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4.誘惑
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「雑居ビル⋯⋯こんな古い建物の中に入るなんて地震でもあったらどうするの?」
築40年以上に見える雑居ビルに思わず引いてしまった。
確かにHIROの事務所は『スーパーブレイキン』と『JKロック』くらいしか知名度のあるグループがいない弱小芸能事務所だ。
「隣が寮になっているから、隣に逃げるんじゃないかな」
美湖ちゃんがのほほんとした感じで言うので、隣の建物に目を向ける。木造の古いアパートを見て絶句した。
「火事になったら終わりじゃない!? うさぎ小屋?」
思わず飛び出した言葉に口元を抑えた。
美湖ちゃん一家はHIROたちの住んでいるアパートに一緒に住んで、メンバーのお手伝いをしていると言っていたのを思い出したのだ。
(どうしよう⋯⋯美湖ちゃんの家をうさぎ小屋呼ばわりしちゃった⋯⋯)
「し、失礼な事言ってごめん! 私、有事の時の避難経路が心配になっただけで⋯⋯消火器をプレゼントするから許して」
私は咄嗟に自分が謝罪した事に驚いた。
私は自分が人に謝れる人だとは思っていなかった。
「消火器って⋯⋯凛音ちゃんって本当に面白い」
美湖ちゃんが笑ってくれて、心からホッとした。
裕福な家庭の子ではない美湖ちゃんが黒蘭学園に通っているのは、テレビのお嬢様学校特集で見て優雅な学校生活に憧れたかららしい。
彼女は学費の高さも知らずに「行ってみたい」と親にはしゃぎながら伝えたと言う。子の希望を叶えるのが親の仕事だと、美湖ちゃんの母親は学費を稼ぐため弁当屋を始めた。自分勝手な母親を持つ私から見ると、涙が出そうな程に羨ましい感動的な話だ。美湖ちゃんは親に無理させてまで通わせて貰っているから勉強を必死に頑張っていると言っていた。
♢♢♢
事務所の入り口に行くと初老の白髪が少し混じった穏やかそうなメガネを掛けた男性が立っていた。
「こんにちは。美湖の父です。いつも美湖と仲良くしてくれてありがとうございます」
「い、いえこちらこそです。初めまして、黒蘭学園3年柏原凛音です」
このようなくすぐったいやり取りは初めてでドギマギしてしまう。美湖ちゃんの父親はドラマに出てきそうな良いお父さんの典型と言った感じだった。遅くできた子供で美湖ちゃんが可愛くて仕方がないのが伝わってきた。
「いつも、美湖から柏原さんの話は聞いています。やっと学校で友達ができたと聞いて、柏原さんに会いたいと思っていたんですよ」
「私も美湖ちゃんの親の顔が見てみたいと思ってました」
私と美湖パパのやり取りをみていた美湖ちゃんが、何故か吹き出した。
私は緊張して変な事を言ってしまったのかもしれない。
(もっと人と話す練習⋯⋯しとけばよかった⋯⋯)
美湖ちゃんという手放したくない存在ができた。自分のコミュニケーション能力のなさを痛感すると、呆れられ彼女を失う日が来そうで怖い。
「こちらがスタジオです。まだ、メジャーとも言えない『スーパーブレイキン』を応援して頂きありがとうございます」
私は皮肉にも『スーパーブレイキン』がHIROの訃報でトップの全国ニュースになっていた事を思いだし唇を強く噛んだ。
美湖ちゃんパパが扉を開けると、爆音で音楽を流しながら激しく踊っている『スーパーブレイキン』のメンバーがいた。
「HIROだ⋯⋯」
額を汗で光らせながら一心不乱に踊る彼に一瞬で目を奪われた。
私と同じ年で高校生なのに金髪でピアスまで開けている。テレビ画面や雑誌で見た彼がそこにいる。幼さを残し八重歯がのぞくヤンチャそうな顔立ちが、私の周りにはいないタイプでドキドキした。
