私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜

専業プウタ

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16.駐在コミュニティー

店を出ると、夜も遅いのに街は騒がしい。
芸能人にも慣れていそうな街なのに、通り過ぎる人の視線を感じる。
咲也が高身長でモデルのようなルックスをしているせいと、私が涙を流しているからだ。

「町田さん、私、もう貴方とは話すことはないの。菅野君にお祝いを言いに来たんじゃないの?」
「菅野が連絡をくれたんだ。久子が泣いてるって」

私は菅野君が私が咲也との別れにショックを受けて泣いたと勘違いされているようで訂正したくなった。
地獄の始まりは咲也との別れだが、私の涙は自分の甘さを嘆き悔しくて出ているものだ。

咲也に自分の人生を預けようとし、失敗して涙した。
父が亡くなり、今度はスバルに自分の人生を預けようとして失敗した。

家業があるのに一人娘の自分が継ぐことは考えず、あまり親の仕事に興味を持っていなかった。
「女」であるという甘えを持って、多くの責任から逃げてきた自分への後悔しかない。

「町田さん、もしかして、私が泣いているのを自分と別れたからって勘違いしてる?」
バッグからレースのハンカチを出して涙を抑える私を見て咲也は首を振る。

「俺は久子と別れたつもりはない」
ここに来て理解不能な事を言い出す彼には首を傾けるしかない。
首を傾け過ぎて、首がもげてしまいそうだ。

「私の事、駐在には連れて行けないって振ったよね?」
「先輩の奥さんが駐在中に精神を病んじゃってさ」
「私も駐在に帯同したら病むって?」

咲也の言葉に苦笑するしかない。どれだけ、か弱い女と思われているのだろう。

ふとショーウィンドーに映った自分と咲也を見る。
三十センチ近く身長が違う私たち。
私は確かに暗雲が立ち込め風も強い今、飛ばされていきそうだ。

その時、花火の大きな音がする。
本当に良くこんなにも今にも雨が降りそうな悪天候の中、花火を打ち上げたものだ。
ファンタジーランドなら、確実に花火の中止をアナウンスしている。
私は花火の音を不思議な感覚で聞いていた。

強い風で打ち上がった花火は、引火して火事を引き起こすかもしれない。

でも今は十月で、この花火はここで打たないと処分される可能性が高い。
花火を待っている人たち、花火を作った人、準備に関わってきた多くの人々。
今までの私なら多くの人の想いがあっても、リスクがあるなら花火は打つべきではないと思っていた。

石橋を叩くように渡ってきた人生だが、存在して当然だった父と町田咲也が消えると橋はあっさりと崩落。
本当に落ちない橋は自分で作らなければならなかったのだ。

『こんな風強いのに花火撃つんだね。雨も降りそうなのに』
通りすがりの人の声が耳に入る。

私はこの花火大会が問題なく終了することも、雨が降らないことも知っている。
しかし、花火の決行を決めた人間は知らないだろう。
安全な打ち上げ場所、風の強さはどれくらいまでなら平気か、入念に準備し最後は祈るように花火を打ち上げるのだ。
(私だってやってやるわ)

花火が打ち上がり始めたということは、今は二十時。
高いビルに囲まれて花火は見えないが、この花火はスバルと二度見た東京湾の花火。
一度目は結婚生活の始まりを告げ、二度目は私の命の終わりを告げた花火だ。

そして、三度目の今、ここに死神スバルはいない事に心からホッとしていた。

「久子みたいなお嬢様に駐在生活は耐えられないよ。俺がもっと出世してから妻としてついてくるならまだしも、人に頭とか下げた事ない久子が下っ端夫の妻としてやっていけるとは思えないんだ」
「人に頭下げた事あるよ。社会人になってから数え切れないくらい頭を下げてきたし、土下座だってした事がある」

遠野さんが重要資料を間違って他社に送信してしまい取引先を怒らせてしまった時に根津室長が土下座した。

私は土下座なんて今時する人がいるのかと思ったが、私も彼の隣で膝をついた。
派遣社員の失態を上司が詫びている。監督責任があった私も同じように詫びるべきだと思った。

その時の話も咲也にはしたはずだし、私が事務職でも夜遅くまで残り総合職と変わらぬ仕事を任されている事も話したはずだ。
そんな話もお嬢様の戯言と思われていたのだろうか。

西園寺部長は部長の立場でありながら、事務職の私の仕事ぶりを見てくれていた。
それなのに、十年も付き合った男からは何にもできないお嬢様だと思われている。

「そんな話、確かにしてたよな。でも、俺、久子には頭を下げたりして欲しくないんだ。今の俺だと下っ端としていく事になるから、久子はずっと周りの奥さんに気を遣って家来みたいな生活をしなくちゃならない」
「ははっ、家来か⋯⋯」
夫の上下関係が妻たちの上下関係にそのまま影響する駐在生活。

男たちから見ればくだらないやり取りかもしれないが、妻たちが夫が居心地よく働く為にする気遣いはくだらないのだろうか。
夫の為に人脈を築いたり、苦手な人との関係を良好にしたり上手く立ち回れる自信が私にはあった。
彼が思い遣ってくれていたのは分かったが、「久子にはできない」とバカにされているようで見返したくなる。

「でもさ、今、日本で篠山洋菓子店が叩かれてる現状を見ると、久子を連れてシンガポールに行った方が良い気がして来たんだ」
「私と結婚する気はなかったんじゃないの? 責任感で結婚したくないって言ってたじゃない」

「シンガポールから戻ったら久子と結婚するつもりだった」

今頃、何故彼が責任感で結婚したくないなどと私を突き放したのか理解する。
彼は私には下っ端商社マンの駐在妻は荷が重く、妻の任を任せられないと言いたかったのだ。

実際、駐在コミュニティーにはカーストが存在する。

大使の妻が一番上で、商社マンなどサラリーマンの妻の地位は低い。
だから何だというのだろう。私とて社会に出て上下関係は経験してきた。
きっと咲也はコネ入社の私はどうせ気を遣われ過ごしていたと思っていたのだ。

私の愚痴を聞いて共感してくれていると思っていたが勘違いで、女の話など適当に相槌を打てば良い程度に考えられていたのかもしれない。

「町田さんと結婚? それは、無理だよ。私、もう他の男と結婚したから」

私の言葉に今まで見たことのないような驚愕した表情で咲也は固まった。
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