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第一章【屈折と輝きの姫】
現実世界でママに……
しおりを挟むヤエは持っていた杖で肩をポンポンと叩きながら、カラミティドラゴンとD・ハスキーの両者を見据えた。
このゲーム【Star Of The Star】は死んだら終わりなゲームゆえ、無駄な争いを起こさせない為にと、相手のステータスは特殊なスキルや一部のアイテムを使わない限り伏せてある。
つまり、現状お互いのレベルや能力は伏せられた状態で相対している、という事になる。
この現場で全ての力量を把握しているのは忍ただ一人。
その見立てでは、レベルではヤエが勝るものの装備やカラミティドラゴンの存在を加味すればD・ハスキーの方がやや優勢か────
「女ぁ? 悪くないぜぇ……いいねいいねぇ……俺が女をなぶり殺すのが一番好きだって、ママに教わらなかったのかぁ?」
「そんな事は言ってなかったな。生憎様、私のママはお前如きに興味が無いのでな」
「俺如きだとぉ!? 俺がこのゲームに幾ら課金してるか知ってるかぁ? 教えてやるぜぇ。俺はこのゲームにら400万円課金してんだぜぇ!! 400万円! 対してお前はどうだ、どうなんだぜぇ!?」
「ゼロだ」
その答えに一瞬沈黙が流れると、D・ハスキーは声高らかに大笑いした。
「しぇははははははっ!! ゼロぉ!? まさかの無課金様でしたかぁ! 装備がそこそこだったから、まさかゼロだとは思わなかったぜぇ! 運が良かっただけでしたかぁ!? しぇはははははははっ! これは傑作だぜぇぇ! どうやら殺る前から勝負はついたみてぇだなぁ!?」
悔しいがその通りだ。
同じUR装備と言えど、このゲームには装備を重ねて限界突破させるという機能がある。そのおかげで金にものを言わせ限界突破を重ねた装備が、D・ハスキーのステータスを押し上げていた。それこそがヤエとD・ハスキーの決定的な差────
しかし二人の力を合わせればどうか?
忍が引き付け、その隙をヤエがものにすれば或いは────
忍が一歩近づくと、それに勘づいたヤエがそれを良しとしなかった。
ヤエは 「心配するな」と言わんばかりのその目で忍を制し、いつもの調子で話し始めた。
「では盛り上げる為に私も特殊召喚をするとしよう」
「なにぃ? お前も召喚士かぁ? でもよぉ、無課金じゃあどんな召喚獣だろうと俺の200万のカラミティドラゴンには敵わないんだぜぇ!?」
「金で買える物に意外と大したものは無い。運に頼るのも些か限度がある。
ママに代わって教えてやろう。私が信じている力を────スキル【ヘルプ】」
ヤエは空中に素早く文字を書き出した。
『395858・578497・ch107』
その文字は空高く舞い上がると、四方八方に弾け飛んだ。
「なんだぁ?」
文字が弾け飛んだ僅か数秒後。
突如この地に隕石のような物が落下してきた。
それは衝撃と共に砂煙を上げ墜落すると、のそりと起き上がったのだった。
「私の信じる力、それは『人脈』だ」
落下して来たのは物ではなく人だった。それもひと目で只者ではないと分かる程の空気を纏った、一人の男。
「な、なんだぁ!?」
「私はお前の課金額を聞いた時、正直震えたよ。その金がこれから全て駄金になると思ったら震えが止まらなったぞ。
────紹介しよう。私の友達『仁平』ちゃんだ」
仁平ちゃんと可愛く呼ばれているが、その見た目は筋肉モリモリで中世ヨーロッパ風の味のある渋い剣士。
芸能人はオーラがあるとよく言われるが、この男からも確かに感じる。一般人とは一線を画す特殊なオーラを────
すかさず忍が【識別】を使うと、そのステータスに思わず腰が抜けそうになった。
「仁平ちゃんの課金額は、あなたの3倍よ♡ 仁平ちゃーん、私のことを虐める悪いやつをやっつけてー!」
仁平を前にしたヤエは、その態度を一変させた。
「おいっ! どうしたその態度!!」
「ええー? ヤエたん、いつもこんな感じだよー?」
「ヤエたんって…………」
猫を撫でたような猫なで声だ。まさに猫を被るとはこの事。
「仁平ちゃんやっちゃってー! ヤエたんこの人に虐められたのー。えーんえーんだよ!」
「うわぁ殴りてぇ…………」
仁平とD・ハスキーの実力差は歴然。それは身につけている装備だけとっても一目瞭然だった。
それに気づかない程、D・ハスキーの知識は浅くない。自分が不利と見るや、急に低姿勢になって話し始めた。
「へへっ、旦那ぁ。暴力は良くないですよ、暴力は。うちのママに暴力はダメって教えられてるんすよ、俺。だから話し合いで解決するってのはどうでしょうかねぇ? ね、いい案でしょ?」
「うっす」
「わ、わかってくれたんすか!? さすが旦那、伊達に廃課金してないっすねぇ!」
「うっす」
D・ハスキーの言葉に「うっす」としか答えない仁平のせいで、話はトントン拍子に進んで行ったが、ヤエがそれに待ったをかけた。
「ちょっとちょっと仁平ちゃーん。この人すっごい嘘つきなんだよー! 私も騙されて、もう少しで酷い目に合わされるところだったの……もしそうなっていたら、私……今頃…………」
急にしおらしくなったヤエは続けざまに言葉を続けた。
「だから遠慮は要らないわ! ボッコボコにして二度と悪さができないようにしてやって頂戴!」
「うっす」
「えっいや、旦那ぁ。ちょっと待ってくださいよ! じゃあ話し合いは無しになったんすか!?」
「うっす」
「えぇ!? そりゃないっすよ…………俺だってこんなに課金してきて、ここで殺されて全てが無くなっちまうなんて、ゴメンなんすよぉ………………だから旦那ぁ…………俺の変わりにお前が死ねばいいんだぜぇぇ!?」
気付かぬうちにD・ハスキーは仁平の背後にカラミティドラゴンを忍ばせていた!
