどして俺が殊夜に殴られたことを話していたのを誰かが告げ口し、また殊夜の平手打ちが左頬に入った。
殊夜の帰りはいつものように遅い。しかしあの日から、来が起きていようとも寝ていようとも、殊夜の機嫌が悪ければ彼は来に暴力を振るった。兄の暴力は日に日に増えていき、初め顔や腕へ作っていた傷は次第に腹や太ももなど目立たないところにつけられるようになった。殊夜の機嫌が悪ければ悪いほど言葉で罵られることも増えた。ある時は「お前がのろまだから」ある時は「お前が捨て子だから」そして最近の最上級に機嫌が悪かった時は「朝貴を誑かす汚いドブネズミめ!」と蹴りを腹に入れられた。
どうやら殊夜は弟の朝貴を大層気に入ってるようで、朝貴の関心を買う俺がとても憎たらしいようだった。顔の傷も朝貴に言われて見えない箇所へつけるようになり、殊夜に対する朝貴の対応が悪い時も俺へ怒りの矛先がむいた。
朝貴は薄からず殊夜の暴力に気づいているようだが、これ以上彼が言っても結果は悪化するだけであるため、何も言わないでくれと嘆願した。朝貴も察したのかそれ以上は何も言わなかったが、殊夜の機嫌を損なうようなことはしなくなった。
朝貴は相変わらず俺に構ってくる。帰ってくれば必ず俺の元へ駆けつけ、短くとも会話を交わす。白い髪をゆっくり撫で回す手のひらが心地いいが、それとは裏腹に俺に構わなければ自分も朝貴も長男に振り回されることはないのに…と少し朝貴の傲慢さに愚痴がこぼれた。
暴力を振るわれる頻度が少なり平穏な日々を過ごしていた矢先だった。ついに俺を地獄へ突き落としたあの日がやってきた。
殊夜を贔屓し、外見が異端なおれを不気味がる女中が1人いた。キツネのようにつり目で、口元に赤い紅をべたべたと塗りたくった顔の女だ。
「来様、少しよろしいですか」
正座をしながら苦手なその女中が部屋の扉を開けてきた。ずいぶん文字も読めるようになってきた来は小さな机の上で書を開いていた。
書の途中で邪魔されたことに苛立ちながらも応対する。
「何ですか?」
「実はお手伝いしてほしいことがありますの。他の使用人共は忙しいみたいで。お力貸して頂けます?」
ニタリとした笑みにお前は暇だろと言われたような気がしてムッと口を詰めたが、変に断っても仕方ないと了承した。
女に連れてかれて長い廊下を歩かされる。
急に女が立ち止まって、「これです」と庭を指差した。庭にはゴロゴロと土を掘り返した跡があり、整えられた地面に茶が飛び散っていた。汚いあり様に誰がこんなことしたのかと来が呆然としていると、女はまるで台本があるかのように口を開いた。
「私、他に用がありますんで、片付けてもらってもよろしいですか?そこに桶を置いておくので、それを使って綺麗に整えてくださいな。それではよろしくお願いします」
女はそう云い捨てると、来の返事も聞かずそそくさとその場から去っていく。
来はその女の様子にため息をついた。あの女中が来に嫌がらせを始めてから他の使用人も仕事を押し付けてくるようになった。兄達には決して逆らわないのに俺はまるで拾われてきた猫だとも思って陰湿な嫌がらせをし、からかう道具にされる。
---内心あの女中が殊夜兄上に告げ口したと俺は思っている。
俺は片付けなければまた殊夜兄上にチクられて酷い仕打ちをされるのはわかっていたため、膝部分の着物裾を両手で掴み、そのまま庭へ裸足で降りた。
桶を掴み、転がった土砂をその中へ入れていく。桶も壊れかけのやつをわざわざ選んできたのだろう。土砂が途中木板の隙間から零れ落ちていった。3度ほど土を運んだ時だった。
背の方からガチャァンと何かが大きく割れた音がした。
なんだと振り返ると、白い陶器の破片がそこら中に散らばっており、それが落ちて割れたのだとわかった。周りに人影はない。不気味さを感じつつ、桶をその場において割れた陶器の方へ近寄る。欠片を手に取るが見覚えのないものだ。真っ白かと思っていたが薄く細かい流線で模様が描かれていた。
「何をしている」
少し低めの冷たい声が聞こえた。
「殊夜兄上…」
この時間帯は基本家を空けているはずの殊夜がいつものようにきちりと洋服に身を包んで縁側に立っている。なぜここにいるのかと殊夜の顔を来は伺おうとしたが、殊夜の顔が一点を見つめると次第に怒りを露わにし始めた。
殊夜がその場で大きな怒鳴り声をあげた。
「来!お前何している!!それはひい爺様の大切な形見の壺だぞ!!」
外にも響き渡るような度を超えた大声に来は体をブルリと震わせた。
長男の怒号に周辺で仕事をしていた使用人達が集まってくる。あのきつね顔の女中も奥の廊下から現れた。
みんな来の様子を見ると一斉に顔を真っ青にした。女も最初はクスリと笑っていたが、散らばった破片を見つけた途端顔色を変えた。
女中の表情が悪い方へ変化したことに来も嫌なものを感じる。哀れんだ顔をする使用人達もいる中、1人殊夜だけは憤怒した。今までで1番恐ろしい顔だった。
「この大馬鹿者め!早く捕らえろ!お前は檻行きだ!!」
値もつけられぬ家宝を無闇に壊した汚らしい妾の童。
俺はこれからその名を冤罪に体へ深く刻みこまれ、陽の当たらぬ地下の檻へと8年もの間閉じ込められる。
一斉に使用人達が俺に覆い被さり抑えつけられる。
絶望へ傾れ落ちていくとき、殊夜だけが口角を上げていたのは俺は決して忘れない。
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