私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ

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1.子供が欲しい

私の目の前に突然現れた王子様。

冨永スバル、整形外美容外科のドクター。

親の会社が傾き、コネで入った会社では腫れ物扱い。
私の実家、篠山洋菓子店は全国に八百店以上を展開する、今年で創業九十年を迎える老舗洋菓子店。
規模が大きいだけに連日、篠山洋菓子店の不祥事はメディアで批判の的となった。

母まで批判に耐えきれず、父の跡を継いで社長に就任した後にメンタルを崩した。

一人ぼっちの孤独と、周囲の同情の視線に私の精神は限界を超えた。
絶望の淵にいる私に救いの手を差し伸べてくれたのは、年下の美しい男。
借金を背負っていた篠山家を助けてくれたメシアだ。

何の目的もなく生きてきて三十路を過ぎた私とは違い、二十代で最短ルートで成功した彼を私は尊敬していた。

私は苦しかった日々を忘れ、溺愛新婚生活を送っていた。
海外駐在が決まった元カレ町田咲也に「結婚しないなら別れる」と伝えると振られた二十八歳の秋。

華の二十代を捧げた十年付き合った男に振られた私はショックで精神的に追い込まれていた。
そんな私に追い打ちをかけるように、父の経営する篠山洋菓子店が炎上した。

篠山洋菓子店の川崎店で、賞味期限を偽装していたのが発覚したのだ。

それはバイトの男の子からの垂れ込みだった。
店長から強いられた賞味期限偽装の手段は、腐りやすい生クリームだけを引っぺがしフィリングし直し販売し続けるもの。
店長はそれは関東を統括するスーパーバイザーの指示だと言い、スーパーバイザーは社長である父の指示だと言った。

『ケーキはお祝いもの! 作り立てを!』
父は九十年前の創業の時からの、店舗でケーキの全工程を行うのを諦めた。
篠山洋菓子店が全国展開して、パティシエを集められなくなったからだ。
そこで、工場で土台のスポンジを焼き、フィリングだけを店舗でする方法に切り替えた。

パティシエは自分の仕事にプライドを持つが、数時間働くバイトはお金ために働いている子もいる。
最低限のフィリング技術だけは持っているが、自分が責められれば他者のせいにした。

私の父は従業員を家族のように思っていた。
それ故に、賞味期限の偽装以上に、その罪を擦りつけられた事に精神的に耐えられなかったのかもしれない。
父は『全責任は私にある』と遺書を残し亡くなったのだ。

母が暫定的に社長の椅子に座るも、音大を出て父とお見合い結婚をした母には仕事の経験がない。
その重圧と世間からの批判に耐えきれず、精神的に病んでしまった。

篠山洋菓子店はもう五年も赤字経営が続いていた。

工場生産ならスーパーの安いケーキを買えば良い。
味や品質を求めるならパティシエの作ったケーキ。
愛情を込めるなら手作りケーキ。
仕上げ以外は工場生産なのにスーパーの二倍の価格で販売する篠山洋菓子店のケーキはの売り上げは右肩下がりになっていた。

歴史ある会社の社長令嬢として育った私は全く知らなかった。
一人娘の私は小学校受験には失敗したものの、中学からお嬢様学校に通い、大学までエスカレーター。

就職は一流企業の三池商事にコネ入社。
他の同期のように家にお金を入れる事もなく、恵比寿にマンションを買ってもらい月二十万円のお小遣いを貰い続けていた。
そのお金が経営が傾いても私に心配をかけないようにしている両親の真心とは知りもしなかった。


♢♢♢

喪が明けてスバルと二人でハワイで挙式を挙げて帰国してた今日。
ちょうど富永スバルと入籍して一年の記念日だ。
結婚記念日でもある今宵はフレンチシェフを家に呼んで、デザートだけは私の手作りケーキを振る舞う事にした。
シェフが下がり、部屋には私とスバルの二人きりになる。

芸術的に美しい顔立ち。
私の事を溺愛してくれる夫。

欲しい物は何でも買ってくれる優しい人。
私は苦労する事のない生活を手に入れていた。

彼が私の作ったケーキをナイフで切り分ける。
「久子の手作りなんて、最高のプレゼントだな。久子は何が欲しいか決めてくれた?」
スバルがが柔らかく微笑みながら尋ねて来た。

