フィルデンクラフトの魔女 〜魔女の騎士〜

桜木ゆず

文字の大きさ
3 / 7

叔母・ソフィア

しおりを挟む
「それで、ソフィアはどうしたんだ?」

熱々のシチューをスプーンですくいながら、エルナの父・レオポルドがソフィアに問いかけた。

「うん、実はね……旅芸人の一座にスカウトされちゃったの。踊りのセンスが良いって!」

「えぇっ!?なんだって!?」 「本当に?すごいじゃない!」

思わず両親が手を止め、驚きの声を上げた。

「ねぇ、たびげいにんの……いちざ?ってなに?」

小さなエルナは話の内容が分からず、隣に座る母・ユリアの袖を引っ張ってたずねた。

「旅をしながら、音楽や踊り、珍しい芸を見せて人々を楽しませるお仕事の人たちのことよ」

ユリアは微笑みながら、エルナの髪を優しく撫でた。

「ええ~っ、すご~い!ソフィアお姉ちゃん、旅に出るの?」 
「俺は少し心配だな……。確かに、踊りをいろんな人に見てもらうのが夢だってのは知ってるけどさ。アークエルドの町でも何度も舞台の主役を任されてるんだろ?十分すごいじゃないか」

レオポルドが眉を寄せる。

「たしかにアークエルドは、このフィルデン村よりはずっと大きい町だけど……それでも観客は顔見知りばかりなの。私はもっと、知らない土地で、初めて出会う人たちに自分の踊りを見てもらいたいの」

ソフィアは、さっきまでの遠慮がちだった様子が嘘のように、まっすぐな目で話し出した。

「踊り子って、若いうちしかできないでしょ?今がそのチャンスだと思うの。だから、挑戦してみたいの」

「レオポルド、許してあげましょうよ。私はソフィアの気持ち、分かるわ。夢を追いかけるのは、特に女の子には簡単じゃないもの。私は応援する」

ユリアが優しく背中を押すと、ソフィアは目を潤ませながら微笑んだ。

「ありがとう、お義姉さん……」

「……はぁ、分かったよ。お前の人生だ。好きにやってみな」

レオポルドは苦笑しつつ、妹の決意に肩をすくめた。

「ありがとう、兄さん。私、がんばる」

その後、夕食を終えたソフィアはエルナとたっぷり遊んだ。久しぶりに構ってくれる大人がいて、エルナも満足げだ。

「さて……言いたいことは伝えたし、そろそろ戻るね」

エルナの髪を撫でながら、ソフィアが立ち上がる。

「えーっ、もう帰っちゃうの?もっと遊ぼうよ」
 「あら?今夜は泊まっていかないの?遠慮なんていらないのに」
 「おいおい、こんな夜中に出るのか?せめて夜が明けてからでも――」

家族の言葉に、ソフィアは小さく首を振った。

「……実はね、もう一座に入団してるの。今はラ・ベトヌェ・ブロス遺跡の近くでキャンプしてて。明日の朝には出発なの」

ラ・ベトヌェ・ブロス遺跡。それはフィルデン村の近くにある古びた廃墟で、旅人たちが雨風をしのぐためにときどき立ち寄る場所だった。

「えっ?じゃあ……もう決めてたってことか?」

レオポルドが目を丸くする。

「うん。……ごめんね。嘘はついてないけど、隠してたのは本当」

ソフィアはバツの悪そうに笑ってみせた。

「……まぁいいさ。自分で決めた道なら、応援するよ」

「ありがとう、兄さん。こうして出発前に会えてよかった……。もうしばらく、この辺りには戻ってこないと思うから」

ソフィアの目に涙がにじんだ。レオポルドもこみ上げてくるものを堪え、天井を見上げたが、こらえきれずに一筋の涙が頬を伝った。それは別れの寂しさよりも、妹の成長を誇らしく思う涙だった。

「お姉ちゃん、遺跡に泊まってるの?あそこって、おばけ出ない?」

エルナののんびりした質問に、大人たちの空気は少し和らぐ。

「出ない出ない。エルナはほんと、怖がりさんだね」

ソフィアは鼻をすんと鳴らし、笑いながら涙を拭った。

「ほんと?じゃあ、今度一人で冒険に行ってみようかな……」 
「ダメだよ、一人でなんて危ないから。行くときは、兄さんたちと一緒にね」 
「はーい」

エルナが元気よく返事をする。

「じゃあ、行くね。兄さん、お義姉さん、エルナ……またね。きっと、どこかで私の踊りを見てね」

「あぁ、頑張れよ!」

レオポルドは目の奥の熱さをこらえながら、大きく手を振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

処理中です...