31 / 96
第一章【挑】
敵、味方
しおりを挟む──第二セット終盤──
ナックルドライブによって一時は形勢を逆転する事に成功した海香だったが、その後苦しい戦いが続いていた。
凪咲がナックルドライブに対応してきた、というのも勿論あるが、海香には凪咲の他にも敵がいる。
【11-12】
「まっひー先輩、海香先輩……様子が変ですね……」
「……来たか」
乃百合の問いかけに対し、聞こえない程度の小さな声でまひるは答えた。
「距離を取ってる分、動いて疲れたんでしょうか……」
「それもあるけど、海香は──、」
まひるは最後まで言葉に出来なかった。
これは自分が伝えていい話では無いと、咄嗟に察して言葉を飲んだ。
海香は病気なのだ。
それも重度の病気。
勝たなければならないと強く思えば思う程、勝利が遠のく病気──、
海香は精神的な問題を抱えている。俗に言う『イップス』というやつだ。
小学生時代、海香が勝てば全国大会という所まで来たチームだったが、海香は格下と目された相手に敗北を喫した。その後個人戦で全国に行ったが、それが原因でチームは崩壊。中学に上がって卓球を続けている者は海香を除けば誰も居ない。
『わざと負けた』『自分だけ全国に』『信じていたのに』『がっかり』
影ではそう囁かれ、その声は海香の耳にも届いていた。その出来事が原因で、海香は勝たなければならない試合で尽く負け続けた。それ以来力を持ちながら全国の舞台に立つことは無く、団体戦に至ってはその病みっぷりは特に顕著に現れた。
しかしこの大会で海香は、自ら志願して団体戦のメンバーに入りたいと顧問に直訴していた。
薄らと事情を知る顧問は、五試合目ならと海香を気遣いながらも了承してくれたのだ。
大好きな先輩達の最後の大会で県大会へ──、
わがままを通してくれた顧問の先生為に──、
期待して応援してくれる可愛い後輩達の為に──、
しかしそれらは、逆に海香を苦しめる事になる。勝ちたい。勝たなければならない。だが体が思うように動かない。まるでかつてのチームメイトに手足を引っ張られているような──、
「あぁ……オーバー……」
「…………」
海香のドライブが大きくオーバーアウトした所で第二セットが終わった。
【11-13】
──第三セット──
ドライブの回転量が落ち、狙ったコースに決まってくれない。過去が海香の手足に蔦のように絡まってくる。
【1-3】
まるで自分の体では無い様に思った通りに動いてくれない。勝ちたいと思う程に体はそれを拒否するかのように海香を困らせた。
【2-5】
【4-8】
「どうした。もうガス欠か」
「くっ……」
苦しむ海香を尻目に、女王はどんどん調子を上げていく。少しでも甘く入ったボールはスマッシュで撃ち抜かれ、決めに行ったボールは伝家の宝刀で切り捨てられた。
──負けられないよ、絶対に。勝たなきゃいけないんだ──
手が震える。
体が前に出ない。
ドライブに回転がかからない。
サーブが、打てない。
「あ、あんな海香先輩……初めて見ました……」
「……やべぇな」
「タイムアウトを取って立て直した方が──、これ、どう見てもおかしいですよ! 何かあったのかも」
「くそ、一体どうしたら………………アレは確か……」
この時、まひるは苦しむ海香の奥に何かを見つけた。プレーする海香達のもっと奥、客席スタンドの方。
【4-10】
──お願い、私のドライブ──、かかった! これなら……──
海香の渾身のドライブが凪咲に襲いかかる。このドライブは、海香にとって久しぶりに満足のいく手応えだった。
──────、
まるで風が止まったかのような静寂。
時間さえも置き去りにした、凪咲のカウンターと共に、海香の後ろでボールが転々としている。
【4-11】
海香の心を折るには十分過ぎた一撃。これでセットカウントは【1-2】完全に後が無くなってしまった。
「タイムアウト……お願い、します」
