私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ

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8.商社マンとの結婚

「篠山久子と申します。三池商事で六年働いた経験を活かし、気持ちを新たに頑張りたい所存です」
私が咄嗟に挨拶をすると、拍手が巻き起こった。

「篠山さん! 戻って来てくれたんですね!」
私が教育係をした新人の澤田美代が巻き髪を揺らしながら抱きついてきた。

「澤田さん、今日からまた宜しくね」
「篠山さんの不在は遠野さんの契約を延長する事でなんとかするって話してて絶望してたんです」

耳元で囁かれた言葉に遠野さんのデスクを見る。
彼女の姿はないので、周りを見渡すが見つからない。
遠野真美さんは若い派遣の子で、英語の電話一つ取り次げないので三ヶ月の契約満了で来月契約を切ることになっていた。

「あれ? 遠野さんは?」
「さあ、喫煙室に男を漁りに行ったんじゃないですか? 派遣期間中に男ゲットしようと必死なんですよ」

事務職の社員は喫煙率がゼロだが、派遣社員は喫煙者が多い。
おそらくいつ契約が切られるかの不安でストレスが多いのだろう。

仕事をする事、三十分。
お手洗いに行くと遠野さんがメイク直しをしていた。
「あれ? 本当に篠山さん戻って来たんですね。良かったー。私、結婚するんで、契約延長できないなーって思ってたんですよ」
「結婚?」
「実は妊娠二ヶ月なんです。経理部の藤崎さんと結婚しまーす」

私は突然の出来事に目をパチクリしつつも、彼女の手を握った。
「おめでとう! 妊娠までしたの? うわあ、おめでたいね」
私の言葉を聞くなり、遠野さんがぷっと吹き出す。

「なんか、篠山さんて本当にお育ちの良いお嬢様ですよね。嫉妬とかしないで、人の幸せを喜べるなんて羨ましいです」
「嫉妬?」
「三ヶ月の派遣期間で男を漁りに来たんでしょとか、遊び相手なのに妊娠使って結婚決めたとか既に言われてますよ」
肩をすくめる遠野さんは傷ついているように見えた。

「遊び相手じゃないと思う。経理の藤崎さんは真面目な方だし、そんな彼を選んだ遠野さんは男を見る目あるよ」
十年付き合った男は私と責任感で結婚したくないと言った。そして、夫スバルは一年後には私を殺しにくる。
自分の人を見る目のなさには失望しかない。

「へへっ、そうですかね。私、商社に派遣されて、商社マンと結婚できるかもとか思ってはいたんです。でも、チャラい男ばかりで派遣を使い捨てのセフレみたいにしようとする男ばかりじゃないですか。だから、言い寄ってくる男は全て無視して、藤崎さんにアタックしまくったんですよ」
「凄い! それで、目標を期間内に達成したって事? 尊敬するわ」
「そんな事言うの篠山さんくらいかと思います。ここを去る時には黄色い花束をプレゼントされそうで今から怖いです」
「黄色い花束?」

私は遠野さんから聞く黄色い花束の話にゾッとするばかりだった。
黄色い花には「裏切り」、「嫉妬」、「死」、「軽蔑」といったネガティブな花言葉を持った花が多いらしい。
私は黄色に元気なイメージしか持っていなかったので、恐怖を感じた。

「ねえ、ちなみに黄色いカーネーションの花言葉って知ってる?」
私はスバルが私を殺す直前に黄色いカーネーションをプレゼントして来たのを思い出し、遠野さんに尋ねてみる。

「『軽蔑』です。私、送られた事ありますよ」
嫌な記憶を紐解きながら、彼女は教えてくれた花言葉に私は絶句した。
私は回帰前スバルを愛せないまでも、必死に尽くし愛する努力をした。

彼は入籍初夜には九十九本の赤い薔薇を『永遠の愛』を伝えたいと渡して来た。
きっと、彼が私にプレゼントして来た花々には全て意味があったのだろう。
私のメシアだった彼に必死に尽くした結婚生活。

何が不満かも言わずに、黄色いカーネーションをプレゼントを渡してきた彼。
(私を軽蔑したから、殺したってこと? バナナが嫌いなものって気が付かずケーキに入れたから? 子供の話をしたから?)

ふと、鏡を見ると遠野さんが不思議そうに私を見つめている。
自分の顔を見ると酷く険しい顔をしていた。
私は口角を上げて笑顔を作る。

「そうだ、遠野さん結婚お祝いは何が良い?」
「私、篠山洋菓子店の焼き菓子セットが良いです!」
私は即座に答えてきた彼女の返答に目をパチクリする。

「嫌じゃないの? 衛生的に不安がない?」
「ああ、最近のニュースの事ですか? あんなのどこのケーキ屋もやってると思いますよ。何をギャーギャー言ってるんだか」
「いやいや、食品なんだか賞味期限偽造はダメでしょ」
今、篠山洋菓子店のケーキを買う人はいないだろう。百歩譲って焼き菓子は工場生産で小分けで賞味期限表示されているから信用されてるのかもしれない。


「私、某ドーナッツ屋でバイトていたんですけれど、バックヤードで仕上げをするタイプの店だったんですね。社員の人が床に落としたドーナッツ平気で体裁整えてるの見たことあります。ラーメン屋でバイトしてた時も、スープの虫を掬い上げてから出してましたよ」
「えー! 冗談でしょ」私は遠野さんの言葉が全く信じられなかった。

「本当です。飲食業でバイトしてた人間は、家で作るのが一番安全だと思ってます。うちはケーキも手作りです」
「ケーキを作れるなんて、素敵な奥さんになりそうだね」
「いえ、スポンジを買って、生クリームとフルーツでデコるだけですよ。買うより全然安上がりです」
瞬間、頭の中に今の篠山洋菓子店の状況を打開する案が浮かぶ。

「それ、凄いアイディア」
「篠山さん、子供が作るケーキと一緒ですよ」
頭の中でざっと計算して、スポンジケーキ五百円、生クリーム三百円、フルーツ五百円の合計千三百円。
篠山洋菓子店ではおおよそ半額の原価で、同じセットを各店舗に工場から卸している。

私が考え込んでいると、遠野さんが吹き出す。
「篠山さん、トイレに来たんじゃないですか?」

私は一瞬、遠野さんに結婚した事や現状を色々相談しようと思った。
彼女が私のことをどう思っていたかは知らない。

それでも、私は素直で正直な彼女と話す時間が好きだった。
誰がどう彼女を評価していても、私は彼女を好きになった藤崎さんの気持ちが分かる気がする。

大人になる程、ざっくばらんに何でも話してくれる相手は少なくなる。
(彼女が仕事を辞めたらお別れだよね)

連絡先も知らない、ただの同僚。
「遠野さん、お幸せにね」
結局、その日はそのまま沢山来ているスバルからの着信を無視して実家に戻った。

実家に戻って最初に対面したのは、顔を真っ赤にして倒れ込んでいる母だった。
(こんな事になっていたなんて⋯⋯)

私は神様ではなく父が母を助けて欲しくて、私を時を戻してるのだと確信する。
そして、同時に父が自殺ではなくこの世に未練を残して殺されたのではないかという疑いを強くした。
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