「どう、実物のHIROに会えた感想は?」
美湖ちゃんが私の顔を期待に満ちた目で覗き込んできた。
「思ったよりも背が低いんだね。実物を見るとそんなにかっこよくないかも」
私は本当に嫌な奴だ。
本当はHIROがキラキラしていて目が離せなかった。
それなのに皮肉のような言葉しか発せない。
「凛音ちゃんの婚約者の曽根崎玲さんってハリウッドスターみたいにかっこ良いもんね。あんな素敵な方が側にいたら、ちょっとやそっとのイケメンじゃときめかないよね」
「ま、まあ、そうかな⋯⋯」
私の婚約者が曽根崎製薬の御曹司の曽根崎玲というのは有名な話だ。
玲さんは過保護で度々学校前にプレミアな外車を乗り付けて私を迎えに来た。
身長もすらっと高くモデルのような彼は独特の雰囲気も相まって周囲の注目を集めた。
玲さんの事を思い出した途端、スウっと胸が冷たくなる感じがした。
表向き柔和で優しく接してくれていた彼の本音を思い出したからだ。
気が付けば音楽が止まり、HIROが私に近付いて来る。
「曽根崎玲の婚約者⋯⋯」
彼がボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。玲さんはセレブだが、SNSなどをしてネットで顔を晒している訳でもない。
爆音の中で私たちの会話が聞こえていたとも思えない。それ以前に明らかに彼は敵意を持った口調で玲さんの名前を呟いた。
(HIROが玲さんを知ってる訳ないんだけど⋯⋯)
「HIRO、美湖の友達で柏原凛音さん。こんな可愛い子がお前のファンらしいぞ。もっとテレビに出られるように頑張らないとな」
美湖ちゃんの父親の言葉にHIROが作った笑みを浮かべ手を出してくる。私は咄嗟に彼の握手に応じるとぎゅっと手を強く握られ引き寄せられた。
「凛音ちゃん、本当に可愛いね。後で俺の部屋に案内してあげる」
耳元で発せられた彼の囁きに良からぬ企みを感じた。しかし、彼の命を助ける為に私は彼の謎の招待に応じる事にした。
築40年以上に見える雑居ビルに思わず引いてしまった。
確かにHIROの事務所は『スーパーブレイキン』と『JKロック』くらいしか知名度のあるグループがいない弱小芸能事務所だ。
「隣が寮になっているから、隣に逃げるんじゃないかな」
美湖ちゃんがのほほんとした感じで言うので、隣の建物に目を向ける。木造の古いアパートを見て絶句した。
「火事になったら終わりじゃない!? うさぎ小屋?」
思わず飛び出した言葉に口元を抑えた。
美湖ちゃん一家はHIROたちの住んでいるアパートに一緒に住んで、メンバーのお手伝いをしていると言っていたのを思い出したのだ。
(どうしよう⋯⋯美湖ちゃんの家をうさぎ小屋呼ばわりしちゃった⋯⋯)
「し、失礼な事言ってごめん! 私、有事の時の避難経路が心配になっただけで⋯⋯消火器をプレゼントするから許して」
私は咄嗟に自分が謝罪した事に驚いた。
私は自分が人に謝れる人だとは思っていなかった。
「消火器って⋯⋯凛音ちゃんって本当に面白い」
美湖ちゃんが笑ってくれて、心からホッとした。
裕福な家庭の子ではない美湖ちゃんが黒蘭学園に通っているのは、テレビのお嬢様学校特集で見て優雅な学校生活に憧れたかららしい。
彼女は学費の高さも知らずに「行ってみたい」と親にはしゃぎながら伝えたと言う。子の希望を叶えるのが親の仕事だと、美湖ちゃんの母親は学費を稼ぐため弁当屋を始めた。自分勝手な母親を持つ私から見ると、涙が出そうな程に羨ましい感動的な話だ。美湖ちゃんは親に無理させてまで通わせて貰っているから勉強を必死に頑張っていると言っていた。
♢♢♢
事務所の入り口に行くと初老の白髪が少し混じった穏やかそうなメガネを掛けた男性が立っていた。
