私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ

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3.不審死

私は咄嗟に着信を切った上で、町田咲也を着信拒否した。

今、連絡取るべきは実家だ。
父のスマホに連絡するも通じず、母に連絡しても通じない。

「会社に行かないと⋯⋯」
正直、食事なんて食べられる気分じゃない。
私は急いで着替え、髪にアイロンをかけて出社の準備をした。

満員電車に揺られていると、目の前に座っている初老の会社員が読んでいる新聞の一面が目に入る。

『篠山洋菓子店、賞味期限偽装!』
『経営不信続く篠山洋菓子店に痛恨の一撃』
私は思わず新聞に見入ってしまった。
(うちの会社経営不振だったの?)

少なくとも私が三池商事に入社した六年前まではそうではなかったはずだ。
父が三池商事の役員と知り合いで、行きたい部署をを聞かれ「ファッション関係」と言ったら希望通りのアパレル事業部。
役員の方とお食事をしたことがあるが、ずっと私に対しても低頭していて大事な取引先の娘という扱いだった。

ふと、新聞を読んでいる初老の会社員と目が合う。
怪訝な表情をされて私は慌てて目線を外し、スマホで篠山洋菓子店をリアルタイム検索し始めた。
ニュースのコメント欄には罵詈雑言が並んでいる。

『篠山洋菓子店はもう終わりだ。確実に潰れるな!』
『篠山洋菓子店、無駄に高くて名前だけ有名ないらない子』
『松濤で一際趣味の悪い家が篠山家です。カビケーキ売って稼いだ金で建てました』

(カビ?)
私はあまりに動揺して、スマホを落としそうになった。

「大丈夫ですか? お顔が真っ青です」
突然、右隣に立っていた男から話し掛ける。
芸術的に美しい男性で歳は私より年下だろう。
お肌がピチピチしていて、水を弾きそうだった。

「いえ、大丈夫です」
私が若くて美人なら、声を掛けてきた男に下心があると思っただろう。

きっと彼はただ親切な人だ。
私は三十路で、不細工ではないが化粧を落とせば年相応の見た目をしている。

電車を降りて、会社に向かう。
地下鉄の出口直結の三池商事。
ここに来ると私が篠山洋菓子店の社長令嬢だと知る人がいるせいか、視線が気になりだす。

十七階のアパレル事業部に入ると、皆が私を一斉に見た。
私がデスクについた途端、部長の西園寺奈々が近づいてくる。
アラフィフの彼女は非常に仕事ができ、結婚も出産もせず仕事に邁進し今の地位を手に入れた。

彼女はまるで有名ファッション雑誌の編集長のような出立ちをしている。
三池商事では女性の活躍を謳いながら、実際女性が出世するのは非常に難しい。

西園寺奈々は数少ない女性の成功者として、社内報だけでなくメディアにも会社の代表として出ていた。
確か、趣味は出張の際の『おひとり様のランチ巡り』。
彼女になりたくてもなれないし、実は孤独が苦手だからなりたいとも思っていない。

「篠山さん、会議室で話せる?」
「はい」

私は彼女に連れられて、会議室で二人きりになる。

「篠山さん、辛かったら無理に来なくても有休使って休んでも良いのよ」
開口一番、彼女が私に掛けてきた言葉に私は顔を顰めた。

「うちの実家の家業のことでしょうか。辛いというか⋯⋯仕事には来ますので安心してください」
「そお? 篠山さんは責任感が強いし、あれもこれも自分で何とかしなければいけないって追い詰めてしまうんじゃないかと心配なの。本当に辛かったら休みなさいね」

西園寺部長から責任感が強いだなんて言われるとは意外だった。
私は町田咲也と結婚したら、会社を辞めて彼の駐在にもついて行こうと思っていた。

昭和の腰掛けOLのメンタルを持っている私と、男性たちと対等に渡り合う為にプライベートを捨てたような彼女。
彼女が私を責任感が強いなどと評価する要素がない。

突然、扉をノックする音がして真っ青な顔をした根津室長が入ってくる。
彼は西園寺課長の教育係だったらしいが、出世で女に追い越されるという無念を経験した人だ。
(それだけ西園寺部長が凄いってことなんだけどね⋯⋯)