後の無くなった海香はタイムアウトを申告した。
動かない体をどうにか解さなければならない。なんとかして心を落ち着かせなければならない。これは絶対に負けてはいけない戦いなのだから。
肩を落とした海香が、念珠崎ベンチに戻ってくる。
その表情は、いつもの自信に満ち溢れた海香とは大きくかけ離れているものだった。まるで捨てられた子犬の様な、不安に押し潰されそうな顔。
「まっひー、ちょっとヤバイかも」
海香は 縋るように親友のまひるに声をかけた。心を開いた、最も落ち着ける存在。海香にとってそれが興屋まひるだ。
「なーに言ってんだよ。まだ終わっちゃいねーんだからな。それより、お前に見せたいものがあるんだけど」
そう言ってまひるは海香の方を指さした。その指は海香を通り越して、その先にある客席スタンドを示していた。
「え、なに?」
釣られるように客席スタンドに目を向けた海香が目にしたもの、それは──、
「あ……うそ……来て、たんだ……」
「確か、アイツらって小学生の時のチームメイト、だろ? お前の事応援しに来てるぜ? カッコわりーとこ、見せらんねーよな」
客席スタンドには女の子が三人固まっており、彼女達はずっと念珠崎チームの応援をしていた。そして、振り向いた海香に気付くと、遠くからでも分かるように、大きく手を突き上げて激励してくれたのだ。
「海香、ちょっと手出せ」
「え……」
言われるがままに海香が差し出した手に、まひるは掌を重ねた。
「こんなに震えやがってお前はよ。これは俺の分だ。持ってけ」
そう言ってまひるに何かを渡されたが、その掌には何も残ってはいない。
「あ、これは私の分です!」
「これは私からよ」
それを察したメンバーから、次々と何かを手渡された海香。受け取っていくうちに、海香にもそれがなんなのかがわかった。目には見えないが、確かに受け取った。
「ありがとう、皆。私、もうちょっと頑張って来るよー」
空っぽの掌をギュッと握りしめ、ベンチに背を向けた海香。乃百合にはその背中が、幾分頼もしさが戻っていた様に見えた。
──第四セット──
ラケットの上でピンポン玉を弾ませながら海香は考えていた。
──みーちゃん達、来てたんだー。私、あんな酷い負け方したのに……あれって応援、してくれてたよね? まっひーにも感謝しなきゃなー。いつも支えてくれてありがとう。文さんや乃百合ちゃん達にも……私には味方がいっぱい居るんだなー。これじゃあ弱気になってる暇なんてないよー。──
イップスという病気はそう簡単に治る病気では無い。例え原因が分かっていたとしても治らない。治せない。それがイップスの最大の難点なのだ。
海香のサーブ。
高く上げられたハイトスサーブからのカーブドライブサーブだ。
強烈なスピンがかかったサーブは、今までで一番の曲がりを見せながら凪咲のコートへと侵入していく。
「くっ……なんというサーブだッ」
素早く反応した凪咲だったが、ラケットの芯で捕らえることが出来ずに中途半端に相手コートに返ってしまう。そしてソレを狙い済ました海香のバックハンドドライブが逆サイドに綺麗に抜けていった。
【1-0】
イップスに最も効果のある治療法──、それは自分がイップスである事自体を忘れてしまう事だ。
続くサーブは上手く拾われ、ドライブをカウンターされて失点。やはり凪咲はトップクラスの選手。そう易々とは勝たせてはくれない。
「凪咲さんはやっぱり強いですねー。でも、ドライブ、もう一つ隠してるんですよー。見たいですか?」
「なに? それは興味深いな。隠しておけなくなる迄、追い込んでやろう」
心に潜むイップスと、支えてくれる仲間達。
流れを掴んだ女王と、秘策を隠し持つ海香。
この後、試合は更に激しさを増していく──、
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる