転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

文字の大きさ
105 / 106

効き目

しおりを挟む
 
 
 遂に、明日、王国の一行がやってくる。
 記念式典やら、晩餐会やらで宮殿内は皆忙しい。
 
 だが、ライラは特段忙しいという訳でも無かった。一介の家庭教師に出来ることは限られる。
 王国のしきたりや装飾など助言を求められれば答える程度で、エルメレに居る優秀な人材が全てを万事滞りなく準備していた。
 
 
 ライラは仄かに癖のあるハーブティーをカップへ注ぎ、華奢な体を更に小さく丸めて座るミリアムの元へ運ぶ。
 
 本当はこの気まずい空間に居るくらいなら、ライラも忙しく宮殿内を走り回っていたい。
 
 だが、ミリアムは時間が空けばライラを指名する。特に何か話す訳でも無い。
 
 ライラに出来ることは、ミリアムが出来る限り心身を落ち着かせて明日に臨めるようにする事くらいだが、いかんせんミリアムとの付き合いが長い訳でも無いので気の利いた事も言えない。
 
 
 
 ライラは徐に取っ手のついた籠からいくつか油紙に包んだ包みと、蓋をした小さな鍋を取り出した。
 
 本当は上品な陶器のお皿の上に盛って出したかったが、それは叶わない。
 
 ミリアムの前に質素な包みが置かれ、ライラがそれを開くと、ミリアムは眉を一瞬顰めた。
 
『これは…?』
 ミリアムがライラに顔を向ける。
 
『こちらは王国のお菓子です。料理人に無理を言って手伝っていただきました』
 バターの香りやカカオの香りにミリアムの表情は幾分緩む。クッキーの形は食べやすさと可愛さを考慮して小さく、そしてより可愛らしく作り上げたマカロンとマドレーヌも一緒だ。
 
 レイモンドから貰ったお菓子のレシピ本は大いに役に立った。
 
 
 
『それと…こちらは、トロメイの物です。ミリアム殿下もお召し上がりになったことがあると思いますが、レシピはそれぞれの家庭で異なりますので、ぜひ一口』
 赤い小鍋の蓋を開ければ、そこにはゼリーのような質感の物がある。
 
 色こそ濃い茶色だが、ここにはあらゆるスパイスが入っていて甘味もあるがすっきりとした味わいのものだ。
 
 レイモンドのアドバイスを受けライラはスパイスや薬草を買い求めたが、素人にはどう味付けをすれば良いからわからなかった。
 そこで料理人に頼み込んで作ってもらった訳だが、ライラもこのお菓子をトロメイで見かけはしたが食べたことは無い。
 
 ただミリアム殿下は以前も召し上がった事があって気に入っているようだ言う料理人の言葉もあって、スパイスやハーブをふんだんに取り入れて貰った。
 毒味も味見も勿論済んである。

 使用人に頼んで皿を用意してもらい、品よく盛り付けるとライラはそれをテーブルに並べる。
 
『さぁ、どれから召し上がりましょう?』
 ライラがそう言うと、ミリアムはゆっくりお菓子を見渡し、おずおずとマカロンを指差す。
 
 
 先程よりも少し緊張が和らいだ顔色の良いミリアムを見て、ライラも少しホッとした。
 
 
 
 
『美味しかったわ…』
 ミリアムは一通りのお菓子を口にして、お茶を口にする。
 
 ハーブやスパイスが効いてるのだろう、ミリアムがリラックスしているのがライラにも分かった。
 
『お口に合って何よりです。生まれ育った場所の物が1番かもしれませんが、同じ国でもさまざまな食べ物があります。
 外国の物も、また新鮮で楽しめるかと––…』
 ライラがそう言うと、ミリアムは膝の上に両手結ぶようにして置く。
 