「篠山さん。お父様が亡くなった。今日は、早退しなさい」
根津室長の言葉に一瞬頭が真っ白になる。
「えっ?」

急に温もりに包まれたと思うと、西園寺奈々が私を強く抱きしめていた。
これが異性ならセクハラになるくらいの熱い抱擁だ。

「篠山さん。気を確かに持って! 何かあれば私はいつでも力になるから」
西園寺部長の声が震えている。彼女と私は挨拶程度の仲だったはずなのに、不思議だ。

「今日から一週間は身内の忌引きでお休みになる。電報送るから葬儀場が決まったら連絡くれ」
淡々とドライに連絡事項を伝えてくる根津室長の声が遠くに聞こえた。

(父が死んだ? なんで?)

私は何が何だか分からないまま、折り返すように会社を出た。
地下鉄構内を歩いていると、電話の着信があり慌てて出る。

「久子! 大丈夫か? というか、俺の電話番号着信拒否設定してるだろう」
他の人の携帯を借りて電話を掛けてきた元カレに私は嫌な気持ちになった。

父親が亡くなったと聞いて、私は信じられない気持ちでショックで固まった体を引き摺っている。
私を昨晩捨てた男に用はない。

「町田さん。もう、私に連絡してこないでください。何なのストーカー? 気持ち悪いです」
彼が一番ショックを受ける言葉を敢えて言うと、電話は静かに切られた。

町田咲也はモテてきたが故に、家の出待ちや追っかけなど散々なストーカー被害に遭っている。
私と付き合ってからもレストランを出た途端、彼を物陰から見てる女の子がいたりした。
笑いかければ好意を持っていると勘違いされ、挨拶をすれば好きになられてしまう。

「人から好かれて嫌な人間はいないはず」という間違った認識の元、彼は常に好きでもない相手からの執愛に苦しめられていた。
そんな時に彼と友人のように付き合える私と出会い、女避けの効果も期待した彼は私と交際を始めた。

彼が私を女として好きだったかは不明だが、私は彼に一目惚れをしていた。

同時に彼が女性恐怖症っぽい部分があると感じたので、私は友人のように接するのを心掛けていただけだ。
そんな恋心も十年の歳月で消えていったが、情というものを彼に感じていたし結婚すると思っていた。
彼は私と過ごした時に対して責任は感じつつも、結婚したくないとはっきり言った。

今、一番、話したくない相手だ。

最寄駅からタクシーに乗って、実家に到着すると敷地の周りにはマスコミが押し寄せていた。
私がタクシーから降りるなり、お手伝いの蒲田さんが近付いてくる。

「久子お嬢様、今朝、旦那様が自ら命を絶たれまして⋯⋯今、どうマスコミに公表するかと奥様が間宮さんと相談なされています」
「はぁ?」

父は入眠剤を多量に飲んで遺書を残して亡くなったらしい。
そして、その死をマスコミに公表するなどと言っている。
今は父の死をひたすらに悲しむ時なのではないだろうか。

私が慌ててリビングに行くと、母はソファーにも座れず床に座り込んでいた。
カーテンを閉め切ったリビングは、間接照明がついているだけで薄暗い。

副社長の間宮さんは武蔵小杉店の店長から副社長に父が抜擢したやり手の主婦だ。
その女がパートナーが自死して、呆然とする母の肩を揺さぶっている。

「奥様、しっかりしてください! 今こそ、奥様が立ち上がって、篠山洋菓子店を立て直す時です。社長の遺書をマスコミに公表しましょう」
「うっうう⋯⋯」
母が涙を流して泣き崩れた。

「ちょっとやめてください」

私は思わず、間宮さんを母から引き剥がす。

音大を出てすぐ結婚した母は働いた経験などない。
今、集中砲火を浴びている会社を間宮さんは母に任せようとしている。
(遺書まで公表して? 身内でもないのに、何なの? この人)
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