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20.結婚の重み
「運転手さん。私、ここで降ります」
私の声に運転手が車をさっと寄せて止めてくれる。
驚く咲也を尻目に外に出ると、冷たい秋の夜風が私の身を震わした。
ふと温もりを感じると、咲也が私の肩に自分のスーツのジャケットを被せてた。
「みなとみらいのホテル予約したから行こう。口コミによると朝食が美味しいんだって。久子、ホテルは朝食が重要だって言ってただろ」
私に優しく微笑みかける咲也。
彼がタクシーでちょこちょことスマホをいじってると思っていたが、どうやらホテルの予約をしていたらしい。
流石、社内で噂になるくらい仕事の出来るイケメン町田咲也だ。
「私、結婚してるって言ったよね。町田咲也さんとは、もう関わりになる気はないの!」
「三千万円、俺があの男に返すから。俺と一緒にシンガポールに行こう。また、町田さん呼びに戻ってるし、意地張らないでくれよ。今の状況は辛いだろ」
私に言い聞かせるように諭してくる咲也。
辛くても逃げられない時があるし、逃げたくない。
私は今追い込まれてる母を支えたいし、父が大切にしてきた篠山洋菓子店を守りたい。
「私、再来週には総合職に転向する試験を受けるの」
「総合職に転向? 推薦が必要なはずだけど⋯⋯」
私は十年も一緒にいた男に何処まで無能だと思われてるのか考えるだけで虚しさを超えて腹正しい。
「西園寺奈々部長が推薦状を書いてくれた」
「あんな上昇志向の塊みたいな女に唆されるなんて⋯⋯。久子に商社の総合職なんて無理だよ」
十年付き合った男に無能扱いされる私に比べて、六千人以上いる社員の中でも名前が名刺になっている西園寺部長。
女が上に行きたいと思うと、男はうざがる。
女が本当に上に行くと、女を使ったと噂される。
でも、そんな噂もねじ伏せる程に西園寺部長は仕事ができる人だ。
近くで見ていた私は彼女を尊敬していたし、彼女は皆と同じように私をコネ入社と蔑んでいると思っていた。
私はどんなに頑張っても、コネ入社のお嬢様と揶揄され続けた。
就職活動という皆が苦労したステップを私は踏んでいない。
認められようと必死になって能力を見せても誰も認めてくれないと諦めていた。
私も結婚したら仕事を辞めるつもりだったから、別に構わなかった。
胸が苦しくなるけれど、私は憧れていた女性が応援してくれていることを力に変えたいと思った。
「別に町田さんの私への評価には興味がない。私を無能だと思ってるなら、どうぞもっと有能な人をシンガポールに連れていけばって思ってるだけ」
私が珍しく棘のある返しをして、咲也は目を見開いた。
「有能だから一緒にいたいんじゃなくて、一緒にいてホッとするから俺は篠山久子を連れて行きたい」
どうして、その言葉をあの夜に掛けてくれなかったのか。
考えるだけで泣きそうになった。十年付き合って結婚を考えていた男からのプロポーズを私はあの夜待ち侘びていた。
急に溢れそうになる涙を堪える私を見つめながら、咲也が続ける。
「久子のお父さんにも、久子は俺に任せてくださいって亡くなる前に伝えたかったな」
私の涙の膜を見て、咲也の瞳も潤み出す。
行き交う人が私たちをチラチラ見るのは、咲也が映画俳優のようにイケメンだからだろう。
でも、私たちの物語はこの先交わることはない。
彼は父の葬儀に来てくれたらしいが、大勢の弔問客の中で私は彼に気が付かなかったし、彼も私に気づかなかった。
そのような中、私を見つけたのがスバルだ。
「もう、そんな機会はないよ」
冷めなように言い放つ私の手を咲也が握ってくる。
「あの夜のことを後悔してばかりなんだ。久子にプロポーズして、夜遅くても挨拶に伺えばよかった。もしかしたら、その時には久子のお父さん亡くなっていたかもしれないけど⋯⋯」
私は咲也の言葉に恐ろしい可能性に気がついた。
朝、ベッドで遺書を残して発見された父の亡骸。
司法解剖もしていないから、正確に亡くなった時間は分からない。
父を失ったショックで私も盲目になっていた。
結局、正確に身内でも分かっている事実は、マスコミ発表された「朝、自宅で遺体として発見された」ことだけなのだ。
(死んだ時刻も、本当に入眠剤のオーバードーズが死因なのかも分からないのね)
「町田さんには関係のない話だけど、私はお父さんは自殺じゃないって思ってる」
「えっ?」
「真相を確かめたいし、お父さんが守ってきた会社も私が守るの。私には日本でやりたい事、やらなくちゃいけない事がある。それに、私の未来にもう町田咲也はいない!」
私は戸惑いを隠せない彼の手を振り解こうとすると、ぐいっと手首を捕まれ引き寄せられる。
突然、唇が重なり深いものとなっていく。
咲也から二年ぶりに受けるキスは、今までにないくらい熱くて頭が朦朧とした。
拘束を解こうにも自由にさせてくれなくて、どうにもならない。
息をする合間に咲也に問いかける。
「な、なんで?」
彼の視線が何かを見つめていて、その視線の先を彼のキスの猛追を交わしながら見た。
(スバル! どうしてここに!?)
