魔術戦記

野村里志

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第一章

有能な部下

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 帝国軍魔術師団の第六支部。そこにはいつも通りの光景が広がっていた。

 机、椅子こそ最低限並べられているが、そこに座る人間たちは思い思いにくつろいでいる。

 カードをいそしむもの。談笑してバカ笑いをするもの。大衆雑誌を顔に被せ寝入っているもの。様々な人間が自由にくつろいでいる。

 俺はそんな者達をよそに、一番奥の机に座り、今後のことについて考えを巡らせていた。

「隊長、失礼します。……隊長?」
「……おっと、悪い。考え事をしていた」

 俺はそこでようやく、脇に立つその髭面の男に気付く。彼は呆れたような顔で、こちらを見ていた。

「まったく、そのうち考え事しているうちに、正面から狙撃されますよ」

 そう言って直立していた男は姿勢を崩し、適当に脇にある丸椅子に座る。

 バーク・リンデマン大尉。彼は自分が指揮する魔術師部隊の副隊長であり、この部隊の最古参でもある。

「それで」
「ん?」
「隊長はどうされるんで?」

 リンデマン大尉の言葉に俺は首をかしげる。何のことだか合点がいかなかった。

「……何の話だ?」
「またまた、隠しなさんな。……お姫様との婚姻の話です。今考えていたんでしょう?」

 そう言ってリンデマン大尉はわざとらしく笑みを浮かべる。

 一体どこからその情報を仕入れてくるのだろうか。というか何故漏れているんだ?最重要機密だと言っていたくせに。軍部の諜報部に一言文句を言ってやりたい。俺はそう思った。

(とはいえ、この情報収集能力には今まで何度も助けてもらっているからな)

 俺は『しょうがない』と軽く息をはく。

 リンデマン大尉の得意魔術は“探索”、“防御”、“通信”である。これらは軍事においては、とてつもなく重宝する魔術だ。だから今更詮索されたことに目くじらをたてることもない。

 それに彼は単独での戦闘能力の低さと、平民出身という出自が関係して、出世や待遇で損をしてきた。本来であれば俺と同等か、家柄に恵まれていれば俺の上司になっていたかもしれない術士だ。

(現実はそんなものだと言ってしまえば、そうなのかもしれないが……)

 人望も厚く、頭も切れる。自分とはタイプは違えど優秀な魔術師には違いない。しかし自分より一回り歳が上だというにもかかわらず、自分の部下として戦場に赴き、忠実に俺の指示に従い、戦っている。

(何も思わぬところが無いわけではないだろうにな)

 俺はそんな彼の態度を心底尊敬していた。だからこそ、変に嘘をつくことはせず、正直に話をした。

「断ることはできない、とのことだが……」
「だが?」
「必ずしも受ける必要はない、と考えている」
「ほう。それはまたどうして?」

 大尉の疑問はもっともであるので、俺は順を追って説明する。

 そもそも何で俺が婚姻相手に選ばれたのか。それも向こうの王家の人間にだ。そこが問題になる。

 俺は確かに帝国の有力貴族の出身だが、別国の王家にふさわしい格ではない。そんなもの帝国貴族でもほんのわずかだ。

(それに相手だって同盟が目的なら皇帝の血筋に連なる相手を婚姻相手として選びたいだろう。皇帝の血族でないのならば、いくら有力な貴族であっても、いざとなればそのお家ごと手切れにしてしまえばいいからな)

 適当に反逆か何かをでっちあげて、当主を処刑するでもよし。特権を剥奪するでも良し。俺は軍部に根を張った家系だから、レーヴェンハウプトに連なる軍人を片っ端から左遷するでもいい。いすれにせよ、俺と結婚したからといって帝国側はいつでも反故にできるのだ。

(だがこちら側は違う。向こうの王家と婚姻ができれば、それを足がかりにあらゆる行動を進めることができる。諜報に政略、はたまた駐留という名の軍事侵攻まで可能だ。血筋というのは、どこまでも大義名分になり、それだけで価値がある)

「じゃあなんでまた、中佐に結婚の話が来たんですかね?」

 大尉が俺に聞いてくる。もっともな質問だが、おそらく知っているのではないかとも思った。彼の態度がどこかわざとらしい。

 ただ、本当に疑問に思っているのかもしれないので一応説明することにする。

「向こうの姫様も、後継者ではないってことだろう。あまり重要視されていないから、とりあえず帝国軍部とのコネを作れればぐらいに思っている」

 キャサリナ・ド・ロマネスクは、紛れもなくロマネスク王家の血を引く姫君ではある。だが、それだけで必ずしも権力を持っているわけではない。

 ロマネスク王家は代々離婚や再婚を繰り返しており、家系図もかなり複雑だ。よってどの王族が力をもつかは、そのバックグラウンドと政治力に依存している。

(キャサリナ王女……と呼んで良いのかは分からんが、彼女の母親は平民の出だ。少なくとも強いバックをもっている王族ではあるまい)

