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4.推しの誘惑
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「だったら何?」
私のオタクな趣味を見つけて、鬼の首を取ったような気でいるのだろう。
私は冷ややかな目で南野美湖を見た。
薄茶色の彼女の瞳は私の予想に反してキラキラと輝いた。
「私のパパが『スーパーブレイキン』のマネージャーなんだ。応援してくれている人を見ると、やっぱり嬉しい」
南野さんは興奮気味に少し涙ぐんだ。
「父親の仕事が認められたようで嬉しいの? マネージャーなんて、HIROの才能のおこぼれを貰っている乞食見たいの仕事じゃん」
私は自分の発した言葉に寒気がした。
本当は私の趣味を見ても引かなかった南野さんと仲良くしたかった。
それなのに自分のプライドみたいな何かが邪魔してナイフのような言葉しか口からは出てこない。
「そうなの。HIROって凄いんだよ。きっと凄いスターになるよね」
私の悪意を浄化してしまうような南野さんの澄んだ声と瞳に心臓が止まりそうになった。
「うん⋯⋯私、HIROを応援してる⋯⋯」
私は南野美湖の前では、何とか虚勢を張らずに済む自分を見つけた。
その日以来学校に来ると、自然と彼女にだけは挨拶をするようになった。
私と彼女はいつの間にか友達になっていた。
♢♢♢
あれから2週間、私と美湖ちゃんは今日も屋上でお昼を食べている。
「美湖ちゃんのお弁当、今日も珍しい感じ! 私のと交換して!」
偉そうに彼女に要望しているが、美湖のちゃんのお弁当はいつも母親が作っていて美味しい。私の持ってくる仕出しの弁当にはない愛情が詰まっていて、食べるだけで涙が溢れそうな程に温かい気持ちになれる。
「えっ? いいの? 私のお弁当はまたいつも通り弁当屋の残り物だよ」
「珍しいお味だもの。労働者の汗が滴るような味ってこんな感じなんだね」
私は今日支給された弁当を美湖ちゃんに差し出し、彼女の極上弁当を受け取った。
美湖ちゃんの母親は弁当屋をやっているらしく、前日の余り物を次の日の弁当に詰めてくれるらしい。
弁当屋の惣菜は全て美湖ちゃんの母親の手作りだ。
「賞味期限は切れているから、お腹壊しちゃうかもしれない。もし、具合が悪くなったら言ってね」
私を心底心配している目で美湖ちゃんが見つめてくる。
(賞味期限って何?)
「私こそ、川魚弁当だから泥臭いかも」
「川魚弁当って、鰻だからね。土用の丑の日に鰻弁当なんてありがたし⋯⋯」
私の弁当を受け取った美湖ちゃんが手を合わせながら「いただきます」と言ってお弁当を食べ始める。
美湖ちゃんといると心が温かくなる。
屋上には食事をするようなガーデンテーブルやベンチがある訳でもない。それなのに2人で地面に座って食べるお昼の時間は非常に贅沢な時間に思える。
知られれば、知られる程に人が離れていく私とは真逆の存在が彼女だと改めて思った。
「凛音ちゃん、今日の放課後って空いてる? パパが友達が『スーパーブレイキン』の大ファンだって伝えたらリハーサル風景を見せてくれるって」
「えっ! 本当に?」
私は思わず嬉しくて声が裏返ってしまった。
「そういえば、美湖ちゃんって父親のことパパって呼んでいるの? 赤ちゃんみたい⋯⋯私は『スーパーブレイキン』のHIROの芸術性に共感しているだけで別に本人会いたい訳じゃ⋯⋯」
私は自分のことを美湖ちゃんが『友達』と父親に紹介してくれたことが嬉しかった。
それなのに、ミーハーだと思われるのが恥ずかしくて直ぐに毒を吐き始める。そんな自分が嫌すぎて、美湖ちゃんにも愛想をつかれそうで怖くて俯いた。
「凛音ちゃんって音楽の才能すごいもんね。初めて見た楽譜でもスラスラ弾けるなんてプロみたいだよ」
私は嗜みとしてピアノやバイオリンなどの楽器は一通り学んでいる。
中でもピアノは孤独を紛らわせてくれるので、毎日のように弾いていた。
そのせいか、ある程度の技術があり音楽の授業では先生にも伴奏を頼まれる時がある。
