カゲロウライフ

風浦らの

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カゲロウライフ

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 当時私は引きこもり真っ只中にいた。
    というのも、私は物心ついた時からアニメや漫画が大好きで、中でも少年誌に掲載されるようなジャンルが特に好きだった。
 その為、いつも男の子の中に混ざって遊ぶ事が多かったのだが、中学生に上がる頃からだったか、体の成長と共に周りの男子に疎ましく思われるようになり、どんどんと誘われなくなっていってしまった。
 勿論、中には誘ってくる子もいた。でもその子達は、私を『女の子』として見てるのが見え見えだった。私はそれが嫌で嫌で、気づけば男の子とも女の子とも遊ばなくなっていた。

 そんなある日、事件が起きた。私はクラスで人気者の男子に告白されたのだが、その事が切っ掛けとなり、それを良く思わなかった女子達に散々苛められたのだ。

 そのうち学校に行くのが苦痛になった私は、ズル休みが増え、いつしか学校はおろか、部屋からも殆ど出ない生活が続き、惰性で引きこもり生活を六年も過ごしていた。

 今の時代、家から出なくてもなかなか楽しく生活出来るものだ。
    部屋にはTV、パソコン、漫画に携帯──、私に気遣ってか親が勝手に差し入れてくれた物が所狭しと並んでいた。

 そんなある日、私は退屈しのぎにパソコンのMMO(大規模多人数参加型オンラインゲーム)で遊んでみる事にした。
    簡単に言えば、アバターを作り、自らが主人公となって仮想現実を冒険するゲームだ。

 仮想現実世界では、女の子としてでは無く『男の子』として生きてみたかった。それが私の長年の想いだったのかも知れない。
    だからアバターは男の子で、男らしく厨二っぽい名前を選んだ。
    アバターの名前は『陽炎』

 始めてすぐの出来事だった。
    やり方が全く分からず、私は上級者さんの足を引っ張りまくった。
    そして挙句の果てには罵声まで浴びせられたのだ。

『初心者ウゼー』
『なんで出来ないんだ』
『お前は陽炎じゃない、カゲロウ・・・・だ』

 カゲロウという虫は、トンボと蚊を足して二で割ったような姿をしている。
    決していい見た目とは言えないソレに、私は例えられたのだ。

 ここにも私の居場所は無かった────と俯きボンヤリとパソコンの画面上に流れていく罵声を眺める。
 尚も絶え間なく流れ続けるパソコン画面のチャット─────

『死ね』
『消えろ』
『役立たず』

 そんな中、一文だけ他とは違うコメントが寄せられていた事に私は目を疑った。

『お前ら、彼は初心者なんだから優しくしてやれよ!    恥ずかしくないのか!』

 私を擁護するそのアバターの名前は『コウ』
    非難轟々の中、唯一私に味方するコメントをくれたのだ。
    当然の事ながら、罵声の矛先は『コウ』にも向けられる。
『偽善者』『黙れザコ』『ホモ野郎』と、私への言葉よりもその内容は酷い。それでも、彼は悪くないと必死で弁護する姿に、私は心を奪われた。

 一目惚れだった。
    私は、たかがゲームの中で恋をしてしまったのだ。

 そして次の日、コウからチャットが飛んできた。

『俺がやり方を教えてやる』

 私は信じられない思いで一杯だった。勿論答えはイエスだ。
    早速返信し、その日は色々と教えて貰った。

 次の日も、そのまた次の日もコウと私は遊んだ。

 私とコウはどんどん仲良くなっていった。
    お喋りをするうちに分かったのだが、アニメの趣味、音楽の趣味、価値観、考え方、その他全てがビックリする程、完璧にマッチしていた。
    こんなに話の合う人がこの世に居たのか。そう思った。

 コウはいつも男気があって、優しくて、困っている人がいるのを見過ごせないタイプだった。
    あるネットの情報だが、MMOでこそ、その人の本質が見えると言った人がいた。あながち間違いではないと私も思う。姿の見えない世界でこそ、人は隠れた本当の姿を現すものなのかも知れない。
    私はネットの世界でも優しいコウにどんどんのめり込んでいった。

    ■■■■

 月日は流れ、出会ってから二年が経ったある日。
    急にコウがゲームを辞めると言い出したのだ。
    当然私は必死に止めたのだが、「仕事が忙しくなった、これ以上は続けられない」と、コウの気持ちは固まっていた。

 ゲームの中での出逢いには、必ず別れがやってくる。
    私もそれは分かっている。でも、それでも最後に──────

 私は堪らずコウにチャットを送った。

『コウ、最後にリアルで遊ぼう』

 返事はすぐに返ってきた。

『陽炎と?    もちろん、今まで楽しかった。ありがとうな!』

 ■■■■

 八月十日。
    いよいよコウと会う日がやって来た。
    カンカンと照りつける日差しは、引き篭もりだった私には正直しんどい。
 出かける間際、母が目に涙を浮かべていたのが印象的だった。
    それを見て私は心が痛くなるのを感じていた。
    私は実に、八年も引き篭もっていたのだ。

 コウが私を、外に連れ出してくれたのだ。

 【カゲロウという虫は、トンボやホタル等と同じで、長い年月を水の中で過ごし、成虫になると共に羽化し空へと飛び立つのだ】

 コウは私が引きこもりだと知っている為、待ち合わせ場所は私の住む街の駅前にしてくれた。
 約束の時間はお昼の二時。
    不安と期待を胸に私は五分前に目的地に到着した。

 私は携帯電話と言うものを持っていない。引きこもりには必要ないからだ。
 コウには目印として、赤い靴、白い上着と伝えてある。
    ここに居れば、もうすぐコウに会える。そう思っていた。