そこには私を二度殺した夫、冨永スバルがいた。
「冨永スバルさん、久子と別れてください。ご存知の通り、十年前から彼女はずっと俺の女なんです」
挑戦的にスバルを睨みながら口を開く、町田咲也。
彼もまた私に特別な執着を抱いていた事をこの時の私は知らなかった。
スバルが無言でこちらに近付いてくる。
もう夜なのに繁華街だからか、明るくて人目がある。
周りが私たちに注目しているのが分かった。
美形二人に取りあわれているように見える、子綺麗にしているけど特段美人でもない女。
周囲からの羨望の視線を感じるが、どうかこの二人の男を引き取って欲しい。
私はもう町田咲也も富永スバルも必要ないのだ。
今必要なのは愛ではなく、守りたいものを守れる力!
(スバルもこんなに人がいるところで、殺しに来たりはしないよね)
そもそも、どうやって私の場所が分かったのか。
タクシーが追跡されてた可能性もあるが、何だか嫌な予感がする。
私は咄嗟に膝を曲げてパンプスの裏を覗き込んだ。
以前、咲也のファンの子が彼の靴の裏にGPSを仕込んでいた事があったのだ。
(ビンゴ! なんか、ついてるし⋯⋯GPS? 盗聴器?)
いつからこのパンプスに怪しい機器が仕込まれていたのか。
私はこの黒いパンプスを父の葬儀でも履いていた。
私が靴に気を取られている間に、気配で自分がスバルの射程距離に入っているのが分かった。
「ふふっ、町田さんは面白い方ですね。十年付き合おうが、貴方は他人。僕は久子の夫です」
スッと左手をスバルに取られ、薬指に結婚指輪を嵌められた。
私の声に運転手が車をさっと寄せて止めてくれる。
驚く咲也を尻目に外に出ると、冷たい秋の夜風が私の身を震わした。
ふと温もりを感じると、咲也が私の肩に自分のスーツのジャケットを被せてた。
「みなとみらいのホテル予約したから行こう。口コミによると朝食が美味しいんだって。久子、ホテルは朝食が重要だって言ってただろ」
私に優しく微笑みかける咲也。
彼がタクシーでちょこちょことスマホをいじってると思っていたが、どうやらホテルの予約をしていたらしい。
流石、社内で噂になるくらい仕事の出来るイケメン町田咲也だ。
「私、結婚してるって言ったよね。町田咲也さんとは、もう関わりになる気はないの!」
「三千万円、俺があの男に返すから。俺と一緒にシンガポールに行こう。また、町田さん呼びに戻ってるし、意地張らないでくれよ。今の状況は辛いだろ」
私に言い聞かせるように諭してくる咲也。
辛くても逃げられない時があるし、逃げたくない。
私は今追い込まれてる母を支えたいし、父が大切にしてきた篠山洋菓子店を守りたい。
「私、再来週には総合職に転向する試験を受けるの」
「総合職に転向? 推薦が必要なはずだけど⋯⋯」
私は十年も一緒にいた男に何処まで無能だと思われてるのか考えるだけで虚しさを超えて腹正しい。
「西園寺奈々部長が推薦状を書いてくれた」
「あんな上昇志向の塊みたいな女に唆されるなんて⋯⋯。久子に商社の総合職なんて無理だよ」
十年付き合った男に無能扱いされる私に比べて、六千人以上いる社員の中でも名前が名刺になっている西園寺部長。
女が上に行きたいと思うと、男はうざがる。
女が本当に上に行くと、女を使ったと噂される。
でも、そんな噂もねじ伏せる程に西園寺部長は仕事ができる人だ。
近くで見ていた私は彼女を尊敬していたし、彼女は皆と同じように私をコネ入社と蔑んでいると思っていた。
私はどんなに頑張っても、コネ入社のお嬢様と揶揄され続けた。
就職活動という皆が苦労したステップを私は踏んでいない。
認められようと必死になって能力を見せても誰も認めてくれないと諦めていた。
私も結婚したら仕事を辞めるつもりだったから、別に構わなかった。
胸が苦しくなるけれど、私は憧れていた女性が応援してくれていることを力に変えたいと思った。
「別に町田さんの私への評価には興味がない。私を無能だと思ってるなら、どうぞもっと有能な人をシンガポールに連れていけばって思ってるだけ」
