浮気な婚約者を捨て愛を知る。

専業プウタ

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9.らしくない感情

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「御者はどうしてますか?」
私が前方の業者の様子を伺おうとすると、ジェイクに両手で目を塞がれた。

「殺されてる⋯⋯」

ジェイクの言葉に寒気がしてくる。私が浅はかだった。過去三回でエスメ(ノエル)の命が狙われなかったから気が抜けていた。今、ここには皇籍に復帰したジェイクがいる。感染症に掛かる恐れを危惧し不用心にも二人だけで領地に赴こうとしてしまった。
(彼が付いてくると分かっていれば、近衛騎士を同行させたのに⋯⋯)

「エスメ、馬車の中で目を閉じて待ってろ。直ぐに済ませてくるから」
「何をおっしゃっているのですか?」
ジェイクは私を置いて、外に出る。

「待ってください! 武器も持ってないのにきけんですわ」
ざっと見て三十人以上はいる暗殺者相手に武器もなく勝てる訳がない。
「武器なんて奪えば良いだろ。俺は義弟から婚約者を奪った男だぞ!」

馬車の扉が思いっきり閉められた。私はらしくもなくパニックになる。
「待って! まだ、貴方、私を奪えてないじゃない」
私は馬車の内側から扉を叩く、窓に血飛沫がかかり外が見えなくなった。

「全部私のせいだわ⋯⋯」
視界が歪む程に涙が溢れる。どうして、この事態を予測できなかったのだろう。暗殺者を雇ったのはグレンダ皇后である可能性が高い。ライナス皇帝が納得してもグレンダ皇后がジェイクの皇籍復帰を許すはずもない。

「開けて! この扉を開けて!」
私は外に出て何をするつもりなのだろう。なんの武力もない無力な情けない女。

どれくらい時間が経っただろう。馬車の扉が唐突に開く。

顔に血飛沫を浴びても、芸術作品のように美しいジェイクの顔がそこにあった。私は手を伸ばして彼の頬に触れる。彼は愛おしそうに私の手に自分の手を重ねてきた。

「そんな風に泣くなよ。そんなに俺が心配だった? これでも、第一騎士団の団長やってるんだぜ」

十歳でマヌエル・バベル公爵の養子に出されたジェイクは騎士としての訓練を受け始めた。皇族として護衛がつく生活をしていた彼が急に帝国の為に命を捨てる駒のように訓練するのはどんな気持ちだっただろう。

私を安心させるように、歯を見せてニカっと笑う彼に涙が止まらなくなる。

「全部私のせいですわ。この状況を予想できたはずなのに、私が浅はかでした」
「いや、命の狙われたのは俺のせいだよな。とにかく泣き止めよ。そんなに俺が心配? ほら、大丈夫。怪我なんてしてないから」

手を広げて私に全身を見せる彼にますます涙が溢れる。

「そんなに心配するなんて、もう俺の事好きになってない?」

的外れなジェイクの問いかけに私は思わず涙が止まる。それにしても、彼は私を好きにしようと試みてたつもりだったのだろうか。だとしたら、全く口説けてない、本当に見かけだけ女ったらしのウブな男だ。

「全く違います。ただ、悔しいんです。無力な私が! ジェイク様⋯⋯私も強くなりたい。剣術を教えてください」
私の言葉に何故か彼が吹き出した。

「まさかの悔し泣き? それより、こんな細腕じゃ剣も持てないぞ」

暗殺者から奪った剣を私の手に握らせる彼。私はその重さに驚きのあまり手が震えてしまった。

「重い! それにしても、この剣には何の剣紋もついてないのですね。これでは黒幕を引き摺り出せませんわ。暗殺者の服を脱がして、証拠となるものを探しましょう」

私は目に力を入れ涙を止め馬車を出て周りを見渡す。合計三十三人の黒装束の暗殺者は皆息絶えていた。

「エスメ、体が震えている。無理するな。尻尾は掴めないようにグレンダ皇后もしてるさ」
私の肩に手を置き、私を振り向かす彼を私は睨みつけた。彼が私の表情に驚いたような顔をしている。

「私は今自分の無力さに怒りのあまり震えているんです」
「⋯⋯エスメ。分かった、俺も協力するよ。領地に到着したら護身術を教えてやる。皇族時代に習ったものがあるんだ。だから、謎の感性症なんかに罹患するなよ」

私の肩をポンポン叩くと、ジェイクは黒装束の服を脱がせ始める。

彼は皇籍に復帰したのにまだ自覚がないらしい。私も彼があまりに親しみやすいので、無意識に呼び捨てしてしまっている。

「ジェイク皇子殿下、私がやりますわ。殿下はその血をまず拭いてください」

レースのハンカチを出して、彼の頬に当てると手首を掴まれた。

「皇子殿下だなんて呼ばないでくれ。敬称もいらない。ジェイクでいい。敬語もいらない」
彼のブルーサファイアの瞳が揺れている。興奮状態とはいえ、浅はかだった。皇籍復帰したから、命を狙われた。自覚していないはずない。
「ジェイク」
「エスメ」
私が名前を呼ぶと愛おしそうに呼び返して来る。彼の背景に転がる死体にどうしても目がいき、危機を乗り越えた恋人のような遣り取りをする気になれない。
「わたしが言えることではないけれどジェイク、油断は大敵よ。まだ、暗殺者が潜んでるかもしれないわ」
拘束されてない方の手で彼の唇の端の血を拭う。
「⋯⋯エスメ」
小さく呟くと顔を寄せて来るジェイク。
「ジェイク、早いところ出来ることをして、ここを立ち去りましょう。ガンガン脱がすわよ」
「エスメが脱がすのは俺の服だけにして」
軽口を叩いて私の心の緊張を解こうとする彼に微笑みを返す。

