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19.彼氏ヅラ
「こんばんは。町田咲也さん。久子が長くお世話になりました。この度、彼女は僕と結婚したので貴方はもう不要ですよ」
スバルの言葉に背筋がひやっと冷たくなる。
スバルは咲也の名前をフルネームで知っていて、それを隠そうともしていない。
ふと横の道路を見ると、沢山の車の中に空車のタクシーが見えた。
(今すぐタクシーを止めて逃げたい⋯⋯)
「もうご存知かもしれませんが、三池商事エネルギー事業部の町田咲也と申します。久子さんとは大学時代より十年お付き合いしていました」
咲也は苦笑いしながら、スッと名刺をスバルに差し出す。
明らかに警戒した表情をしている彼を見て、私はスバルの言動の違和感に気がついた。
私はスバルに咲也の話をした事がない。
(長くお世話になった? スバルは私と咲也が付き合ったこと知ってる?)
おそらく咲也も初対面の自分に対するスバルの敵意と言動へ違和感を感じたのだろう。
「富永スバルと申します。表参道で整形美容外科を経営しています」
スバルが咲也を見定めるように名刺を差し出す。
一瞬、私の頭に商社マンでもドクターには負けると言った遠野さんの言葉がよぎった。
私は思わず不安な気持ちで咲也を覗き見る。
私は何にもできないお嬢様じゃないところを見せて彼を見返したいとは思った。
決してスペックの高い男と結婚して彼を見返したかった訳ではない。
先程、悔しさもあり経済的安定から咲也と結婚しようとしたと言った私。
全てが嘘ではないけれど、本当でもない。
私も、咲也と一緒の時間が居心地が良いから彼と結婚したいと思っていた。
「冨永さん、久子さんとの結婚はいつしたのですか? お付き合いはいつから? すみません、どうしても気になってしまって」
「入籍は今日したばかりです。交際0日婚というやつですね」
「0日婚?」
咲也は鋭い目つきのまま薄く笑う。
「そうなんです。新婚なので、もう彼女を引き取っても良いですか?」
スバルが微笑みが怖い。
私は彼に連行されたら、また殺される気がして身震いがした。
「冨永さんは先に帰っててください。俺、来週には渡星するんで、久子さんには積もる話があるんです」
咲也は私のバッグを取り上げスバルに渡すと、タクシーを止め私を押し込み「すぐに発進してください」と運転手に告げた。
初老の運転手は戸惑いつつもアクセルを踏む。
私はバッグミラー越しに、睨みつけてきているスバルを見て再び身震いする。
そんな私を咲也がそっと抱き寄せてきて、私は慌てて彼を押し返した。
「町田さん! なんで、バッグ渡しちゃったのよ。あの中にスマホも財布も入ってるんですけど!」
「多分、あの中にGPS仕込まれてるから渡した。夫? まじで、あんな危ないのと結婚したの? どう考えてもストーカーだろアイツ」
咲也の指摘に心臓が小動物のように早くなり、思わず苦しくなって胸を抑えた。
小学生の頃に私に恋したと言っていたスバル。
私には彼との記憶はなかったが、私にとって彼は救世主だった。
十年付き合った男に振られ、父の死を悲しむ間もなく篠山洋菓子店の立て直し問題が浮上。
実家の家業は傾いた上に裕福だと思ってた実家には借金があった。
世の中には金のある不幸と金のない不幸があると聞いた事があるが、金のない生活を知らない私は不安で仕方がなかった。
そんな私の不安を解消してくれたのが、スバルとの結婚だった。
スペックで男を選んだ罰で、私はスバルから殺され続けているのだろうか。
スバルが私に執着しているのは確かで、明らかに私が彼を愛さない事に腹を立てて殺しにきている。
「ストーカーセンサー、相変わらず冴えてるね、咲也は⋯⋯」
「やっと名前で呼んだか。十年も付き合ってきたのに、急に他人行儀になって実は嫌な奴だったんだな、久子は」
咲也は私の髪をくしゃくしゃとかき混ぜだした。
私たちは同じ年なのに、彼はいつも私を何処か子供扱いする。
(何にもできないお嬢様と思われてたんだから、当然か⋯⋯)
私がパシッと彼の手を振り払ったところで、タクシーの運転手がバックミラー越しに困ったように視線を送ってきてるのが分かった。
「運転手さん、横浜方面までお願いします」
咲也が行き先を伝えると同時に私は顔を顰める。
「咲也の家なんか行かないよ」
「そうだな。きっと、俺の家も富永スバルにはバレてるだろうな。本当にアイツと結婚したの?」
「そうだよ。うちに借金があって、それを返してくれたから結婚した」
自分で言っていて情けなくなる。まるでお金で身売りしたような話だ。
「はぁ? 幾らだよ」
「三千万円」