「こんにちは。美湖の父です。いつも美湖と仲良くしてくれてありがとうございます」
「い、いえこちらこそです。初めまして、黒蘭学園3年柏原凛音です」
このようなくすぐったいやり取りは初めてでドギマギしてしまう。美湖ちゃんの父親はドラマに出てきそうな良いお父さんの典型と言った感じだった。遅くできた子供で美湖ちゃんが可愛くて仕方がないのが伝わってきた。
「いつも、美湖から柏原さんの話は聞いています。やっと学校で友達ができたと聞いて、柏原さんに会いたいと思っていたんですよ」
「私も美湖ちゃんの親の顔が見てみたいと思ってました」
私と美湖パパのやり取りをみていた美湖ちゃんが、何故か吹き出した。
私は緊張して変な事を言ってしまったのかもしれない。
(もっと人と話す練習⋯⋯しとけばよかった⋯⋯)
美湖ちゃんという手放したくない存在ができた。自分のコミュニケーション能力のなさを痛感すると、呆れられ彼女を失う日が来そうで怖い。
「こちらがスタジオです。まだ、メジャーとも言えない『スーパーブレイキン』を応援して頂きありがとうございます」
私は皮肉にも『スーパーブレイキン』がHIROの訃報でトップの全国ニュースになっていた事を思いだし唇を強く噛んだ。
美湖ちゃんパパが扉を開けると、爆音で音楽を流しながら激しく踊っている『スーパーブレイキン』のメンバーがいた。
「HIROだ⋯⋯」
額を汗で光らせながら一心不乱に踊る彼に一瞬で目を奪われた。
私と同じ年で高校生なのに金髪でピアスまで開けている。テレビ画面や雑誌で見た彼がそこにいる。幼さを残し八重歯がのぞくヤンチャそうな顔立ちが、私の周りにはいないタイプでドキドキした。
「どう、実物のHIROに会えた感想は?」
美湖ちゃんが私の顔を期待に満ちた目で覗き込んできた。
「思ったよりも背が低いんだね。実物を見るとそんなにかっこよくないかも」
私は本当に嫌な奴だ。
本当はHIROがキラキラしていて目が離せなかった。
それなのに皮肉のような言葉しか発せない。
「凛音ちゃんの婚約者の曽根崎玲さんってハリウッドスターみたいにかっこ良いもんね。あんな素敵な方が側にいたら、ちょっとやそっとのイケメンじゃときめかないよね」
「ま、まあ、そうかな⋯⋯」
私の婚約者が曽根崎製薬の御曹司の曽根崎玲というのは有名な話だ。
玲さんは過保護で度々学校前にプレミアな外車を乗り付けて私を迎えに来た。
身長もすらっと高くモデルのような彼は独特の雰囲気も相まって周囲の注目を集めた。
玲さんの事を思い出した途端、スウっと胸が冷たくなる感じがした。
表向き柔和で優しく接してくれていた彼の本音を思い出したからだ。
気が付けば音楽が止まり、HIROが私に近付いて来る。
「曽根崎玲の婚約者⋯⋯」
彼がボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。玲さんはセレブだが、SNSなどをしてネットで顔を晒している訳でもない。
爆音の中で私たちの会話が聞こえていたとも思えない。それ以前に明らかに彼は敵意を持った口調で玲さんの名前を呟いた。
(HIROが玲さんを知ってる訳ないんだけど⋯⋯)
「HIRO、美湖の友達で柏原凛音さん。こんな可愛い子がお前のファンらしいぞ。もっとテレビに出られるように頑張らないとな」
美湖ちゃんの父親の言葉にHIROが作った笑みを浮かべ手を出してくる。私は咄嗟に彼の握手に応じるとぎゅっと手を強く握られ引き寄せられた。
「凛音ちゃん、本当に可愛いね。後で俺の部屋に案内してあげる」
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