私が珍しく棘のある返しをして、咲也は目を見開いた。
「有能だから一緒にいたいんじゃなくて、一緒にいてホッとするから俺は篠山久子を連れて行きたい」
どうして、その言葉をあの夜に掛けてくれなかったのか。
考えるだけで泣きそうになった。十年付き合って結婚を考えていた男からのプロポーズを私はあの夜待ち侘びていた。
急に溢れそうになる涙を堪える私を見つめながら、咲也が続ける。
「久子のお父さんにも、久子は俺に任せてくださいって亡くなる前に伝えたかったな」
私の涙の膜を見て、咲也の瞳も潤み出す。
行き交う人が私たちをチラチラ見るのは、咲也が映画俳優のようにイケメンだからだろう。
でも、私たちの物語はこの先交わることはない。
彼は父の葬儀に来てくれたらしいが、大勢の弔問客の中で私は彼に気が付かなかったし、彼も私に気づかなかった。
そのような中、私を見つけたのがスバルだ。
「もう、そんな機会はないよ」
冷めなように言い放つ私の手を咲也が握ってくる。
「あの夜のことを後悔してばかりなんだ。久子にプロポーズして、夜遅くても挨拶に伺えばよかった。もしかしたら、その時には久子のお父さん亡くなっていたかもしれないけど⋯⋯」
私は咲也の言葉に恐ろしい可能性に気がついた。
朝、ベッドで遺書を残して発見された父の亡骸。
司法解剖もしていないから、正確に亡くなった時間は分からない。
父を失ったショックで私も盲目になっていた。
結局、正確に身内でも分かっている事実は、マスコミ発表された「朝、自宅で遺体として発見された」ことだけなのだ。
(死んだ時刻も、本当に入眠剤のオーバードーズが死因なのかも分からないのね)
「町田さんには関係のない話だけど、私はお父さんは自殺じゃないって思ってる」
「えっ?」
「真相を確かめたいし、お父さんが守ってきた会社も私が守るの。私には日本でやりたい事、やらなくちゃいけない事がある。それに、私の未来にもう町田咲也はいない!」
私は戸惑いを隠せない彼の手を振り解こうとすると、ぐいっと手首を捕まれ引き寄せられる。
突然、唇が重なり深いものとなっていく。
咲也から二年ぶりに受けるキスは、今までにないくらい熱くて頭が朦朧とした。
拘束を解こうにも自由にさせてくれなくて、どうにもならない。
息をする合間に咲也に問いかける。
「な、なんで?」
彼の視線が何かを見つめていて、その視線の先を彼のキスの猛追を交わしながら見た。
(スバル! どうしてここに!?)
そこには私を二度殺した夫、冨永スバルがいた。
「冨永スバルさん、久子と別れてください。ご存知の通り、十年前から彼女はずっと俺の女なんです」
挑戦的にスバルを睨みながら口を開く、町田咲也。
彼もまた私に特別な執着を抱いていた事をこの時の私は知らなかった。
スバルが無言でこちらに近付いてくる。
もう夜なのに繁華街だからか、明るくて人目がある。
周りが私たちに注目しているのが分かった。
美形二人に取りあわれているように見える、子綺麗にしているけど特段美人でもない女。
周囲からの羨望の視線を感じるが、どうかこの二人の男を引き取って欲しい。
私はもう町田咲也も富永スバルも必要ないのだ。
今必要なのは愛ではなく、守りたいものを守れる力!
(スバルもこんなに人がいるところで、殺しに来たりはしないよね)
そもそも、どうやって私の場所が分かったのか。
タクシーが追跡されてた可能性もあるが、何だか嫌な予感がする。
私は咄嗟に膝を曲げてパンプスの裏を覗き込んだ。
以前、咲也のファンの子が彼の靴の裏にGPSを仕込んでいた事があったのだ。
(ビンゴ! なんか、ついてるし⋯⋯GPS? 盗聴器?)
いつからこのパンプスに怪しい機器が仕込まれていたのか。
私はこの黒いパンプスを父の葬儀でも履いていた。
私が靴に気を取られている間に、気配で自分がスバルの射程距離に入っているのが分かった。
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