しぇいく!

風浦らの

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第三章 【誓】

弱いは強い

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     ──第四セット──

    流れを引き寄せたのは藤島桜。
    圧倒的実力差をひっくり返し、主導権を奪い返した。

    【3-2】

     ──うまくハマってくれた……あと2セット……たったそれだけ奪えれば勝てる──

    桜の攻撃──
    ラケット上を滑らせる、アンチラバー特有の変則スマッシュ。
    アンチラバーと対戦経験の無い、村雨こてつ。
    右に来ると思いきや、左に飛んできた打球に対し、 身体は右で頭は左に動こうと、己の中で矛盾が起きる──

    結果、身動き一つ取れずに失点。

    【4-2】

    ──なんや……何が起こっとるんや……まるで魔法にかけられてるみたいや……──

    頭の中は完全にパニック状態。
    絶対的に優位に思えた、取れない筈のドライブも何故か拾われ始めると、比例するようにアンチラバーへの対応も疎かになり、最早失点が止まらない。

    ──あっしは……あっしは強いんじゃぁぁっ!──

    村雨こてつのカーブドライブ。
    速さと回転は申し分ないが、コースがやや甘い。
    うまくラケットの面を合わせた桜に阻まれ、ボールはカーブを描き、村雨こてつのエッジに当たり跳ねた。

    運すらも味方に付け始めた桜。
    このままセットを連取しそうな勢いである。

   【5-2】

   【6-3】

    ──あかん……わっからへん……なんで急に強くなったんや……異質型がここまで強いやなんて、聞いたことないわ……──

    【7-4】

    ──差が縮まらへん……このまま行ってもうたら……あかん、それだけはあかんッ!   あっしは大阪のチャンピオンやぞ──

    【9-6】

    第四セット終盤、今度は村雨こてつがタイムアウトを申告した。 
    もう自分では何が悪いのか、どうしていいのかわからなかった。
    多少プライドが傷つくが、負けるよりはマシ。
    
    ──なっちはんも異質型やったな……くそっ──

    村雨こてつはベンチに戻ると、真っ先に水沢夏の元へと向かった。

    「なっちはん、どうしたらええんやろか……なんで藤島桜は急に強くなったんや……」

    恥を忍んで、水沢夏に助けを求めた。
    水沢夏は、嬉しさを噛み殺しつつ、村雨こてつにお説教を始める。

    「全然だめっすね。そもそも、その感覚が大間違いっす。正しくは、藤島桜が強くなったんじゃなく、こてっちゃん(村雨こてつ)が弱くなったんすよ」
    「あっしが!?    阿呆言うなや」
    
     ため息一つ。

    「その自慢のスピードドライブ。側から見ても全然スピード出てないっすよ。あと、コースも甘すぎ。そりゃ拾われて当然っす」
    「ええがげんな事言うなや!   あっしは最速の打球を打っとるやないか!   んなわけあるかい!」
    「─────、一部例外を除いて、人間はそんなに急激に強くなったりしないっす。逆に弱くなるのは一瞬──。時間が無いので、手短に説明するっすよ。いいっすか、簡単に言うと、藤島桜のあの遅い打球。あれにやられてるんすよ」
    「────っ??」
    「人間てのは、強い打球に対して強く迎え打つのは簡単にできるんすよ。でも、弱い打球に対して強く打つのは、実は意外とむずかしいんす。手前に落ちる様な打球は特に、っす」
   「え……」

    村雨こてつには思い当たる節があった。今考えれば、確かに気持ちよく打てていなかった。
    そしてリズムが狂い始めたのも、弱い打球が混ざり始めてからだ。
   それはあくまで、感覚的な問題ではあるが──

    「あとコースなんすけど。微妙に芯外されてるんじゃないすか?    ここからじゃよくわかんないんすけど、例えば、弱い回転がかけられてて、手元で微妙に変化してるんじゃないんすかね」
    「弱い回転……やて?」
    「まぁ、総合して言うと、弱い打球と弱い回転。これが藤島桜の武器っすね」
    「そんなのが武器って……」
    「速い、強いだけが武器じゃないっす。弱いは武器。そして藤島桜は強い。甘く見てると痛い目見るっす。まぁ、先ずはその固い頭をなんとかしないと、本当に負けちゃうっすよ?    今までそういう選手、たくさん見てきたっすから」
    「弱いが……武器……やと……」

    水沢夏に言われた事が衝撃的だった。
    村雨こてつはこれまで、いかに強く、いかに速く、いかに回転力の高い打球を打つ事に拘ってきた。
   それがなによりも勝つための条件だと信じていたからだ。
   事実、そうやって勝ち上がってきたし、それ自体は間違いでは無い。

    それがどうだ。
    敢えて弱い打球、弱い回転を武器とし、立ち向かってくる選手が居るだなんて────

    
    試合が再開され、再び両者が相見える。

    再開してすぐ、例の如く藤島桜の弱い打球が、村雨こてつの前に落ちてきた。

   ──これが武器やて……どっからどう見ても絶好球のチャンスボールやないか──

    いつもならチャンスと飛びつくボールだが、村雨こてつはそのボールを一球じっくりと観察する事を選択。
    このボールにどんな秘密があると言うのか──

    村雨こてつがラケットで捉えようとしたその瞬間、白球がゆらりと僅かにズレ動いたように見えた。
    それはまるで、舞い落ちる桜の花弁──

    ──なんや……錯覚か!?    いや、ちゃう……このボール……ナックルや……──

    ボールが遅い分、変化は少ないが確かに回転を抑えられたナックルボール。
    それが村雨こてつのラケットの圧力で、僅かにズレ動いたのだ。

    ──これか!    せやからコースがズレよったんか──

    【10-6】

    殺すも活かすも桜次第。
    ボールの回転を絶妙に殺し、強い打球を打ち返しにくい遅いボールを相手に送る。
    アンチラバーで返されたボールという潜在的な記憶と混ざり合い、コントロールミスを誘う。

    これがアンチラバーの特性を存分に活かした、藤島桜、勝負の一手。

    村雨こてつ相手に、これ程の弱い打球を打つのはまさに賭けだった。
    しかし結果これがうまくハマった。
    村雨こてつの性格も相まって、2セットを連取する事に成功した。

    ──村雨こてつ。あなたが強い人でよかった。強い程、自分に自信がある人程、崩しやすく立て直しにくいから──

    【11-7】

    セットカウント【2-2】
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