しぇいく!

風浦らの

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第一章【挑】

狩る者

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    ■■■■

    ──第3セット──

    【6-3】

   まひるの勢いが止まらない。
   前半苦しんでいた制球も定まり、縦横無尽にコートを駆け回るまひるは、まるで水を得た魚のようだ。

   相手のスマッシュ。
   がら空きのクロスを狙わず、ストレートを選択した水沢夏。

    「あっ、またまっひー先輩の正面にスマッシュ……部長、水沢選手なんか様子がへんですね」
    「まっひーが調子いい時はああいう事がよくあるよ。乃百合ちゃんにも経験あるんじゃない?」

    築山文にそう言われ、乃百合はまひるとの練習を思い返してみた。
   
    「そう言われると確かに。何故か絶好のスマッシュが、まっひー先輩の正面に飛んでしまう事が多いような……」
    「ふふふっ。それはね、乃百合ちゃん自身がまっひーの居る場所に撃っているんだよ。別にミスをしている訳じゃないの。寧ろソレは乃百合ちゃんが正しい選択をした結果なのよ」
    「???    すみません部長、さっぱり分かりません」
     「一言で言うと、まっひーのフェイントにかかっているのよ」
    「フェイント?」
    「そう。まっひー自身も気づかないうちに、「こっちに動くぞ」ってフェイントをかけているのよ。それで相手は、まっひーの逆を突こうとスマッシュを撃つんだけど、実際まっひーはそこを全く動いていないから正面に行ってしまうの」
    「へー。まっひー先輩が無自覚な所が凄いですね……」

    狩る側の人間には、どうやれば相手を狩る事が出来るかを先天的に備えているものが居るという──、
    興屋まひるは、そういう類の人間なのだ。

   いくら両面で球質に差があるといえ、正面に来たボールに対して対応できない程の実力差は無く、立場が逆転しても不思議では無い。

    【11-5】

    「やった!    まっひー先輩が取った!」

     圧倒的に場を支配したまひるがセットを取り、この試合のセットカウントは【1-2】

     再びコートチェンジをして第四セットを迎える。

    【3-1】
    【6-3】
    【8-4】

    このセットもまひるのペースで試合は流れた。

    「す、凄いまっひー先輩……」
    「水沢選手も強いよ。相手がまっひーじゃ無かったらもう試合は終わってたかもー」
    「え?    どういう意味ですか、海香先輩」
    「水沢選手は、まっひーみたいなのが一番苦手なんじゃないかなー?」

    まひるは頭で考えるタイプの選手では無い。
    裏か表か考え過ぎて泥沼にハマっていく選手が多い中、まひるの様に体が先に動くタイプの人間の方が対応するのに難しくない。
    【シェイク異質型】にとって、脳を経由させずとも打ち返せる選手は、正に難敵と言えよう。

    そして──、

    【11-7】

    「っしゃあ!」

    まひるの連取で第四セットが終わった。
    流れは完全にまひるに来ている。

    ──第五セット──

    「くそっ、また正面に……」

    本来ならば術中に嵌める側の水沢夏は苦しんでいた。
    相手の裏を突いたつもりが正面に飛び、敢えて正面に打っても正面に飛ぶという、泥沼に陥っていた。
    最早ズブズブで、腰まで浸かった泥沼から抜け出せず、次第に戦意までもが奪われていく。
 
    【10-4】

     「私は……私は甘芽中のレギャラーなんすよーーっ!」

     それは水沢夏の最後の意地。あざむくため直前までラケットを回転させた渾身のバックバンドスマッシュ。
     その意地にまひるも応える。

    「アイドル舐めんなーーーーッ!!」
     
    正面に飛んできた水沢夏のスマッシュに、上手く合わせたまひるのドライブが相手コートに決まった。その瞬間──

    【11-4】

    「勝った……まっひー先輩が勝ったーッ」
    「凄いまっひー!」

    念珠崎ベンチは優勝したかのような盛り上がりを見せた。万年弱小チームが、王者から一ゲームを奪ったのだ。当然、選手達の喜びも大きい。

    死闘を繰り広げた二人は、再び握手を交わし最後の挨拶をする。

    「ありがとうございました」
    「…………ました……あの、興屋さん」
    「ん?」
    「なんか、すみませんでした……その、アイドルになる夢、叶うと……いいっすね」
    「おうっ!    こっちこそ、ごめんな。いつかまた、やろうな」

    水沢夏は元は悪い子では無い。競走激しい甘芽中の中で、何とかレギャラーになろうと彼女なりに必死に考えた結果、下手な揺さぶりで術中に嵌めるというスタイルに辿り着いてしまったのだ。
   しかし、マナーを守ってこその卓球という事に、彼女自身気づきつつあるのかもしれない。

    ベンチに戻ったまひるは、チームメイトに歓迎の嵐を受けていた。

    「まっひーやるじゃーん」
    「はははっ、海香ならもっと上手く勝てたんじゃねーの?」
    「まっひーお疲れ!   私鳥肌たったよ」
    「部長、あざっす!」
    「まっひー先輩!    すっごくカッコよかったですッ!    本当に本当に大好きです!」
    「わっ子、ありがとう。九割位、わっ子のお陰だよ」
    「えへへー」

     そんな興奮冷めやらぬまま、試合は第二試合へと突入していく。

  ──  第二試合、副部長『関翔子』──

    「翔子、頑張ってね。翔子なら絶対できるよ!」
    「うん、ありがとう。文」

    部長の言葉を皮切りに、部員達から応援を受けた翔子はコートに降り立った。
   
    「関さん対池華いけばなさん、第2ゲーム、関さんサービス、0-0ラブ・オール
    
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