気になるものは何でも買ってくれる彼。
記念日だからと言っても、もう特別欲しい物はない。

私は大きく息を吸って、意を決して口を開いた。

「あのさ、子供⋯⋯。私、やっぱり子供が欲しいよ。スバルと私の子供が欲しい」
スバルがケーキに刺したフォークの手を止める。
彼が子供が欲しくないと知ったのは、私が彼と入籍してからだった。

「その話はもう終わったはずだよ。子供はいらない。可愛いと思えないから」
「ねえ、何で? スバルと私の子だったらきっと可愛いよ」

完璧な美貌を持つスバルと、特別美人ではないけれどブサイクではない私。
パパ似の女の子なら見た目も美しい子が生まれるし、スバルに似れば高身長だ。

「男の子で私に似たら身長が低くなるか⋯⋯まぁ、どんなルックスでも親の私たちが愛情いっぱいに育てれば大丈夫だよ!」

私の言葉にスバルがふっと口の端を上げて笑う。
その笑い方に優しさよりも、恐怖を感じた私の直感は間違ってなかったのかもしれない。

「久子の愛を子供に取られるのは嫌なんだ」
「ふふっ、何を言ってるの? そんな訳ないでしょ」
私は自分のケーキを小さくカットして、彼の口元に運ぶ。
彼が一瞬怪訝な顔をした。

「これ、バナナ入ってる?」
「スポンジに隠し味として入れたんだ。レモン汁も入ってるよ。美味しいでしょ」
「⋯⋯美味しいね」

引き攣った作り笑顔で彼が笑った。
彼は実はかなりの偏食家だ。

オクラや納豆、とろろなど粘り気のあるものは一切食べられない。
食感が幼虫を食べているようで吐き気がするらしい。
(幼虫の食感? バナナも粘り気⋯⋯あったかな? でも、バナナを嫌いな人なんている?)

「バナナといえば離乳食の定番らしいよ。ねえ、子供作ろうよ」
私の言葉にスバルは沈黙し、ひたすらにケーキのスポンジ部分を崩し始めた。

「いやいや、食べられないもの多すぎない? 大人だよね。子供ができたら、嫌いなものは食べなくて良いとでも伝えるつもりなの?」
「子供は作らない」
スバルの確固たる意志を感じる眼差しに震える。

「子供作らないって、それなら何で結婚したの?」
思わず出た私の言葉は古い価値観に凝り固まっていると自覚していた。
でも、私は古い価値観の両親に育てられている。

結婚して、子供を作って、次の世代を繋ぐ。
子供を作らないならば、一生独身を貫いて好きなように生きた方がマシだ。

ーー何故なら、一生側に居たいと感じる程、私はこの結婚生活を居心地よく感じていない。

子供がいなくても、夫婦仲良く人生を謳歌している様を披露する中で私の価値観は古い。

それでも、結婚イコール子供のいる家庭しか私には想像できなかった。

世の中には色々な形の夫婦がいると聞いていても、私にとっては自分の周りの世界が全て。
皆、結婚したら子供を産み、妻が夫を支え子を育てる生活をしている。
それ以外の選択肢を歩むなど、自分の頭の中にサンプルがなくて頭に浮かばなかった。

「ごめん。子供が結婚の絶対条件だった?」

スバルの瞳に涙の膜が張っている。

「いや、子供がいなくても、老父婦でも手を繋げるような夫婦には憧れるよ」
自分の中のストックから、素敵な夫婦像を導き出す。

しわしわの手を繋ぎだながら微笑み合い海岸を歩く老夫婦。
夢物語のような想像は私の動揺した心を鎮めてくれた。

「憧れじゃない! なるんだよ。久子と僕で! 互いが互いだけを見つめる人生を歩もう」
不意のキスから始まり、私はお姫様抱っこで寝室に運ばれそうになる。

これから始まる行為が、子孫も残さず性欲を満たすものだけのように思えて苦しくなった。
そんな風に考えてしまうのは、私が本当は彼を愛していない証拠でもある。


裕福だと思ってた実家に借金があり、慌てて彼との結婚を決めた。
一年間必死に彼を愛そうと努力したが、私は彼を愛せていない。

私の両親はお見合い結婚でも、愛し合う夫婦だった。
だから、突然現れたスバルと結婚しても、共に生活すれば愛などついてくるものだと思っていた。

「ちょっと下ろして! まだ、ケーキ食べてるんだから」

私が彼の胸を叩き抗議すると、彼は荒っぽく私を床に下ろす。
慌てて受け身を取った私を彼が蔑んだ目を見ていた。

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