『……王国のお菓子が存外美味しいという発見はありました。確かに、これは違う一面ね』
 ミリアムが大きな目をライラに向ける。
 
『私が王国の皆様と一緒に過ごす間、あなたは何をしているの?』
 
 王国の一行がこちらへくる間、両国には公式に通訳が付く。博識で人生経験も豊富な身分の高い、通訳が。
 
 勿論ライラはそんな役割は与えられていない。キアラからもそんなお達しは来なかった。
 
 滞在中の細々とした雑用や、王国の一行でも末端の人達の通訳など片手間で出来る程度の仕事は既に任されている。
 与えられた数少ない役割の中で、十二分にライラはエルメレの役にたつと示さないといけない。
 
 
 
 そこまで警戒しなくても、宮殿内で王国の重要人物達と顔を合わせる事はまず無いのでは––…と思った程の仕事内容だ。
 
 
 
『人手が必要な場所で手伝いがありますが、私に出来ることは限られますので、お暇を与えられるかもしれません』
 
 ライラの言葉に、ミリアムはふーんと言葉を返す。ミリアムの視線はライラの顔より少し下を向いていた。
 
『…あなたは私に付いていてちょうだい』
 
『え––?』
 
 ミリアムの言葉に、ライラは不敬にも声を漏らしてしまった。
 確かに、もしかしたらミリアムかキアラから何か命じられるかもしれないとは思っていたが、ライラは貴族でも無い。
 
 ただのポッと出の教師––キアラも歳が近いから年配の教師よりかはミリアムには良いだろうと当てがった、丁度良い駒だ。
 
 自分は役に立つんだと躍起になって下手を打つよりは、粛々と任された事をこなす方がより堅実だと思い直した所だった。
 
 
『いえ、私はそのような立場には…何より身分のしっかりとした、両国公式の通訳がおりますので』
 ご立派な通訳を差し置いて、どこの馬とも知らない教師が…どう考えても敵が増えそうだ––––
 ライラがミリアムに新しい茶葉を用意する。
 
 落ち着かせすぎておかしな思い付きをさせてしまったのかと思いつつ、ライラはまた新しいポットにお湯を注いだ。
 茶葉は気持ち少なめに、お湯を多めにしてみた。
 
 
 
『いいえ、ダメよ。あなたは私と居るの。
 お姉様にもお願いするわ』
 
 いやいやいやいや––––

 ライラが嫌そうな顔を隠せないでいると、ミリアムはじーっとライラの様子を伺っている。
 
『嫌なの?何がそんなに嫌なの?』
 
『いえ嫌とか嫌じゃ無いという話では無くてですね……』
 
『じゃあ、いいじゃない。決まりね』
 
 久しぶりにミリアムは小憎たらしい笑みをライラに向ける。
 
 しっかりと変装の準備をしなくてはいけないらしいが、果たして明日までに間に合うのだろうか……。
 
 ミリアムはスッと立ち上がると、お茶を注ごうと床に跪くライラを見下ろす。
 
 その頬はほんのり紅く染まって随分顔色も良くなった。
 
 
 
『その指輪、素敵ね。…私が気付いていなかったとでも思った?よく見覚えがあるわ』
 
 ミリアムの言葉にライラは手元が狂い、ガシャンと音を立てて銅製のポットがテーブルに落ちる。
 
 ミリアムはそのまま扉へ向かう。
 
 
 
『じゃあ明日ね、先生––』
 そう言ってにっこりと笑みを浮かべてライラを振り返ると、ミリアムは軽やかに去っていった。
 
 確かにミリアムの顔色は良くなった。
 期待通りの効果があったのだろう。
 
 効きすぎた…かもしれない……
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

祓い師レイラの日常 〜それはちょっとヤなもんで〜

本見りん
恋愛
「ヤ。それはちょっと困りますね……。お断りします」  呪いが人々の身近にあるこの世界。  小さな街で呪いを解く『祓い師』の仕事をしているレイラは、今日もコレが日常なのである。嫌な依頼はザックリと断る。……もしくは2倍3倍の料金で。  まだ15歳の彼女はこの街一番と呼ばれる『祓い師』。腕は確かなのでこれでも依頼が途切れる事はなかった。  そんなレイラの元に彼女が住む王国の王家からだと言う貴族が依頼に訪れた。貴族相手にもレイラは通常運転でお断りを入れたのだが……。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...