「美湖ちゃんって本当に貧乏なんだね。本物のプロの演奏聞いたことないんでしょ⋯⋯プロに比べれば私の演奏なんて⋯⋯」
私は美湖ちゃんに自分のピアノを褒めてくれたお礼を言いたかった。
私は外見以外で人に褒められるのは初めてだ。
それなのに、褒められたことも何故か恥ずかしくて悪態をついてしまった。
(どうしよう、美湖ちゃんに嫌われたかも⋯⋯)
私は彼女と仲良くなってから、初めて人に好かれたいという気持ちを抱くようになっていた。彼女に会えると思うと面倒だった学校も楽しみで、毎晩彼女との会話を思い出して興奮して眠れなくなる程だ。
「私が聴くと凛音ちゃんの演奏もプロみたいに聴こえるんだよ。プロの人より未熟だと自分を客観視できるなんて、凛音ちゃんは凄いね」
私の嫌味も受け流してくれる彼女の澄んだ心が愛おしい。雲一つない青空をバックに美湖ちゃんがケラケラと笑う。その自分に向けられた優しい屈託のない笑顔をずっと見ていたいと思った。
「まぁ⋯⋯色んな音楽に接する意味でも『スーパーブレイキン』のリハは見ておいても良いかな」
本当は実物のHIROに会ってみたいという好奇心でワクワクしていた。
「じゃあ、決まりだね」
「あ、ありがとう。その⋯⋯お弁当! 鳥も豚も牛も入って肉だくだったよ⋯⋯初めてだよ、こんなに肉なのは⋯⋯」
美湖ちゃんの好意に私は何かお礼を言わなければと声を絞り出した。アイドルオタだとバレているのに「HIROに会わせてくれてありがとう」というのは恥ずかしかった。咄嗟に口をついて出たのはお弁当のお礼だった。
「本当に残り物だから、バランス悪い上に茶色過ぎてごめん⋯⋯」
彼女が申し訳なさそうに笑ったので、感謝の言葉が嫌味に聞こえてしまったのかと焦った。それでも、何と弁明して良いのか分からなくて私は再び俯いた。
そうして、私は初めて私をどん底から救い世界に繋ぎ止めてくれているHIROと対面できる事になった。
私のオタクな趣味を見つけて、鬼の首を取ったような気でいるのだろう。
私は冷ややかな目で南野美湖を見た。
薄茶色の彼女の瞳は私の予想に反してキラキラと輝いた。
「私のパパが『スーパーブレイキン』のマネージャーなんだ。応援してくれている人を見ると、やっぱり嬉しい」
南野さんは興奮気味に少し涙ぐんだ。
「父親の仕事が認められたようで嬉しいの? マネージャーなんて、HIROの才能のおこぼれを貰っている乞食見たいの仕事じゃん」
私は自分の発した言葉に寒気がした。
本当は私の趣味を見ても引かなかった南野さんと仲良くしたかった。
それなのに自分のプライドみたいな何かが邪魔してナイフのような言葉しか口からは出てこない。
「そうなの。HIROって凄いんだよ。きっと凄いスターになるよね」
私の悪意を浄化してしまうような南野さんの澄んだ声と瞳に心臓が止まりそうになった。
「うん⋯⋯私、HIROを応援してる⋯⋯」
私は南野美湖の前では、何とか虚勢を張らずに済む自分を見つけた。
その日以来学校に来ると、自然と彼女にだけは挨拶をするようになった。
私と彼女はいつの間にか友達になっていた。
♢♢♢
あれから2週間、私と美湖ちゃんは今日も屋上でお昼を食べている。
「美湖ちゃんのお弁当、今日も珍しい感じ! 私のと交換して!」
偉そうに彼女に要望しているが、美湖のちゃんのお弁当はいつも母親が作っていて美味しい。私の持ってくる仕出しの弁当にはない愛情が詰まっていて、食べるだけで涙が溢れそうな程に温かい気持ちになれる。
「えっ? いいの? 私のお弁当はまたいつも通り弁当屋の残り物だよ」
「珍しいお味だもの。労働者の汗が滴るような味ってこんな感じなんだね」
私は今日支給された弁当を美湖ちゃんに差し出し、彼女の極上弁当を受け取った。
美湖ちゃんの母親は弁当屋をやっているらしく、前日の余り物を次の日の弁当に詰めてくれるらしい。
弁当屋の惣菜は全て美湖ちゃんの母親の手作りだ。
「賞味期限は切れているから、お腹壊しちゃうかもしれない。もし、具合が悪くなったら言ってね」
私を心底心配している目で美湖ちゃんが見つめてくる。
(賞味期限って何?)
