13 / 21
13.クリスマス商戦
「どれも美味しそう。ケーキも売れてるのですね」
銀座店に入って思わず出た言葉。
ショーケースがピカピカで陳列も美しく、まるで宝石箱のようだ。
この陳列を見ると、流石にスーパーのパックに入ったケーキと比較しないで欲しいと感じる。
ここに来る前に銀座のパティスリーの相場を見て回ったが、小さなケーキでも現在は千円近い。
仕上げ以外工場生産をしている篠山洋菓子店と比べるのは確かに失礼だが、他店の半額以下の四百円代でこの美しいケーキが買えるのはお得と言える。
それは、どれだけ原材料費が上がっても、創業以来篠山洋菓子店が価格を殆ど変えていないからだ。
その為、昔、高価で手の届かなかったケーキが、今は購入できると年配のお客様が大半を占めるのが篠山洋菓子店の特徴でもある。
焼き菓子も売れているが、明らかに減り方をみるにケーキも売れているのは意外だった。
スルッと店の奥から初老のコック帽を被った男が出てくる。
「売れてますよ。銀座店では不祥事関係なくケーキも売れてます。ご安心ください」
その男は見覚えがあった。間宮さんを副社長にした時に父に意義を唱えに実家まで来た男だ。
私が彼に見覚えがあるように、彼も私が篠山久子だと分かってるのしれない。
「申し遅れました。篠山久子と申します。篠山佐太郎の娘です」
「松坂是清です。久子お嬢様、今日はどんなご用で?」
少し呆れたように私に聞いてくる松坂さんに私は考えてきた提案をする事にした。
「松坂さん、銀座店が売れているのはお客様との関係性ができているからだと思います。しかし、今、他店は引き抜かれて店も開けられないくらいなんです」
私が話し始めると、ショーケースの残量をチェックしていた若い大学生くらいの男の子が口を挟んだ。
「それは、神奈川連合の話ですよね!」
「神奈川連合?」
私の問いかけに松坂さんが少し慌てたように、男の子の口を塞ぐ。
「すみません。久子お嬢様。神奈川連合とは、内輪の呼び名でして⋯⋯。とにかく、銀座店とは無関係です」
副社長に取り立てられた間宮美鈴は武蔵小杉店で実績を上げた。
関東のスーパーバイザーに選ばれた森宮和人は横浜店の店長だった。
森山和人は間宮さんのゴリ押しでその地位についたから、今回も引き抜きに合っている可能性が高い。
そして、彼が社長からの指示で不正を行っていたと主張したのが、父の息の根を止めたと言われている。
「もしかして、篠山洋菓子店の内部は分裂していますか? 間宮元副社長の引き抜きに合っているのは神奈川の店舗なのでしょうか?」
私の問いかけに店員が顔を合わせて頷いていた。
その時、他のお客様が入ってきたので、私は慌てて隅に寄る。
会社帰りのサラリーマンの男性だ。
「目黒様、いつもありがとうございます」
「いつものお願いできる?」
「はい、今、ご用意致します」
松坂さんが、モンブランとショートケーキを箱に入れ目黒様にお見せすると、彼は頷いてカードで支払いを済ませ店を出て行った。
「常連さんですか?」
「はい。いつも会社帰りに奥様と娘さんのケーキを買って帰られる方です」
「クリスマスケーキもこちらでいつも注文されてる方でしょうか?」
クリスマスは定番のケーキは並べず、クリスマス用のケーキだけの販売になる。
「いえ、クリスマスは奥様が手作りケーキを作られるようですよ」
クリスマス商戦に備えるには今動かなければ間に合わない。
私は松坂さんと奥の事務室で今後について相談する事にした。
奥の事務室は店舗の広さに比べ、非常に狭く椅子も二つしかない。
テナント料の高い銀座で売り場面積を最大限に取った結果だろう。
「松坂さん、お時間頂いてありがとうございます。今年のクリスマス商戦に関してですが、篠山洋菓子店は全店舗休業しようと考えています」
私の言葉に松坂さんは口をあんぐり開けて目を瞬かせる。
一年で、ケーキ屋が一番稼げる時に、店を閉めるなんてクレージーだと思われたのだろう。
今年のクリスマス商戦に関しては、全店を休業させるという大胆な策を考えていたのには訳がある。
今回の不祥事を顧みて、全店舗を休業し点検するとアナウンスする。
今年のクリスマスケーキは事前申込制で工場直送の『選べるケーキ作りキット千二百円』のみにするつもりだ。
「『選べるケーキ作りキット』に関しては安価ですし売れると思います。しかし、クリスマスに店舗を閉めるのは流石に損害かと⋯⋯」
「店舗は閉めますが、店員の方には毎年の通りに忙しく働いて頂きたいと思ってます」
私はサンタクロース姿でクリスマスブーツに焼き菓子を入れて自宅まで配達するプランを説明した。
私の家はクリスマスに父がいなかった。
父は何かトラブルがあった時に対応できるよう、クリスマスはいつも会社に泊まり込んでいたのだ。
