転移先で出会ったアラフォー魔術師が時々かっこよく見えるのが悔しい

チーズたると

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 気が付けば、ミサは暗闇の中にいた。
 状況が理解できない。一体どういうことなのか。

 闇の中で、ミサは記憶を遡る。

 たしか自分は、弟の遥と共に買い物に行く途中ではなかったか。そうして――そう、トラックに撥ねられそうになっていた幼い女の子を助けようと、道路に飛び出したのである。

 しかし、現在ミサがいるここが街中だとは到底おもえなかった。上下左右、どこを見ても墨汁で染めたような闇が広がっているばかりである。

 ひょっとすると、これが死後の世界というやつなのではないかと、ふとミサは考えた。なにより、そう考えるほうが納得がいく。

 この世界には天国も地獄もなく、死ねばただ暗闇が待っているだけ――。
 そこまで思案して「呆気ないものだ」とミサは思った。

 ミサは二十歳になったばかりである。ごくごく普通の学校生活を送り、そうしてごくごく普通の社会人生活を送っていた。

 漫画や映画でよく見るような驚きの体験も、ドラマのような恋をしたこともない。

 つまるところ、決して物語の主人公にはなれないどころか、モブと呼ばれるにふさわしい人生を歩んできたのである。

 そんな、ひとりのモブの人生が、今あっさりと幕を下ろしたわけだ。あまりにも呆気なくて、笑ってしまいそうにすらなる。

 そういえば、ミサが助けたあの少女は無事だろうか。こうしてミサが死んでしまった以上、助かってくれると大変うれしいのだが。助かってくれなければ、ミサは無駄死にということになってしまう。――自分で考えていて悲しくなるけれども。

 遥にも、申し訳ないことをした。目の前で姉がトラックに撥ねられて死ぬなど、トラウマもいいところだろう。

 出来ることならミサも血まみれの遺体など弟に見られたくはなかったが、こればかりはミサにはどうすることも出来ない。穏やかで優しい弟だっただけに、罪悪感はいっそう募る気分がした。

「……お母さんのチャーハンと餃子、食べたかったなぁ……」

 ふと、そんなことを考える。まさかミサが買い物の途中で死ぬなどとは思ってもいないだろうから、きっと自宅でミサのぶんも用意していたことだろう。

 もう母の料理が食べられないのだと理解すると、それはただただ純粋に素直に寂しかった。

 ミサのくちから、自然とため息が漏れる。自分は、どうなるのだろう。このままずっと、暗闇の中で過ごすのだろうか。

 そんな疑問に気が遠くなりかけた直後だった。
 周囲の景色が、とつぜん変わったのである。

 それまでは、真っ暗闇の中にいながらも、まるで水中を漂うふうな曖昧さがどこかにあったのだが、それが明確に落下する感覚に変化した。

 そして、視野は黒から藍色に――いや、単なる藍色ではない。
 自分の視界に広がるものが、星のきらめく夜空である事実にミサは感付いた。

 目を下に向けると、遥か遠くにオレンジ色の明かりが見える。距離が遠いために定かではないが、それは巨大な建物を照らしている光に思えた。

 上には夜空。下には建物と明かり。加えて、落下している自分――。
 状況を理解するのに僅かな時間を要してしまったのは、許してほしい。

 なにせその体験は、モブのような人生を歩んできた女の理解の範疇を大幅に超えてしまっていたのだから。

 何度も瞬きをしてようやっと現状を理解したミサは、眩暈がした。もっとも、眩暈がしたところで空中なのだから、なんの問題もないのだけれど。
 脳が働くよりも早く、喉から悲鳴が迸った。

「あああああああああーーーーーーーーーーっ!」

 未だかつて経験したことのない速度で地上に引き寄せられていく己と、瞬時に上空へ消えていく声。

 そのふたつを同時に感じながら「ああ、落下しながら悲鳴をあげるとこうなるのだなぁ」などと、現実逃避をしたいもうひとりの自分が、まるで他人事のように考えているのを感じた。

 ちなみに、ミサは絶叫系のアトラクションが苦手である。


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