「私こそ、川魚弁当だから泥臭いかも」
「川魚弁当って、鰻だからね。土用の丑の日に鰻弁当なんてありがたし⋯⋯」
私の弁当を受け取った美湖ちゃんが手を合わせながら「いただきます」と言ってお弁当を食べ始める。
美湖ちゃんといると心が温かくなる。
屋上には食事をするようなガーデンテーブルやベンチがある訳でもない。それなのに2人で地面に座って食べるお昼の時間は非常に贅沢な時間に思える。
知られれば、知られる程に人が離れていく私とは真逆の存在が彼女だと改めて思った。
「凛音ちゃん、今日の放課後って空いてる? パパが友達が『スーパーブレイキン』の大ファンだって伝えたらリハーサル風景を見せてくれるって」
「えっ! 本当に?」
私は思わず嬉しくて声が裏返ってしまった。
「そういえば、美湖ちゃんって父親のことパパって呼んでいるの? 赤ちゃんみたい⋯⋯私は『スーパーブレイキン』のHIROの芸術性に共感しているだけで別に本人会いたい訳じゃ⋯⋯」
私は自分のことを美湖ちゃんが『友達』と父親に紹介してくれたことが嬉しかった。
それなのに、ミーハーだと思われるのが恥ずかしくて直ぐに毒を吐き始める。そんな自分が嫌すぎて、美湖ちゃんにも愛想をつかれそうで怖くて俯いた。
「凛音ちゃんって音楽の才能すごいもんね。初めて見た楽譜でもスラスラ弾けるなんてプロみたいだよ」
私は嗜みとしてピアノやバイオリンなどの楽器は一通り学んでいる。
中でもピアノは孤独を紛らわせてくれるので、毎日のように弾いていた。
そのせいか、ある程度の技術があり音楽の授業では先生にも伴奏を頼まれる時がある。
「美湖ちゃんって本当に貧乏なんだね。本物のプロの演奏聞いたことないんでしょ⋯⋯プロに比べれば私の演奏なんて⋯⋯」
私は美湖ちゃんに自分のピアノを褒めてくれたお礼を言いたかった。
私は外見以外で人に褒められるのは初めてだ。
それなのに、褒められたことも何故か恥ずかしくて悪態をついてしまった。
(どうしよう、美湖ちゃんに嫌われたかも⋯⋯)
私は彼女と仲良くなってから、初めて人に好かれたいという気持ちを抱くようになっていた。彼女に会えると思うと面倒だった学校も楽しみで、毎晩彼女との会話を思い出して興奮して眠れなくなる程だ。
「私が聴くと凛音ちゃんの演奏もプロみたいに聴こえるんだよ。プロの人より未熟だと自分を客観視できるなんて、凛音ちゃんは凄いね」
私の嫌味も受け流してくれる彼女の澄んだ心が愛おしい。雲一つない青空をバックに美湖ちゃんがケラケラと笑う。その自分に向けられた優しい屈託のない笑顔をずっと見ていたいと思った。
「まぁ⋯⋯色んな音楽に接する意味でも『スーパーブレイキン』のリハは見ておいても良いかな」
本当は実物のHIROに会ってみたいという好奇心でワクワクしていた。
「じゃあ、決まりだね」
「あ、ありがとう。その⋯⋯お弁当! 鳥も豚も牛も入って肉だくだったよ⋯⋯初めてだよ、こんなに肉なのは⋯⋯」
美湖ちゃんの好意に私は何かお礼を言わなければと声を絞り出した。アイドルオタだとバレているのに「HIROに会わせてくれてありがとう」というのは恥ずかしかった。咄嗟に口をついて出たのはお弁当のお礼だった。
「本当に残り物だから、バランス悪い上に茶色過ぎてごめん⋯⋯」
彼女が申し訳なさそうに笑ったので、感謝の言葉が嫌味に聞こえてしまったのかと焦った。それでも、何と弁明して良いのか分からなくて私は再び俯いた。
そうして、私は初めて私をどん底から救い世界に繋ぎ止めてくれているHIROと対面できる事になった。
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