「くだらない冗談言ってないで急ぐわよ」
一人目の服を脱がすと胸に膨らみがあり、まさかの女。何故か彼が他の女の服を脱がすと考えると嫌な気分になる。
(この緊急時に何考えてるの? 私らしくない)
私は森の空気を吸い込み自分の心を正常に戻すと、暗殺者たちの服を淡々と脱がせ続けた。
「こいつらバベル帝国の人間じゃない可能性が高い。見覚えが全くない。他国の暗殺ギルドから雇ったゴロツキかもな。大して強くなかったし」

筋肉のつき方を見るに、しっかりと訓練を受けたような人間ばかりだった。私はその中の一人の褐色の肌の男の焦茶色の髪を掴む。目を開けたまま死んでいる男のヘーゼル色の瞳。身体的に皇后の出身であるリスカム王国の先住民の特徴を持っている。

私は落ちている剣を握り、その男の首を切ろうとした。
「ちょっと、何やって」
ジェイクが私の手首を握ってくる。

「リスラム王国の先住民よ。帝国に戻ったら、この男の首をグレンダ皇后の前に差し出して問い正すつもり」
私の言葉にジェイクが首を振った。私の握りしめた手から剣を奪うと、両手で私の頬を包んでくる。

「そんな事をしたら、エスメが狂ったという悪評がたつ」
「だから何? 奔放な悪女呼ばわりされて、もう評判など地に落ちてるわよ。証拠にはならなくても、首を前にしたら動揺してゲロるかもしれないわ」

彼の瞳に映る私は怒りに燃えてちっとも可愛げがない。彼には私に惚れてもらった方がやりやすいから、適度な愛嬌で落とそうと思ってたのに手遅れだ。

「ああ、もう!」
何を思ったのか、彼は急に私の骨が折れそうなくらい抱き締めてきた。

「何?」
「エスメ、俺の言うことを聞け! 悔しいのは分かったから、俺の言うことを聞くんだ」
子供に言い聞かすような言葉をかけられ私は少し冷静になった。私はゆっくりと彼を引き剥がし、そのブルーサファイアの瞳を見つめる。

「冷静になったわ。心配掛けたわね」
近い未来、彼のパートナーになるのだから評判は重要。エスメ(ノエル)の行動で落ちた評判など私の力でどうとでも回復できる。

「いや、エスメ・オクレールの涙も見られたし俺は役得」
「何か見間違えたんじゃない? 私は生まれてから今まで涙を流した事など一度もないわよ」
口角を上げて強気な表情を作った私を見て、彼が優しく微笑んだ。
「流石に、生まれた時とか赤子の時は泣いただろう」
「泣いてないわ。そんな記憶ないもの」
自分の我の強さに笑いが込み上げて、私は彼と顔を合わせて笑い合った。

「さあ、領地へ急がないとね」
馬車を引いていた四頭の馬を見て、私は血の気が引く。足元に無数の弓矢。おそらく最初に馬の足を狙って馬車を止めたのだろう。

私はまた悔しさで震えた。私に聖女の力があったなら、この馬たちの怪我を治せた。本当に私は無力で、それと向き合うのは辛い。

私はこの辛さを猫時代に知った。
エスメ(ノエル)の悪口を吹聴する聖女。彼女を信じるアンドレア。彼の為に必死に尽くすエスメ(ノエル)に気がついて欲しいと、自分がしゃべれない事を何度呪ったか分からない。

「あと、半日で領地に着くなら、何とか持つんじゃないか?」
馬の足に刺さった矢を抜きながら、ジェイクが呟く。

「いいえ、この二頭はここに置いていきましょう」
私を四頭の馬を馬車から解いた。大型の動物にとっては軽い傷も致命傷になりかねない。怪我をしているのに、重い荷物を運ばせる事なんてできない。幸運にも残った二頭は矢を掠っただけだ。

「馬車はどうするんだよ。ドレスとか入ってるんじゃないのか?」
「私たちは舞踏会に行くんじゃないのよ。荷物などジェイクが持ってきたこの薬草さえあれば良い。さあ、行くわよ」

私が一頭の金色のたてがみの毛色の良い茶色の馬に跨ると、隣の馬にジェイクも恐る恐る跨る。

私は祈るような気持ちでたてがみを撫でた。
「聖女の力⋯⋯あるんじゃないのか?」
私は自分の心を読まれたような言葉を掛けられて、思わずジェイクを見る。
「ある訳ないでしょ」
「でも、その馬、明らかにエスメに撫でられて元気になったぞ。やはり、美女に撫でられると元気になるよな」
「この馬メス馬だけどね」
軽口を叩いて私の心を沈めようとする彼の心遣いが温かい。

「だから、俺の跨っている馬はその馬の尻を追ってたのか」
「全く冗談ばかり言ってないで、先を急ぐわよ。領民が待ってるわ」
私が馬を走らせると、その隣にジェイクがつけてきて顔を覗き込んできた。

「ねえ、エスメはどこを撫でられるのが好き?」
「お腹を円を描くように撫でられるのが好きかな」
アンドレアが私がノエルだった時に寝る前にやってくれた撫で方。私はいつも撫られている内に気持ち良くて寝てしまった。

「はぁ? お腹?」
驚いて手綱から手を離して傾くジェイクを引っ張る。

「落馬するわよ。馬も擦り傷とはいえ負傷している。バランスを崩さないで」
「お、おう。エスメ・オクレールも俺の事ドキッとさせるのやめてね。今、俺は君の一挙手一投足に振り回され始めてて情緒不安定だから」

照れたように顔を赤らめ前を見るジェイク。
(何だか可愛い)
これから、感染症と戦いに行くのに彼はピンク色のオーラを纏っていた。
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