 だが一時間過ぎてもコウは現れなかった。

 私はアスファルトの上にユラユラ揺らめく『陽炎』を見ながら、この陽炎の様に全ては幻だったのだと、肩を落とした。

 ■■■■

 辺りはすっかり闇に包まれ、時刻は夜の九時。

 こんな時間まで何やってるんだろうか。
    所詮はゲームの中での出来事だ。来る筈ないのに、馬鹿みたいに踊らされ、惨めになった。
    現実を思い知り、帰ってまた引き篭ろうとしたその時だった────

「お姉ちゃん、もしかして一人 ?    ちょっと俺らと一緒に遊んで行かね?」
「す、すみません……私もう帰りますんで」

    明らかにガラの悪い男達に囲まれ、私は目を背け間を通り抜けようとした──────が。

「ちょっと待てよ」
「ちょ、や、止めてください……」

 強引に腕を掴まれ止めらてしまった。
    どうやら怒らせてしまったらしい。
    漫画だとこのまま──、等と頭を駆け巡った。
    周りの皆は一様に知らない顔をして、急に電話をかけるフリをする人まで居た。

 私は男達に囲まれ完全に身動きが取れず、突きつけられた現実に絶望を抱いた。
    やっぱり外になんて出るべきでは無かった。

「おい!やめろ!嫌がってんだろ!」

 なんと、この状況で助けてくれる人がいた。歳は私と同じ位の男の子だ。
    この子には少し見覚えがある。何処だったか──、

「離してやれよ。お前ら恥ずかしくないのかよ?」

 その言葉をきっかけに、標的は私から男の子に移った。
    男の子は囲まれ、あっという間に殴り倒れると、そのまま袋叩きにあってしまった。

「おい!    お前らそこで何やってるんだぁ!」
「やっべ、サツだ!    おい、行くぞ!」

 男の子が暫く袋叩きにあっていると、騒ぎを聞きつけた警察官が助けに来てくれて、私達は運良くその場を凌ぐことになった。

 殴られ、倒され、蹴られ続けた男の子は、地べたに座り込み頬の辺りを撫でていた。

「助けてくれて、あ、ありがとう……あの、その、お名前は……その……」

 私は八年間の引き篭もりの末、人とコミュニケーションを取ることが出来なくなっていた。取り敢えず、漫画で得た知識から探り出し、助けてくれた人に名前を尋ねてみた。

「おー、痛ててて。名前?    名前は『コウ』だよ」
「────ッコウ!?    コウってコウ?」
「へ?何言ってんの?    コウだよ」
「私、私は陽炎だよ!    逢いたかった……コウ!」
「えぇ!?」

 私の目からは涙が溢れていた。夢にまで見たコウとの出会い。

「もぅ……なんでもっと早く来てくれないのぉ」
「おいおい、ちゃんと時間通り来たよ!  でもお前が『女』だって知らなかったんだよ!」
「え?」

 そうだった。私は自分が女の子だということを隠していたのだ。それを知らずにコウは、実に七時間も待っていたのだ。
    思い返せば、コウはずっと私の向かい側に立っていた。とんだお人好しな彼に、こそばゆい笑いがこみ上げてきた。

「お前のせいで遊ぶ時間無くなっちまったじゃねーか。俺、終電で帰らなきゃならねーんだわ。んでこれから何処行く?」

 コウの口振り。
    ゲームのまんまだ。
    何より私を女として見てない。
    一人の人間として見てくれている。
    私はそんな彼が大好きだった。
 でも今は─────

 ────女の子として見てほしい。

 終電まではあと三時間。

「コウ、何処に行ってもいいの?」
「ん?    ああ、俺とお前の仲じゃねーか」

 あどけない顔でケラケラと笑うコウ。
 何気ない会話も、コウと知っていれば緊張せずに、ありのままで会話する事が出来た。

「じゃあさ、行こうか。ラブホ」
「ああ、いいぜ?    それでどこにあるんだそのラブ、ラブホ!?     いや、ダメダメ、ダメだろ普通に考えて!」

 自分でも何を言っているのか分からなかった。
 そしてコウのこの反応。
 そう言うと思ってた。
    実にコウらしい反応で、私はおかしくなってきた。

「いや?    かな……」
「嫌じゃないけど、そういう問題じゃ……」

 【カゲロウが成虫になってからの命は短い。その命、実に『三時間から一日』。数いる生物の中でも最短だ】

 私には時間が無い。

「嫌じゃないなら行こっか」

 私はコウの手を引き、半ば強引にホテルへといざなった。

 【カゲロウはその残り短い命で交尾する。口は退化し物を食べる事は無い。そんな時間など無いのだ】


 ■■■■

 私達は出会ったその日に結ばれた。人は馬鹿だと笑うかも知れないが、これが私の、カゲロウと呼ばれた女の生き様だった。

「コウ、カゲロウって虫知ってる?」
「ん?    ああ、名前くらいはな」
「カゲロウのオスはね、交尾した後スグに死んじゃうんだよ」
「おいおい、変な事言うんじゃないよ」

 私達はベッドの上で顔を付き合わせ、わはははっと笑い合った。とても幸せだった。

 ■■■■

 真夏のベランダで涼む男に背後から忍び寄る。
    首元に冷えたビールの缶を押し当てられると「うひゃ」と声をあげて男が振り向いた。

「こーちゃん!」と名前を呼び、私は「にっしし」と笑う。

    私達は結婚していた。

 そして、あれから私は夢を見つけた。漫画やアニメの知識を活かして、作家になろうと心に決めた。

 学歴なんて関係ない。
 無理だなんて言わせない。

    長い年月暗い部屋で過ごした分これからは、この命を精一杯、輝かせるんだ!

    カゲロウのように─────

 【カゲロウの命は短い。その分必死に生きるその姿は、実に美しい】



 おしまい。











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