代わりにクリスマスにはサンタクロースがプレゼントを持って家に来た。
そのせいか、私は小学校四年生まで本当にサンタが存在すると信じていた。
配達範囲は半径二キロを考えている事を説明すると、松坂さんは興味深そうに頷いた。
「銀座店はかなり採算が取れると思います。ここからだと、勝どきのタワマン群も配達範囲ですよね。パーティールームでクリスマスパーティーをする所に呼ばれる事もありそうです。記念撮影をOKにするかなど、詳細を詰めた方が良さそうですね」
「逆に戸建ての多い地域は配達が大変になりそうですね。申し込みできる店舗は限った方が良いかも⋯⋯」
「それよりも、僕は配達料込みで千五百円が安すぎると思います。もっと、とれますよ。家にサンタが来るなんて、本来なら金持ちの家しかできないサービスですよね」
「サンタは良い子のところに来るんですよ。私は千五百円で良いと思います」
篠山洋菓子店が他店と差別化を図れるとしたら、「お得感」だ。
老舗の名前を使って金持ち相手の商売を始めたと思われてはいけない。
不祥事の後なので、あくまで謙虚に振る舞うべきだ。
『選べるケーキ作りキット』と『クリスマスブーツ』はどちらも事前申し込みを受け付けることで、受注生産ができる。
在庫が余って破棄するという損失が防げるのだ。
「少し心配なのは今、もう十月です。今から、今年のクリスマスの新しい宣伝をうつのですか?」
「まさか、そんな図々しい事はしません。全店休業のお知らせだけです」
「ふっ、それは、流石にニュースになるな。もしかして、ブレインを雇われましたか? 現社長の奥様のアイディアだとしたら凄いな」
松坂さんの指摘に私は自分の考えだと言い辛くなってしまった。私は篠山家の人間だが、株式会社篠山洋菓子店にとっては外部の人間だ。
篠山洋菓子店はトップダウン型の会社。それ故のデメリットもあるが、同時に何かを新しい事を決定する時のスピードは速い。
私はクリスマス商戦の後の年始のプランについても松坂さんに話した後、徐にどうしても気になる事について尋ねた。
「松坂さん。クリスマス商戦に関しては来週までには全店に通達できると思います。今、神奈川連合について知っている事を教えて頂けませんか?」
私の言葉に松坂さんの顔が急に険しくなった。
銀座店に入って思わず出た言葉。
ショーケースがピカピカで陳列も美しく、まるで宝石箱のようだ。
この陳列を見ると、流石にスーパーのパックに入ったケーキと比較しないで欲しいと感じる。
ここに来る前に銀座のパティスリーの相場を見て回ったが、小さなケーキでも現在は千円近い。
仕上げ以外工場生産をしている篠山洋菓子店と比べるのは確かに失礼だが、他店の半額以下の四百円代でこの美しいケーキが買えるのはお得と言える。
それは、どれだけ原材料費が上がっても、創業以来篠山洋菓子店が価格を殆ど変えていないからだ。
その為、昔、高価で手の届かなかったケーキが、今は購入できると年配のお客様が大半を占めるのが篠山洋菓子店の特徴でもある。
焼き菓子も売れているが、明らかに減り方をみるにケーキも売れているのは意外だった。
スルッと店の奥から初老のコック帽を被った男が出てくる。
「売れてますよ。銀座店では不祥事関係なくケーキも売れてます。ご安心ください」
その男は見覚えがあった。間宮さんを副社長にした時に父に意義を唱えに実家まで来た男だ。
私が彼に見覚えがあるように、彼も私が篠山久子だと分かってるのしれない。
「申し遅れました。篠山久子と申します。篠山佐太郎の娘です」
「松坂是清です。久子お嬢様、今日はどんなご用で?」
少し呆れたように私に聞いてくる松坂さんに私は考えてきた提案をする事にした。
「松坂さん、銀座店が売れているのはお客様との関係性ができているからだと思います。しかし、今、他店は引き抜かれて店も開けられないくらいなんです」
私が話し始めると、ショーケースの残量をチェックしていた若い大学生くらいの男の子が口を挟んだ。
「それは、神奈川連合の話ですよね!」
「神奈川連合?」
私の問いかけに松坂さんが少し慌てたように、男の子の口を塞ぐ。
「すみません。久子お嬢様。神奈川連合とは、内輪の呼び名でして⋯⋯。とにかく、銀座店とは無関係です」
副社長に取り立てられた間宮美鈴は武蔵小杉店で実績を上げた。
関東のスーパーバイザーに選ばれた森宮和人は横浜店の店長だった。
森山和人は間宮さんのゴリ押しでその地位についたから、今回も引き抜きに合っている可能性が高い。
そして、彼が社長からの指示で不正を行っていたと主張したのが、父の息の根を止めたと言われている。
「もしかして、篠山洋菓子店の内部は分裂していますか? 間宮元副社長の引き抜きに合っているのは神奈川の店舗なのでしょうか?」
