四天王最弱の男、最強ダンジョンを創る〜俺を追放した魔王から戻ってこいと言われたけど新たなダンジョン創りが楽しいし、知らんがな〜

伊坂 枕

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18 【魔王side】その頃の魔王城②

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「まったく、何故私がこんな事をしなければならないんですかッ!!」

 ルシーファは、乱暴に自分の髪を掻きむしりながらダンジョン・コアの前に座っていた。
 すでにかれこれ数日はまともに眠っていない。

 先日、魔王がどついてヒビが入ってしまった核については、なんとか器物破損回復の魔法で事なきをえたが、そのせいで、この核……かなりひねくれてしまったらしい。

 気づいたら自分の部屋の扉が見慣れない牢屋とつながっていたり、トイレだと思って開けた扉の向こうが謁見室だったりと、空間が滅茶苦茶になってしまったのだ。

 そこで、先代魔王の手記やダンジョン運営のための書物からダンジョン・コアにまつわる部分を寄せ集め、どうにかこうにかメイン空間を通常どおりつなぎ直した訳である。

 小さくため息をつきながら魔王城の地下でとれる魔王樹の栄養ドリンクを一気飲みする。
 これを飲んでも、もはやくっきりと目の下に刻まれてしまった隈と心身の疲労は取れそうにない。
 雑用係、と蔑んでいたはずのカイトシェイドが姿を消してからというもの……どうにも体調が優れない。

 頭痛と吐き気と腹痛と腰痛。
 眼精疲労と、睡眠不足と、同じ姿勢でずっと座り作業を続けたせいなのだろうか。

「……はぁ……」

 いっその事、眼球を取り外し、頭の中、体の中を全部ひっくり返して洗いたい。
 一旦、眼鏡を外し、目頭を何度かマッサージしては、再度、つなぎ合わせた説明書に目を落とした。

「ふぅ……あー……次は、えーと、封魔回廊ですか?」

 封魔回廊とは、その名の通り、その地域では一切魔法が使えなくなる空間だ。
 先代魔王の説明書によると、ここの整備は封印紋と呼ばれる文字を天井・壁・床一面に書き上げなければならない。しかも、一切の魔法が使えず、完全なる手書きで。

「こっ……! こんなもの、私一人でどうにかできる訳が無いじゃないですかッ!!!」

 逃亡したカイトシェイドは『分身体』と呼ばれる自分自身を複数に分けるスキルがあった。
 いくらルシーファが強い魔力を持っているとはいえ、分身のスキルは持っていない。

 何とか『分身体』を創ろうと試したりもしているが、そのスキルの無いルシーファに、一朝一夕で出来ることではない。

 第一、そんな地味すぎる作業のために、そこまでして四天王筆頭である彼を何日も張り付けるのは、本来、得策とは言えない。

 だが、この封魔回廊は、魔王城の守りの要でもあるのだ。
 これが機能していれば、遠距離からの超広域型攻撃魔法も完全に無効化が可能。

 その反面、この回廊の機能が完全停止すれば、これだけ広大な魔王城を守り切るのは至難の業だ。

 仕方が無いので区画を割り振り、魔王様の部下たちに封印紋を書かせてみたのだが、個人ごとの筆跡や微妙なクセが異なるせいで、封魔空間がわずかに歪みを起こしているらしい。

 自慢の漆黒の翼を思わず毟りたくなる衝動を必死に抑えたルシーファに通信が入った。

「ルシーファよ……」

「こ、これは魔王様、いかがなされましたか?」

 コアルームの壁に、突如、映し出された不機嫌な主の顔に急いで跪く。

「これは、どういうことだ?」

「こ、これとは……?」

 通信画面に映し出された魔王の寝室はいつもと全く変わりが無い。
 豪奢なインテリアに、体力も魔力も超回復する最高級寝具、そして傍らに侍るサキュバス達。

 ただ、唯一違うと言えば、彼等の表情だろうか?

 サキュバス達は何故か、鼻と口を押え涙目。
 魔王自身も不愉快そうに顔を歪ませている。

「この悪臭だ!」

「あく……臭? し、少々お待ちください!?」

 コアに映し出された各種空間同士は普通につながっている。
 だが、魔王の指摘するニオイ、とはどういうことなのか……

 ふと、過去の記憶が蘇る。
 以前、魔王様が自室でサキュバスに使うはずだった『空気中に放出するタイプの高価で強力な媚薬』が、空調の不備で、全部別室の執務室に流れ込み、男同士の大惨事が発生した事があった。
 
 幸い、ルシーファ自身は直接被害にあってはいない。

 だが、その時、カイトシェイドが「空調のルートが混線した」と言っていたのに腹を立てた魔王様が、彼の分身体の一つを叩き殺していたのは目撃している。

 (まさか……空調と通常の空間は、まったく別……?)

 急いで魔王の寝室の空調ルートを確かめると、案の定。
 
 魔王城の汚水処理部屋と直結しているではないか。
 急いで空調部分を繋ぎ変える。

「魔王様、申し訳ございません! 今、空調の不具合を調整いたしました!」

 しかし、魔王は不愉快そうに鼻を鳴らす。

「フンっ、貴様もその程度か。あのクズであるカイトシェイドでさえこなせた仕事が、このザマとは! 四天王筆頭も地に落ちたものだな!」

「ま、魔王様、ですがそれは……!」

「黙れ!! 空調とやらの切り替え程度ではこのニオイは取れん!! さっさと余の部屋に漂う悪臭を貴様の魔力で浄化せよ!」

ブチンっ!!

「……」

 一方的に切られた通信に、思わず唇を噛みしめた。

 魔王様の寝室へ行くのは、何故か、いつも、非常に気が重い。
 ただ、部屋に入ってちょっとした作業をして、戻って来るだけの事なのに、異様に消耗するのだ。

 最後の力を振り絞って自室に戻り、しばらく立ち上がれなくなることもしばしば。
 恐らく、魔王様が休息をする唯一の場所なので、魔王様本人以外は著しく生気を吸い取られるような仕様なのだろう。
 防衛能力という面では、かなりの優れものなのだが、こういう時は甚だ不便だ。

 ここにきて、ようやく……彼、ルシーファはカイトシェイドを追い出したのは間違いだったのではないか、という思いが頭をよぎったのであった。

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