私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ

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6.婚姻届を返して

「久子さんの価値が分からない男など不要です。売れ残りなんかではありません。彼女は僕にとって唯一無二の女性です」

母の肩を摩りながら、冨永スバルが私に視線を向けてくる。
実家の借金を快く返してくれる以上に、今の私を大事にしてくれる救世主だと感じた。

「スバルさん⋯⋯。これから、宜しくお願いします」
私は彼と結婚を決めてしまった。

「初めて名前呼をんでくれましたね。久子さん愛しています」

「愛している」なんて言葉を掛けられたのは初めてで、私は彼を信じてみようという気持ちになった。

私と冨永スバルは実家に挨拶に行った帰りには入籍を済ませ、私は専業主婦になった。

幸せだと自分に言い聞かせてきたけれど、私の精神はいつも崖の淵を歩いているようにぐらついていた。

スバルはどん底の私を救ってくれた王子様。
篠山家の借金を返してくれた救世主。

この世の最上級を神から授けられたような美しい男性で私を愛してくれる人。
女として産まれて来たのなら、彼に恋しないのは女じゃないと言われるようなスペックを持った男。

それなのに、私は彼の愛を重く感じていた。
愛されていると感じているのに、本音を言うと好きになれていない。
一緒にいる時間が楽しくない。

如何にもモテてきたルックスをしているのに、富永スバルは見た目と裏腹に神経質で話もつまらなく外見とは真逆の性格をしていた。
私はモテ男の代表のような町田咲也と十年付き合ってきた。

モテる男特有の余裕と、会話展開の軽快さが咲也にはあったがスバルにはなかった。
美しい見た目なのに、人間というより絵画を見ているようでときめかない。

母はメンタルを壊し、批判に耐えながらも慣れない社長業を頑張っている。
「好き」だの「嫌い」だの変わりゆく感情に流されず、私は富永スバルに尽くすべきだ。
愛する努力を一生続けるべきだと思っていた。

そして、私の喪が明けたタイミングで私はスバルと二人きりでハワイで挙式を挙げることになった。

海に面したチャペルは一年前に予約した人気チャペル。
風がとても強くて雲が凄いスピードで流されていた。
新郎である富永スバルの後ろには雲一つない青空が広がっていて、私はその時、きっといつかは私を一途に愛してくれる眼前の男を愛せると期待した。


「富永スバル。そなたは、篠山久子を妻とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、妻を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」
 
目の前に立つ麗しい男が私に微笑みかけている。
「はい、誓います」
 
「篠山久子、そなたは、富永スバルを夫とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、夫を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」

瞬間、一年間の結婚生活が脳裏に蘇った。

私に対する戸惑うばかりの彼の溺愛は入籍した直後から始まった。
私はそれに必死に応じるように毎晩のように抱かれた。

そんな彼から「子供を欲しくない」と告げられるとは思ってもみなかった。

篠山家の借金を返して貰い、彼に庇護される立場で彼に文句は言えない。

私たちは対等な夫婦ではなかった。
「私の愛情を独り占めしたいから子供はいらない」という彼に私の愛が不足していると責められている気分になる。

「はい、誓います」

「誓いますか?」と定型句を問われて「誓います」と咄嗟に答えてしまった。
「永遠の愛」など神様に誓って良かったのだろうか、私の胸はざわついた。

彼と入籍して一年近く、私はどんどん自分を失っているように見える。
彼の好みを気にして、嫌われないよう振る舞い愛される努力をし続ける日々は苦痛だった。

再び新郎を見ると、先程と変わらぬ風景なのに恐怖を感じる。
目の前の美しい男の微笑みには裏を感じるし、雲は彼の恐ろしさから逃げたように見えた。

誓いの口付けをしながら、私は日本に帰国したら子供の事をもう一度彼と相談しようと思った。
「子はかすがい」という通り、子ができれば今の息苦しい環境も打開出来るのではないかと期待したのだ。

その期待は裏切られ、私は彼に殺されることとなった。
私に愛を誓った男に首を絞められながら、私は自分が死んだ後の母を心配した。
もし、やり直せたら、私は絶対に彼と結婚しない。

父が急に亡くなり気が動転していたが、三千万円の借金なんて恵比寿のマンションを売れば余裕で返せた。
よく知りもしない相手に借りを作って結婚するなんて、過去の自分を恥じるばかりだ。

♢♢♢

「では、確かにお預かりしました。ご結婚おめでとうございます」
朧げに目を開けると、見覚えのある茶色いラインの婚姻届が見えた。
(区役所?)

周りを見渡すと何だか騒がしい。
椅子に座りきれないくらい、順番待ちをしている人がいる。
この光景には見覚えがあった。

「今日から正式に夫婦ですね。久子さん」
「スバル?」
「そう、そうやって呼び捨てにしてよ。久子! 今日から夫婦! 敬語も禁止! 僕たちは年をとっても手を繋ぐような仲良し夫婦になるんだ」
私に勢いよく抱きついてくるスバルを慌てて押し返す。

「あの! すみません。今の婚姻届、返してください」
私は慌てて区役所の優しそうな眼鏡を掛けた男性に詰め寄った。
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