 俺は一通り説明して大尉の方を見る。それなりに自信のある会頭であったが、大尉は意外そうな顔をしてこちらを見ていた。

「……なんだ?」
「いえ、中佐にしては珍しく」
「珍しく?」
「調べが甘いな、と」
「……随分な言いようだな」
「町外れのご令嬢に熱を上げすぎるのも考えものですな。はっはっは」

 大尉がわざとらしく笑う。マリオンのことは、とっくのとうに知られているので、別に驚きはしない。一言余計であることは間違いないが。

 とはいえ、情報取りが甘いのならば戦場では命取りだ。いずれにせよそんなことよりも先が気になる。

 『知っているなら続きを話せ』と俺は顎を動かして促した。

 大尉がわざとらしく咳払いをして説明を始める。

「ロマネスク王国はまもなく不安定な情勢になります。それも、ここ数年の間に」
「何?」
「国王が病で伏せっているのは、周知の事実であり、後継者も指名しております。ですが、おそらく荒れるかと」
「……他に候補が?」

 俺の言葉に、大尉は『待ってました』と言わんばかりに資料を広げる。

「後継者のカルロ王子は、今年で38になります。それなりに優秀ですし、年齢としても問題ありません。一見すれば問題ありませんが……、母親は隣国の姫だった者です」
「知っている。その国は10年近く前に帝国が併合したな。……それで後ろ盾を失ったというわけか」

 大尉が頷き、別の資料を指さす。

「その通りです。一方対抗馬となるリベルト王子は11歳ではありますが、王国有数の貴族出身。王国内で強固な支持基盤があります。特に貴族階級からの支持は絶大です」
「成る程」
「それに加えて財力が抜きん出いている商人派閥、王室の権力を削ろうとする議会派など様々な集団が機をうかがっています。どこと連携し、誰を擁立するのか。はたまた、王政自体を変革するのか。動きが読めません」

 俺はざっとそれぞれの資料に目を通していく。現状の王国からはあまり想像できないが、確かに安定しそうな構造ではない。

「それでキャサリナ王女が属している派閥が、帝国の軍事力目当てにとりあえず有力貴族である俺と、ってことか?」
「半分正解といったところでしょうか」

 「ふふん」といった様子で髭を触る大尉に、俺は「降参だ」とばかりに手を上げる。

 彼は満足げに話を続けた。

「キャサリナ王女の母、ディアナ妃は平民出身でしたが、聡明で意志も強く、それでいてとてつもなく美しい方でした。それだけに、民衆からの人気は絶大です」
「その話は知っている。王を諫めたことで離婚され、早くして亡くなったと」
「ええ。でもその間に二人の女児をもうけています。その一人がキャサリナ王女です」
「それが今回の結婚とどう関係が……まさか」

 俺がそうやって視線を上げると大尉はその通りだと言わんばかりの表情で、話を続ける。

「彼女自身は何の実権も後ろ盾もありませんが、ただ一つ、民衆の人気という大きな武器がある。それだけで一つの対抗馬として成立しませんか?」

 大尉の言葉で、少しずつ輪郭が掴めてくる。民衆の人気なんてものは曖昧で、実態的な力はない。変に帝国の皇族と結婚でもすれば、軍事力を背景にあっさり傀儡とされてしまうだろう。

(だから貴族、それも軍事に根を下ろしている相手を選び、その軍事力だけ借り受けようという腹か)

 俺はそんな風に考えながら、椅子に深く座り直す。方向性は悪くないのかもしれないが、相手を俺にするのはあまり良い考えとは思えない。少なくとも軍部でもっと上の階級の人間を選べば良かったものを。

(やはり婚姻を急ぐあまり、帝国側に足下を見られたのだろうか)

 階級が上であるほど権力も大きくなり、切り捨てにくくなる。直近の戦果を挙げつつ、まだ切り捨てることができる程度の階級にいる俺が帝国側から差し出されるのも納得だ。

「とはいえ、交渉の経緯は分かりませんが、もし相手の姫君が中佐を最初から指名したのであれば、慧眼だったと思いますよ」
「は?流石にそれはないだろう。もし仮にそうだとすれば、それはいくらなんでも買いかぶりすぎだ」
「どうですかね。私としては、買いかぶりというのは、賛同しかねますが」

 大尉はそう言うと立ち上がり、敬礼する。そして振り向きざまに思い出したかのように話し出す。

「そういえば、キャサリナ王女ですが、相当な美女だそうですよ。母親ににて少しばかりキツい性格なようですが」
「……偵察ご苦労。せいぜい用心するよ」

 俺はそうとだけ言って、手を振り大尉を下がらせる。いずれにせよ早く出立せよとの命令だ。部下にも準備をさせなければならない。

(彼女が欲しいのは軍事力と安定した状況だ。それさえ用意できれば、結婚の回避も可能だろう)

 俺は軍人だが、譲れないものもある。数世代前ならいざ知らず、今の時代に、伴侶を選ぶ権利まで剥奪はできまい。

 俺はそんな風に考えながら、軍事用の短杖を手にとり。懐にしまった。


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