「たったそれだけで? いつから、篠山久子はそんな安い女になったんだよ」
頭を抱える咲也に恥ずかしさよりも怒りを感じた。
私の自尊心を根こそぎ削いだのは十年も付き合いながら、私を振った彼自身だ。
「とにかく、もう、咲也には関係のない話だから。確かに慌てて結婚して後悔してるから、離婚したいと思ってるよ。できれば慰謝料も欲しい」
「慰謝料って結婚したばかりで、即離婚して貰える訳ないだろ。本当に世間知らずなんだから」
咲也は再び私をさらっと馬鹿にした。
十年一緒にいた彼から「世間知らずで何もできない」と思われていた事が辛い。
そんな風に私を見ていた男と結婚なんてしなくて良かったとさえ思う。
三千万円はスバルから二度殺された慰謝料だと思えば、離婚を申し出る罪悪感も消える。
でも、本当はしっかりお金を返して、二度と彼と関わらないようにしたい。
「離婚不受理届も出されてるだろうな」
「咲也ってば、何を言ってるの? 勝手に離婚届なんて出さないよ。それ私文書偽造罪だし! ちゃんと、スバルと話して⋯⋯」
言葉が続かなくなった私を咲也が心配そうに見つめている。
二度目やり直しにおいては、スバルの気持ちを蔑ろにした。
でも、彼に初めに殺されるまでは私は彼を愛そうと努力し尽くした。
ふと今更、私を振っておきながら今更付き纏ってくる眼前の男を見た。
人が振り向く程のモテ男で自慢の彼氏だった。
私も付き合って一年くらいには咲也と結婚を意識していた。
おそらく彼と私の関係性が家で見てきた父と母の関係性に似ていたからだ。
私はもう咲也との未来を描けない。
コネ入社で何一つ苦労していないお嬢様と見られてきたが、私の頑張りを見てくれた人がいた。
頼れる父がいなくなり、支えたい母がいて、やりたい仕事がある。
どこかでお金を稼ぐのは男の仕事だと思っていたけれど、今、男はいらない。
突然、振ってきたり付き纏う男も、溺愛してきたかと思えば殺してくる男もうんざり。
私は自分の力で稼いで、知恵を絞って篠山洋菓子店も立て直す。
「あの、お客さん。横浜駅で良いんですか?」
タクシーの運転手が再び困ったような視線をバックミラー越しに向けてくる。
窓の外を見ると、都市銀行の横浜支店が見えた。
篠山洋菓子店の横浜店はこの近くだ。明日は休みだし、神奈川連合の支配下だという横浜店を視察した方が良いだろう。
「いえ、みなとみらいまでお願いします。久子、家はバレてるかもしれないから、ホテルに泊まろう」
当たり前のように彼氏ヅラをしている男を私は睨みつけた。
スバルの言葉に背筋がひやっと冷たくなる。
スバルは咲也の名前をフルネームで知っていて、それを隠そうともしていない。
ふと横の道路を見ると、沢山の車の中に空車のタクシーが見えた。
(今すぐタクシーを止めて逃げたい⋯⋯)
「もうご存知かもしれませんが、三池商事エネルギー事業部の町田咲也と申します。久子さんとは大学時代より十年お付き合いしていました」
咲也は苦笑いしながら、スッと名刺をスバルに差し出す。
明らかに警戒した表情をしている彼を見て、私はスバルの言動の違和感に気がついた。
私はスバルに咲也の話をした事がない。
(長くお世話になった? スバルは私と咲也が付き合ったこと知ってる?)
おそらく咲也も初対面の自分に対するスバルの敵意と言動へ違和感を感じたのだろう。
「富永スバルと申します。表参道で整形美容外科を経営しています」
スバルが咲也を見定めるように名刺を差し出す。
一瞬、私の頭に商社マンでもドクターには負けると言った遠野さんの言葉がよぎった。
私は思わず不安な気持ちで咲也を覗き見る。
私は何にもできないお嬢様じゃないところを見せて彼を見返したいとは思った。
決してスペックの高い男と結婚して彼を見返したかった訳ではない。
先程、悔しさもあり経済的安定から咲也と結婚しようとしたと言った私。
全てが嘘ではないけれど、本当でもない。
私も、咲也と一緒の時間が居心地が良いから彼と結婚したいと思っていた。
「冨永さん、久子さんとの結婚はいつしたのですか? お付き合いはいつから? すみません、どうしても気になってしまって」
「入籍は今日したばかりです。交際0日婚というやつですね」
「0日婚?」
咲也は鋭い目つきのまま薄く笑う。
「そうなんです。新婚なので、もう彼女を引き取っても良いですか?」
スバルが微笑みが怖い。
私は彼に連行されたら、また殺される気がして身震いがした。
「冨永さんは先に帰っててください。俺、来週には渡星するんで、久子さんには積もる話があるんです」
咲也は私のバッグを取り上げスバルに渡すと、タクシーを止め私を押し込み「すぐに発進してください」と運転手に告げた。
初老の運転手は戸惑いつつもアクセルを踏む。
