私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ

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7.総合職への挑戦

「えっ?」
驚いたような顔をしている彼を真剣に見つめながら、私は自分の二の腕をつねった。
(痛い! これは夢じゃない)

「久子、どうしたの? 何か不都合なことがあった?」
スバルの怒気を抑えたような声がして、体が震え喉がカラカラになる。
私は死んで時を戻れたのかもしれない。その奇跡に感謝したいが、同時にそれはスバルが人を殺せる人間だという事を意味した。

「えっと、婚姻届の字を丁寧に書き直したいと思って⋯⋯」
「大丈夫だよ。久子は達筆! さあ、今日から一緒に暮らせるね。早速、結婚指輪を買いに行こう」
「う、うん。えっと、その前に三千万円を返させてくれるかな?」

恵比寿のマンションを売って、スバルへの借りを返す作戦を決行する。
篠山家は国内外に別荘もあるのに、不動産資産に父は手を出さず借金をした。
その意図が全く分からないが、私名義の恵比寿のマンションは自由になる資産だ。

「⋯⋯妻が夫にお金を返すの? 僕たちはもう夫婦だよ」

私の震えるの手首を力強くスバルが握ってくる。
血の巡りが止まるような痛さと共に私は区役所の外まで連行された。
(結婚ってクーリングオフできないよね。何で、もう少し過去まで戻れなかったの?!)

私の不審な行動や言動に明らかにスバルは苛立ちを覚えている。
一年間の結婚生活でも感じていたが、この男は非常に沸点が低い。
暴力を振られることはなかったが、フキハラ的なものは常にあった。

逃げ場が無い事に泣きそうになっていると、瞬間、スマホの着信が鳴る。

私はふと回帰前のこの瞬間、西園寺部長からの電話を受けた事を思い出した。

「スバル、ちょっとごめんね。電話出るわ」
私の砕けた物言いに彼が少し驚いたような顔をした。

確かに交際0日婚で結婚したばかりの相手に対していきなり砕けすぎだ。
実際、過去の私は入籍して半年は敬語混じりで彼と会話していた。

着信ボタンを押すと、西園寺部長の声がする。
「もしもし、篠山さん? 今、東京本社に戻って、根津さんから貴方の退職届を受け取ったんだけど本当に手続きを進めても良いの?」
彼女からこの電話を貰うのは二度目。
以前の私は「もちろんです。手続きをお願いします」と言い、彼女は「お休みのところ連絡してごめんね」と返してきた。

「西園寺部長! すみません。退職届なかった事にしてください。私、色々あってどうかしてました。仕事を続けたいです」
咄嗟に大きな声が出て、周りが私に注目するのが分かる。

「今から会社来られる?」
「はい! すぐ行きます」
スマホを切った私をスバルが複雑な表情で見ている。

「あれ? 仕事は辞めて、僕の為に家庭に入ってくれるんじゃなかったの?」
唇を怒りで振るわせながら、私の手首を強く握ってくる男。

ーー本当は入籍前に時を戻りたかった。一年後に殺される人殺しの妻にはなりたくない。

「離して! 私、本当は仕事が好きなの! 結婚しても仕事を続けたい! 今から、会社に行って、今日のところは実家に戻って母の手伝いをしようと思う。新婚初夜はお預けね。旦那様」
私は彼の隙を作る為、彼の頬に軽くキスをした。
彼はやはり驚いて頬を真っ赤にして、手首の拘束を解く。

ーー富永スバルは女慣れしていない。

それが、一年もの間、彼と結婚生活を送り気がついた事だ。
私の前ではリードしようとしていたが、必死さが隠せていなかった。

私は手を挙げ、タクシーを拾いサッと乗り込む。
このタイミングに私が時を戻った理由があるとすれば、神様は私に自分を本当に気にかけてくれる人の言葉に耳を傾けろと言っている。

ーーもしかしたら、時を戻したのは神様じゃないかもしれない。

反抗期だった私に「自分を本当に気にかけてくれる人の言葉に耳を傾けれる人間になれ!」と口酸っぱく言ってきた天国にいる父だ。

♢♢♢

三池商事に到着すると、入り口で西園寺部長が待っていてくれた。
彼女は今朝大阪から戻ってきたばかりなのに、疲れを感じないパワフルな人だ。

「篠山さん、はい、これ社員証」
「あ、ありがとうございます」

私は昨日、根津室長に返却した社員証を受け取る。
確かにこれがなければ、会社には入れない。

青い紐を首に掛けると、気持ちが引き締まった。
エレベーターの中で西園寺部長と二人きりになる。
私が謝罪の言葉を言おうと口を開くより先に彼女が口を開いた。

「篠山さん、実は昨日の内に勝手に総合職に転向する申請出してあるの」
「えっ?」
唐突な彼女の言動に私は驚いてしまう。
よく考えれば、彼女は大阪に行く直前に私の推薦状を書く話をしていた。

あの時には既に推薦状を書いてくれていたということだ。

「申請を引っ込めると事は出来るけれど、遅れて出すことは出来ないからね。どうする? 挑戦してみる?」
「はい! 挑戦したいです! 西園寺部長、ありがとうございました」
私は慌てて頭を下げた。
彼女は私が「退職する」と言った言葉が咄嗟に出てしまった言動だと気がついていたのだ。

本当に退職して、彼女の気遣いを無駄にした回帰前の自分が恨めしい。
コネで事務職として入社した私が、堂々と三池商事で勤め続けるには自分の力を見せつけ総合職に転向するのが一番良い。

忙しい中で私の状況を好奇の目で見て笑うのではなく、心から心配してくれていた彼女には感謝しかない。

私がオフィスに入ってくると、皆が一斉に私を見た。
昨日、退職をすると言った女が戻ってきたのだから当然だ。

「はいはい! みんな集中して! 即戦力の新人さんを紹介します。ご存知、篠山久子さんです」
西園寺部長の言葉に皆がドッと笑った。
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