18 / 20
18.お金目当て
しおりを挟む「えっ? 結婚? 俺と別れたばかりなのに? お父様が亡くなったばかりなのに?」
悪気はないのかもしれないが、咲也が咄嗟に発した言葉に私は少なからず傷ついた。
私は咲也と結婚するつもりで、十年付き合ってきた。
父が亡くなったばかりで入籍した私を彼は責めてるのだろうか。
「そうだよ。もう、私と町田さんはなんの関係もない他人だから。既婚者に声なんてかけてないで、急に結婚する気になったなら他の女を探してね」
急に咲也が私の手首を力強く握ってくる。
「冗談言うなよ。俺は、久子と結婚すると思って、ずっと付き合ってきたのに⋯⋯」
その真剣な瞳に思わず射抜かれそうになった。
(久しぶりにドキッとさせて貰ったわ、やっぱりイケメンね)
彼は私を甘く見過ぎだし、自分は私に恋もしたことがない癖に深く愛されている自覚を持っている。
私には永遠を感じさせる安心感をくれなかった癖にズルい男だ。
三年、五年待たしても、私は誰の女にもなっていないと思われていたのだ。
「私もそう思って付き合ってきたよ。でも、責任持てないから別れるって言ったのは誰だった?」
「別れるとは言ってない! 今は結婚できないって言ったんだ。結婚したのに、駐在に連いて行かなかったら久子が叩かれるだろ」
彼は私を庇っているつもりかもしれないが、私は彼に何にもできないお嬢様と思われていたのが辛い。
それは私が母に対して思っている感情と同じだ。
「何を今更、そもそも、私はあの時点で結婚しなかったら別れると言ったはずだよ。どうして、私が自分を何年も待っていると思うの? とっくに町田さんへの恋心も冷めてるのに無理に決まってるでしょ」
「恋心が冷めてる? そんなはず⋯⋯」
「そもそも、町田さんは私に恋愛感情も持ったことないよね」
咲也は元々恋愛感情というものが分からないと言っていた。
そんな彼に「女避けに私と付き合ってみない?」と提案した大学一年の秋。
受け入れられて一ヶ月後に、「本当は咲也に恋してあんな提案をした」と自白した私を彼はヨシヨシした。
「恋愛感情⋯⋯よく分からないけど、久子は俺にとって家族のようなものだったから」
「そうだね。もう二年くらいはキスもしてなかったもんね。私もちょうど良かったよ。町田さんのルックスに一目惚れしたけれど、恋心なんて一ヶ月で消えたもの。でも、結婚するには良いと思って付き合い続けていただけ」
私の恋心は本当に付き合って一ヶ月で消えた。
学部も同じで毎日のように顔を合わせていたせいか、イケメンも見慣れてしまった。
ただ、彼は浮気をできるような男でもなければ、社交的で人当たりも良く結婚相手として合格点だった。
篠山家の一人娘の私は町田咲也を結婚相手としても繋ぎ止めておきたかった。
私の夫になる男は父に何かあれば、篠山洋菓子店の跡を継げるような優秀な男でないといけない。
町田咲也ほど私の結婚相手として適任な男はいなかった。
彼に対しての恋愛感情は消えても、愛情のような気持ちがあったのも確かだ。
私は専業主婦の母を見てきたこともあり、女の自分が跡を継ぐ事は全く考えていなかった。
でも、父が亡くなり母が篠山洋菓子店を継いだ今、その跡を継ぐのは自分だと思っている。
「男を頼る」という私の甘い考えが、全てを狂わせたのが悔しい。
私に実家の家業を継ぐ気概があれば、咲也の駐在に合わせて結婚を迫り振られることもなかった。
咲也も父もいないと思うと、突然現れた経済力のあるスバルに縋る。
スバルとの結婚が失敗だったことは明白だ。
「酷くないか? ずっと、そんな気持ちで俺といたのかよ。結婚したいって言ってたのは、俺のこと好きだったからじゃなかったのかよ」
突然、被害者ヅラをしてくる咲也には呆れるしかない。
彼は常に女性に付き纏われる人生を送っていたから、自分に惚れていない女が存在することが想像できない。
自分は私に一度も恋していない癖に狡い男だ。
「違うよ。町田さんが一流商社に就職したし、安易に起業したいとか言い出さない安定思考だったからだよ。私、経済的に苦労する生活を想像できないもの。町田さんが何にもできないお嬢様と結婚を考えていたのは、財産目当て?」
極端に彼を突き放す言い方をしたが、自分の気持ちを正直に突き詰めればそういう事だ。
一緒にいて家族のようで浮気もしない上に、安定した生活を得られる。
私は社長令嬢として育ったが、会社を優先する父に寂しさも感じていた。
社長というのは常に従業員の家庭にも責任を持つ。
だから、私は安定した一流企業の会社員と結婚するのが実は一番幸せなのではないかと打算的にも考えていたのだ。
打算的だったのは咲也も同じだ。
私に対する恋心もいないが、浮気性でもなければ変にベタベタしない私は彼にとって居心地が良かった。
「何もできないお嬢様を守る自分」というのは彼の庇護欲を満たしていたかもしれない。
「財産目当てな訳ないだろ! 俺が一生守っていくのは久子だって、ずっと思ってたよ」
咲也が私を突如骨が折れるくらい強く抱きしめてきた。
(何にもできないお嬢様って方は否定しないのね)
咲也が金目当てでないのは本当だろう。
私は散々逆玉狙いの男に言い寄られてきたから、その辺りは見極める事ができる。
「離してくれる? 今の私は咲也に対する気持ちもない上に結婚してるの!」
「離さない! 本当に結婚なんかしたのかよ。一体、どこの誰と!」
「久子!」
突然したスバルの声に私は慌てて咲也を突き放す。
(どうして、私がここにいるって分かったの?)
声のする方向を見て咲也が息を呑んだのが分かった。
自分にも勝るとも劣らないイケメンがいる事に驚いたのだろうか。
スバルが何故ここにいるのか考えるだけで怖いが、私は彼に駆け寄ろうと咲也の身体をすり抜けようとした。
突如、私の手首を掴んでくる咲也に心臓が早くなる。
「町田さん、離して! ちょっと本当に離してよ! 咲也!」
咲也は何も分かっていない。今、目の前に来た私の夫は人が殺せる男だという事を⋯⋯。
10
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか
れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。
婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。
両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。
バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。
*今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
夫に愛想が尽きたので離婚します
しゃーりん
恋愛
次期侯爵のエステルは、3年前に結婚した夫マークとの離婚を決意した。
マークは優しいがお人好しで、度々エステルを困らせたが我慢の限界となった。
このままマークがそばに居れば侯爵家が馬鹿にされる。
夫を捨ててスッキリしたお話です。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる