私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ

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12.専業主婦のレゾンデートル

スバルと別れたい本当の理由は彼が人を殺せる人間だからだ。
世の中には人を殺せる人間と殺せない人間の二種類がいる。

私は人を殺せる人間とは到底暮らせない。
それでも、彼が将来的に私を殺すつもりだから別れたいとは相談できない。

「流石に⋯⋯贅沢言い過ぎですよ、篠山さん。子供はいらない、お互いだけで満足だなんて何よりも極上の愛の囁きじゃないですか」
現在妊娠中の遠野さんが呆れたように私を諌めてくる。
私にとっては話を合わせられるより嬉しい反応だ。

自分とは違う価値観の人の意見を聞きたい。
もっと柔軟な考えで上手く立ち回れるようにならないと、狂人スバルとは渡り合えない。

「でも、私は結婚して家族になるなら子供がいるのが当たり前だと思ってたんだよ。婚姻届を出した後に後出しのように子供はいらないって言われても辛い。彼からそんな話を聞いてから、気持ちが冷めちゃってキツイんだよね」
私は何故か縋るように遠野さんを見つめていた。
結構、際どいことを言っていると自分でも理解している。

専業主婦で子供がいない人はどうやって存在意義を見出しているのだろう。

夫に愛されるのがレゾンデートル?
私は自分を殺しにくる富永スバルを愛してはいない。
彼と結婚したのは成り行きと自分が倒れない為の予防線。

芸術品のように美しく、経済的苦労もさせず母を安心ささてくれるスバル。
客観的に見れば、私も自分が流石に贅沢だと理解できた。

私は人が振り向くような美人でもない。

ご自慢だった実家の家業も傾いた。
そんな私を自分の臓器の一部のように過剰なまでに大切にしてくれるが、気に入らないと殺す男。
彼を突き放すのは自己防衛として当たり前のように感じつつも、同時に勿体無さも感じる。

一緒に心中したいと思われる程の強い感情を私は誰にも向けられた事がない。

「大丈夫ですか? 篠山さん。流石にそんな顔をして生きるくらいなら、離婚した方が良いと思いますよ。子供が欲しいんですよね。私は今妊娠が辛くて、もう投げ出したいですけど」
「妊娠が辛い? ごめん、引き留めちゃって」
咄嗟に謝った私を遠野さんが笑う。

「つわりも辛くて、何も食べられないんです。彼から求められて嬉しくても、そんな気にならなくて。このままだと浮気されたらどうしようって怖くて。」
「商社マンの妻って浮気しても最後に自分に戻ってくれば良いやって人が向いてるみたいよ。あまり好きにならないで、万が一の時はATMとして割り切れば良くない? まあ、藤崎さんは浮気しない気がするな。浮気しない男は存在するから、そんな不安に思うことはないよ」
私の言葉に遠野さんは目を丸くした。

浮気しない男は存在する。
社長令嬢として散々逆玉狙いの男に狙われてきた。

彼らは浮気する男。
自分自身が最優先で、口八丁手八丁で口説いた女を落として裏切りその女が傷つく事に罪悪感を感じない。
私はそれらの男を目線で判断できるくらいにはなっていた。

女に恐怖さえ感じて、うんざりしている町田咲也。
それに、私に異常な執着をしている冨永スバルも浮気をしない男だ。

「それはこっちのセリフです。好きじゃないなら、篠山さんこそ旦那さんをATMとして割り切れば良いんじゃないですか」
「割り切りか⋯⋯ATM化なんてそんな甘いこと出来ると考えてた時もあったな」
スバルとの関係はそんな甘いものではない。

実際の私は彼を心から愛したことがないが、それが彼に露見すると殺された。

私は追い詰められた逃げ道のように彼を利用しただけ。
その卑劣な行為を正当化するように彼を愛しているフリをしたが失敗した。

「篠山さん、純粋なお嬢様の裏を見た感じで私どうしたら良いのか。ATM化なんて言葉使う篠山さん見たら皆倒れちゃいますよ」

遠野さんが戸惑うのはもっともだ。
私が自分をあまり開示しないのは、自分の言動が噂のネタになりやすいと分かっているからだ。
無害で純粋な人間だと思われて生きるのが一番楽だったりする。

「純粋で居られる程、楽な人生じゃなかったみたい」
「確かに今回の一件はお嬢様にはキツイですよね」
「キツイよ。経済的な心配なんてしたことなかったからね。だから、お金のある人と結婚した。でも、そのメリットを勝るヤバさのある男だったんだ」

スバルの危険さを語ることはできない。
人を殺せる人間⋯⋯そんな人間が本当に存在するのだ。

経済的な心配を考えた事はない。
お金の為に仕事をする人間がいるが、私は経験の為に仕事をしていた。
そして、今、本当にお金が必要でお金の為に仕事を続けたいと願っている。

「DVとかですよね。私の母も結婚してから父が豹変したと言ってました。結婚ってギャンブルですよね」
「ギャンブルはしたくないな。私は守りたいものがあるから、ここで終わるわけにいかないの」
私はそっと目を閉じ、自分の守るべきものを思う。

父が守ろうのがとした会社と母。
私が守るべき、守りたいものはその二つ。

私を殺して自分も死んだスバルは守りたいものがなくなったのだろう。
守りたいものがあるから、私は死ぬ訳には行かない。

「あ、あの、余計なお世話かもしれないけれど会社には結婚を伝えた方が良いと思います」
言い辛そうに伝えてくれた遠野さんの言う通りだ。
離婚すると決めていても、結婚を伝えないなんて非常識極まりない。

「そうだよね。直ぐ離婚するから伝えませんは駄目だわ」
「そうじゃなくて、お祝い金八万円もらえます」
「それって、直ぐ離婚しても?」
私の質問に笑いを堪えるように遠野さんがオッケーマークを送ってきた。

♢♢♢

前回スバルに殺された今日。
私は実家に直帰するのではなく、篠山洋菓子店の銀座店に立ち寄ってみることにした。

現状、母にとって私が側にいることが良いと必ずしも言えない上に、経営の提案をするなら話を固めてからだと思ったからだ。

会社の終業後、篠山洋菓子店の銀座店に到着する。
JRの有楽町駅からも近く、交差点に面した立地。
銀座店のテナント料は桁外れで、父は度々この銀座店を閉じるよう間宮さんから進言されていた。

「銀座店は篠山洋菓子店の原点だから」
父の言葉に間宮さんが顔を顰めるのを何度見たか分からない。

銀座というのはアパレル業界にとってもテナント料で問題になる場所だ。
根津室長が某アパレル会社に銀座は採算が合わないから本店を銀座から恵比寿か表参道に移す提案をした。

何故か、某会社の社長は激怒。
アパレル業界にとって銀座に本店があるかどうかは、ブランドの格に関わると主張された。

幸か不幸かとんでもない地価の場所に一号店がある篠山洋菓子店。
私も銀座店はどれだけインバウンドでも潤っても採算が取れないから閉めるべきだと思ってた

篠山洋菓子店の銀座店の扉を開ける。

「いらっしゃいませ」
一斉に美しいお辞儀をする店員たち。

ケーキ屋さんというより、一流ホテルに入ったような錯覚に陥る。
私は一度も踏み入れたことがない癖に、数字でしか銀座店見てなかったことを秒で後悔するのだった。
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