私はバッグミラー越しに、睨みつけてきているスバルを見て再び身震いする。
そんな私を咲也がそっと抱き寄せてきて、私は慌てて彼を押し返した。
「町田さん! なんで、バッグ渡しちゃったのよ。あの中にスマホも財布も入ってるんですけど!」
「多分、あの中にGPS仕込まれてるから渡した。夫? まじで、あんな危ないのと結婚したの? どう考えてもストーカーだろアイツ」
咲也の指摘に心臓が小動物のように早くなり、思わず苦しくなって胸を抑えた。
小学生の頃に私に恋したと言っていたスバル。
私には彼との記憶はなかったが、私にとって彼は救世主だった。
十年付き合った男に振られ、父の死を悲しむ間もなく篠山洋菓子店の立て直し問題が浮上。
実家の家業は傾いた上に裕福だと思ってた実家には借金があった。
世の中には金のある不幸と金のない不幸があると聞いた事があるが、金のない生活を知らない私は不安で仕方がなかった。
そんな私の不安を解消してくれたのが、スバルとの結婚だった。
スペックで男を選んだ罰で、私はスバルから殺され続けているのだろうか。
スバルが私に執着しているのは確かで、明らかに私が彼を愛さない事に腹を立てて殺しにきている。
「ストーカーセンサー、相変わらず冴えてるね、咲也は⋯⋯」
「やっと名前で呼んだか。十年も付き合ってきたのに、急に他人行儀になって実は嫌な奴だったんだな、久子は」
咲也は私の髪をくしゃくしゃとかき混ぜだした。
私たちは同じ年なのに、彼はいつも私を何処か子供扱いする。
(何にもできないお嬢様と思われてたんだから、当然か⋯⋯)
私がパシッと彼の手を振り払ったところで、タクシーの運転手がバックミラー越しに困ったように視線を送ってきてるのが分かった。
「運転手さん、横浜方面までお願いします」
咲也が行き先を伝えると同時に私は顔を顰める。
「咲也の家なんか行かないよ」
「そうだな。きっと、俺の家も富永スバルにはバレてるだろうな。本当にアイツと結婚したの?」
「そうだよ。うちに借金があって、それを返してくれたから結婚した」
自分で言っていて情けなくなる。まるでお金で身売りしたような話だ。
「はぁ? 幾らだよ」
「三千万円」
「たったそれだけで? いつから、篠山久子はそんな安い女になったんだよ」
頭を抱える咲也に恥ずかしさよりも怒りを感じた。
私の自尊心を根こそぎ削いだのは十年も付き合いながら、私を振った彼自身だ。
「とにかく、もう、咲也には関係のない話だから。確かに慌てて結婚して後悔してるから、離婚したいと思ってるよ。できれば慰謝料も欲しい」
「慰謝料って結婚したばかりで、即離婚して貰える訳ないだろ。本当に世間知らずなんだから」
咲也は再び私をさらっと馬鹿にした。
十年一緒にいた彼から「世間知らずで何もできない」と思われていた事が辛い。
そんな風に私を見ていた男と結婚なんてしなくて良かったとさえ思う。
三千万円はスバルから二度殺された慰謝料だと思えば、離婚を申し出る罪悪感も消える。
でも、本当はしっかりお金を返して、二度と彼と関わらないようにしたい。
「離婚不受理届も出されてるだろうな」
「咲也ってば、何を言ってるの? 勝手に離婚届なんて出さないよ。それ私文書偽造罪だし! ちゃんと、スバルと話して⋯⋯」
言葉が続かなくなった私を咲也が心配そうに見つめている。
二度目やり直しにおいては、スバルの気持ちを蔑ろにした。
でも、彼に初めに殺されるまでは私は彼を愛そうと努力し尽くした。
ふと今更、私を振っておきながら今更付き纏ってくる眼前の男を見た。
人が振り向く程のモテ男で自慢の彼氏だった。
私も付き合って一年くらいには咲也と結婚を意識していた。
おそらく彼と私の関係性が家で見てきた父と母の関係性に似ていたからだ。
私はもう咲也との未来を描けない。
コネ入社で何一つ苦労していないお嬢様と見られてきたが、私の頑張りを見てくれた人がいた。
頼れる父がいなくなり、支えたい母がいて、やりたい仕事がある。
どこかでお金を稼ぐのは男の仕事だと思っていたけれど、今、男はいらない。
突然、振ってきたり付き纏う男も、溺愛してきたかと思えば殺してくる男もうんざり。
私は自分の力で稼いで、知恵を絞って篠山洋菓子店も立て直す。
「あの、お客さん。横浜駅で良いんですか?」
タクシーの運転手が再び困ったような視線をバックミラー越しに向けてくる。
窓の外を見ると、都市銀行の横浜支店が見えた。
篠山洋菓子店の横浜店はこの近くだ。明日は休みだし、神奈川連合の支配下だという横浜店を視察した方が良いだろう。
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