そして不意打ちを狙った一撃が喉元を切り裂いた────
切り落とされた首は失敗しただるま落としのように地面に落下し、残された体は溶けだすように崩れ落ちていった。
喉元を切り裂いたのは、仁平が抜いた剣の方だった。その速さはその場に居た誰の目にも留めることが出来ないほどだった。
まさに神速の剣────
「ワンパン────ッ!?」
切り札カラミティドラゴンを一撃で落とされたD・ハスキーにもはや勝ち目など無かった。
それがわかった途端、今度は正真正銘の土下座を披露し命を懇願してきた。
「ひ、ひぇぇぇ!? ほ、本当に俺の事を殺すんですかぁ!?」
「うっす」
「俺達同士じゃなかったんすかぁ!?」
「うっす」
「これからは真っ当に生きていきます! 絶対っす! 約束します! それでも許してくれないんすかぁ!??」
「うっす」
「そ……そんなぁ…………ママぁ……」
演技とは思えないその態度に、忍は少しだけ同情した。
幾らなんでも殺さなくても。そんな気持ちになるのも分からなくもない。
最後の裁きを下すため、仁平はのしのしとD・ハスキーに近づいて行った。
あの鋭く眩い剣で、カラミティドラゴン同様に首を跳ね飛ばすのだろうか。
「まって……」
誰かの声が小さく零れた。
が、その願は届く事無く────
D・ハスキーの体は斜め45度の角度で、大きな光の十字架によって貫かれた。
「現実世界でママに叱られてこい」
最後のトドメを刺したのはヤエだった。
光の十字架で貫かれたD・ハスキーの体は、複雑な数字や記号の集合体となり、やがて静かに消えていった。
「ヤエ…………なにも……そこまで……」
「殺らなければ私達がやられていた」
「そうかもしれないけど……あいつは最後、話し合いを望んでた」
「忍、お前が思っている以上にこの世は汚い。私はそんな世界をいくつも見てきた。何度も、何度も、だ。
そしてお前は優しい。自分が思っている以上にだ。
だからトドメは私が刺した。こういう役目は私の仕事だ。仁平ちゃんにも、他の誰にも極力手は汚して欲しくない。私は汚れすぎた。今更綺麗事を言うつもりは無い。
だが、それ以上に私にも譲れない物がある。お前達と同じようにな」
いつもそうだった。
言っている事と表情が妙に噛み合わない。そんなヤエを目の当たりにした忍はそれ以上言葉を繋げることが出来なかった。
「さあ仁平ちゃん! 戦利品戦利品♡ なーにがドロップしったのかなぁ? ヤエたんワクワクさんだよぉ!」
ヤエは先程までD・ハスキーがいた場所まで小走りで駆け寄り、地面の辺りをまさぐった。
その、さっきの表情はなんだったのかと思わせる切り替わりように忍は全てが分からなくなった。
「おおー! 【デスハンドリング】だー!」
「おいっ! なに盗賊みたいな事してんだ!」
「それをシーフ(盗人)であるお前が言うとはな。これは相手から仕掛けてきた喧嘩だ。決して強引に奪ったものでは無い。それに、これをここに置いておいても、見知らぬ誰かが拾うだけだ。それならば、私達が責任を持って持って帰るのが筋だろう?」
「それは……」
「こう見えて【デスハンドリング】はURの装飾品だぞ。ほれっ」
ヤエはデスハンドリングを指で弾くと、デスハンドリングは放物線を描きながら忍の手に納まった。
「──えっ?」
「お前にやろう。私には可愛いクマさんリングがあるからな。一つURを身につけるだけでも、何かが変わるだろう?」
ヤエの言う通り忍の装備は上から下までSR止まりだ。実にこれが忍にとっての初めてのUR装備だった。
「…………にしても、ダッセぇデザイン…………なんで指に付けるのに手のデザインなんだよ…………」
色々文句を垂れたが、忍は初めて手にしたUR装備に浮かれていた。
相当な財力、或いは強運、もしくはインフレでも起きない限りは無縁だったその存在。それを今、手にしている───
忍は興奮気味にデスハンドリングを指にはめた。
「うわぁ……はめてみたけど思ってた以上にダサいな…………やっぱり外すか。デザインって大事だよなぁ…………うおっ!? 外れない……! いや、これ外れないんだけどっ!!」
忍がデスハンドリングを外そうと引っ張るも全然抜けない。それどころか、心無しかモチーフとなっている手の部分がガッチリと忍の指を握り、絶対に離すまいとしているとさえ感じる。
「呪いのアイテムか!? 最悪…………」
「忍、似合ってるぞ」
「目を逸らすなよ。こっちみて言えよ」
そんなこんなで、いつの間にか忍とヤエの間に生まれた溝は埋まったようで、今となっては喧嘩していた事さえ忘れている様子だった。
「────そうだな。ではそろそろ行くか」
「ヤエはいつも唐突だよね……行くってどこに?」
「この先の街にある、私達のギルド【輝け!姫プリズム】だ」
「ネーミングセンスよ」
ギルドがあった事よりも、名前が気になる忍であった。
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