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 ふたりの男性のうちの片方は、ミサを地獄の爆走ドライブに付き合わせたとんでもない男――メルウィンである。

 見た目は四十歳前後で、容姿はまるで俳優のごとく整ってはいるものの、いかんせん言動が軽すぎて妙に子供っぽかった。長い黒髪をポニーテールにしているところが、男性をいっそう浮世離れして見せている。

 もうひとりは、二十代半ばほどと推測できる男性だった。

 藍色の短い髪を、優等生のようにきっちりと整えている。目付きも鋭く、メルウィンとは雰囲気が対照的だ。
 そんなふたりが、どうやら師弟関係にある――らしい。

「あー……」

 メルウィンが声を出して、前髪を掻き上げる。そして、どこか戸惑った声調でミサに訊いた。

「ごめん、なんて? 魔法が使えない?」
「は、はい……」

 これに反論してきたのは、弟子の男性である。

「そんなわけがないだろう。なら、その魔力はいったいどうやって鍛えてきたんだ」
「そ、そんなこと言われても……」

 そもそも、ミサには魔力とやらを鍛えた経験などない。というより、これまで普通の人生を歩んできたミサにそんな不思議な能力があるとも思えなかった。

 手で口許を覆ったメルウィンが「んー……」と軽く唸ってから言う。

「どうにも、根本的に話が噛み合っていない気がするね。とりあえず、君の名前と出身地を教えてくれるかな。ああ、出身地はだいたいでもいいから」

「……ええと……ミ、ミサです。出身は、東京……」
「トーキョー?」

 言葉を繰り返しながらメルウィンが首を傾げたので、ミサはあわてて補足した。

「あー……日本、って言ったほうがいいんですかね……?」
「ニホン?」

 今度は弟子の男性がミサの台詞を繰り返して、眉根を寄せる。
 そして、ふたりの男性は互いに顔を見合わせて言を交わした。

「そんな地域あったっけ?」
「いや、俺は知らないが」
「僕も聞いたことないなぁ」

 ふたりの発言に、今度はミサが耳を疑う番だった。

 ひょっとして、からかわれているのだろうか。しかし、メルウィンならばともかく、弟子の男性は誰かをからかったりするタイプには見えなかった。

 疑問と混乱が、ますますミサの頭の中で積み重なり、絡まっていく。
 三人は、しばし無言で見つめ合った。
 そうして、軽く自身の頭を掻きながらメルウィンは訊いてくる。

「うーん、埒が明かないなぁ。ひとまず、ミサちゃんが空から落ちてきた経緯について教えてくれない?」
「もしやお前、記憶喪失かなにかではあるまいな」
「ラックくんて、ほんと女の子にも容赦ないよねぇ」

 そこで「ああ、そうそう」とメルウィンは両手を叩いた。

「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。女の子に名前を訊いておいて自分は名乗らないなんて、いやはや僕としたことが」

 述べると、メルウィンは微笑して自分の胸に手をやり、どこか紳士的な雰囲気を作って名乗る。

「僕はメル。メルウィン。これでも、そこそこ有名な魔術師でね。それからこっちは――」
「こいつの弟子の、ラックだ」
「こいつって」

 弟子とは思えないほど偉そうに自己紹介をしたラックに、メルウィンは苦笑した。
 ラックは、早くも話を進めようと居住まいを正す。

「さぁ、互いの自己紹介は済んだぞ。どうしてお前は空から落ちてきたんだ」
「ラックくんせっかちだし、わりとデリカシーないよねぇ。だから女の子にモテないんだと思うよぉ」
「なっ……! そ、そういう話は今は関係ないだろう!」

 メルウィンからの指摘を受けたラックの委員長のごとき面持ちが、一瞬で真っ赤に染まった。


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