私の問いかけに店員が顔を合わせて頷いていた。
その時、他のお客様が入ってきたので、私は慌てて隅に寄る。
会社帰りのサラリーマンの男性だ。
「目黒様、いつもありがとうございます」
「いつものお願いできる?」
「はい、今、ご用意致します」
松坂さんが、モンブランとショートケーキを箱に入れ目黒様にお見せすると、彼は頷いてカードで支払いを済ませ店を出て行った。
「常連さんですか?」
「はい。いつも会社帰りに奥様と娘さんのケーキを買って帰られる方です」
「クリスマスケーキもこちらでいつも注文されてる方でしょうか?」
クリスマスは定番のケーキは並べず、クリスマス用のケーキだけの販売になる。
「いえ、クリスマスは奥様が手作りケーキを作られるようですよ」
クリスマス商戦に備えるには今動かなければ間に合わない。
私は松坂さんと奥の事務室で今後について相談する事にした。
奥の事務室は店舗の広さに比べ、非常に狭く椅子も二つしかない。
テナント料の高い銀座で売り場面積を最大限に取った結果だろう。
「松坂さん、お時間頂いてありがとうございます。今年のクリスマス商戦に関してですが、篠山洋菓子店は全店舗休業しようと考えています」
私の言葉に松坂さんは口をあんぐり開けて目を瞬かせる。
一年で、ケーキ屋が一番稼げる時に、店を閉めるなんてクレージーだと思われたのだろう。
今年のクリスマス商戦に関しては、全店を休業させるという大胆な策を考えていたのには訳がある。
今回の不祥事を顧みて、全店舗を休業し点検するとアナウンスする。
今年のクリスマスケーキは事前申込制で工場直送の『選べるケーキ作りキット千二百円』のみにするつもりだ。
「『選べるケーキ作りキット』に関しては安価ですし売れると思います。しかし、クリスマスに店舗を閉めるのは流石に損害かと⋯⋯」
「店舗は閉めますが、店員の方には毎年の通りに忙しく働いて頂きたいと思ってます」
私はサンタクロース姿でクリスマスブーツに焼き菓子を入れて自宅まで配達するプランを説明した。
私の家はクリスマスに父がいなかった。
父は何かトラブルがあった時に対応できるよう、クリスマスはいつも会社に泊まり込んでいたのだ。
代わりにクリスマスにはサンタクロースがプレゼントを持って家に来た。
そのせいか、私は小学校四年生まで本当にサンタが存在すると信じていた。
配達範囲は半径二キロを考えている事を説明すると、松坂さんは興味深そうに頷いた。
「銀座店はかなり採算が取れると思います。ここからだと、勝どきのタワマン群も配達範囲ですよね。パーティールームでクリスマスパーティーをする所に呼ばれる事もありそうです。記念撮影をOKにするかなど、詳細を詰めた方が良さそうですね」
「逆に戸建ての多い地域は配達が大変になりそうですね。申し込みできる店舗は限った方が良いかも⋯⋯」
「それよりも、僕は配達料込みで千五百円が安すぎると思います。もっと、とれますよ。家にサンタが来るなんて、本来なら金持ちの家しかできないサービスですよね」
「サンタは良い子のところに来るんですよ。私は千五百円で良いと思います」
篠山洋菓子店が他店と差別化を図れるとしたら、「お得感」だ。
老舗の名前を使って金持ち相手の商売を始めたと思われてはいけない。
不祥事の後なので、あくまで謙虚に振る舞うべきだ。
『選べるケーキ作りキット』と『クリスマスブーツ』はどちらも事前申し込みを受け付けることで、受注生産ができる。
在庫が余って破棄するという損失が防げるのだ。
「少し心配なのは今、もう十月です。今から、今年のクリスマスの新しい宣伝をうつのですか?」
「まさか、そんな図々しい事はしません。全店休業のお知らせだけです」
「ふっ、それは、流石にニュースになるな。もしかして、ブレインを雇われましたか? 現社長の奥様のアイディアだとしたら凄いな」
松坂さんの指摘に私は自分の考えだと言い辛くなってしまった。私は篠山家の人間だが、株式会社篠山洋菓子店にとっては外部の人間だ。
篠山洋菓子店はトップダウン型の会社。それ故のデメリットもあるが、同時に何かを新しい事を決定する時のスピードは速い。
私はクリスマス商戦の後の年始のプランについても松坂さんに話した後、徐にどうしても気になる事について尋ねた。
「松坂さん。クリスマス商戦に関しては来週までには全店に通達できると思います。今、神奈川連合について知っている事を教えて頂けませんか?」
私の言葉に松坂さんの顔が急に険しくなった。
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。
四季
恋愛
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。