愛より、お金!〜溺愛してくる夫が重いので、離婚させてださい〜

専業プウタ

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17. 私を殺さないでください⋯⋯

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 グロスター伯爵邸に戻った時には既に夕刻を過ぎていて、日も落ちて空は薄暗かった。
「お帰りなさい。アーネスト様」
 思ってもなかった事が起きた。
 ソフィアが微笑みながら俺を玄関で出迎えてくれたのだ。
 家にずっと好きで手の届かないと諦めていたソフィアがいる。
 そのような奇跡を夢見ても実現するとは思ってもみなかった。

「ただいま、ソフィア。君が家にいると知っていたら、もっと早く帰ってくれば良かった」
 思わず本音が漏れてしまうと彼女は困った顔をした。

「結婚式の翌日に仕事に行くのは流石に非常識でしたよね⋯⋯」
 確かに寂しかったし、計画していた新婚旅行もキャンセルした。
 でも、シェイラの言っていた通りソフィアにとっては仕事が一番大事なのだから、彼女を妻にする以上は受け入れないといけない。
 それにおそらく彼女は俺の事を考えて、早めに邸宅に戻って来てくれている。

「そんな事はない。一睡もしていないのに仕事に行って君の体調が心配だった」
 俺の言葉に少し驚いた顔をしたソフィアの視線が、俺が後ろ手で持っているパープルチューリップに向かった。俺は彼女が浮気しているのではないかと問い詰めようと持ってきたソレに罪悪感を感じる。

「ご心配お掛けして申し訳ございません。パープルチューリップ⋯⋯花言葉は『不滅の愛』⋯⋯本当にアーネスト様はロマンチストですのね」
 首を少し傾けながら、困ったように彼女は笑った。

 ディナーの時になり、ダイニングテーブルにつく。
 目の前にソフィアが座っていて、これが夢なのかと思う程心臓の鼓動が強くなる。

 サラダには俺の好きなグリーンオリーブが沢山入っていて、スープは好物のビシソワーズに食感が良いクルトンが乗せてあった。極めつきはメインに出てきた皮をカラッとあげたマヒマヒだ。白身魚の中でも1番好きなものだったが、マゼンダ王国では滅多に手に入れられないものだった。
 
「今日のメニューはソフィアの考えたものだよな」
「そうですよ。デザートまでちゃんとお楽しみくださいな」
 俺は彼女がなぜ自分の好物を知っているのか考えるだけで胸が高鳴った。
このような可愛らしい気遣いをしてくれる彼女の浮気を疑った自分が恥ずかしい。

 目の前に出て来たデザートはシェフの作った料理にしては不恰好な少し緑色をしたケーキだった。
「もしかして、ソフィアが作ったものか?」
「正解です。アーネスト様の大嫌いなほうれん草が沢山入ってますよ。食べてください。妻の手料理なんですから」
 悪い顔をしながら伝えてくる彼女が今すぐにでも押し倒したい程可愛い。

 ほうれん草のケーキを口に含むと幸せ過ぎて味が分からなくて、どんどん食べられた。
「ソフィア、わざわざ俺の好みまで調べて嫌いなものを食べさせる工夫までしてくれたのか。本当に俺は幸せだな。毎日でもこのケーキを食べたいよ」
 俺の言葉にソフィアは目を泳がせてから赤くなって俯いた。
 世の中にこれ程可愛いらしい存在がいる事を俺は知った。

 食事を終え湯浴みをして、ソフィアの寝室に行く。
 俺にとっては自制を強いられる時間だ。
 緊張しながらベッドに彼女と並んで寝そべる。
 彼女から香る上品な金木犀の香りに胸が高鳴った。

「ソフィア、実は今日王宮に行ってブラッドリー王子殿下と会ったんだ」
「そうなんですか。王宮に行ったのでしたら、うちの従業員と会いましたか? しっかり動いていましたか?」
「振る舞いも仕事ぶりも完璧だったよ」
「それなら良かった。うちの従業員に、王宮の使用人の教育に携わったという箔がつくのはありがたいですわ」
 得意げに笑う彼女は恋する乙女というより、やり手実業家の顔をしていた。

「ソファーをブラッドリー王子殿下にプレゼントしたのか?」
「プレゼント? ああ、王家にソファーを30脚寄付しました。税金対策と宣伝を兼ねています。王宮には各国の要人が沢山来ますから」
 確かにソファーはソフィアの宝飾品店のイメージカラーであるネイビーとホワイトだった。あのソファーを見た瞬間、彼女の店を思い浮かべる人間は多いだろう。もしかして、俺は勝手に嫉妬していただけかもしれない。

「ソフィア、君の好みの男性のタイプを聞いても良いか?」
 自分で自分の質問に驚いた。
 
 俺は女性の好みのタイプを気にした事がない。
 みんなどうせ自分を好きになるものだと思っていたし、実際そうだった。
 でも、ソフィアは悲しい事に今俺を好きなようには見えない。

「好みのタイプですか? 尊敬する男性は今まで1人だけいましたが⋯⋯」
「えっ? 誰なんだ?」
「街の中心に置かれた王子の像⋯⋯王子は燕に伝えて貧しい人に青いサファイアの瞳や自分から金箔を剥がして渡すようにお願いするんです」

 ソフィアは唐突に有名な童話の話を持ち出した。彼女は非常に真剣な目をしていて揶揄っているようには思えない。

「最後に見窄らしくなった銅像を街の人たちが壊す話だよな」
「それから、力尽きた燕と王子の鉛の心臓を神様が世界で1番美しいものとして天国に連れて行く話です」
「その王子がソフィアの理想だと?」
「違います。私は王子のように無償の愛を持っていません。必ず何かしたら、相手から相応のものを受け取ります。自分にないものを持っている方を私は尊敬します」
 俺は彼女の話が理解できた。
 彼女の仕事に対する情熱や、新しいものを開拓していく姿勢は俺にはない。
「俺はソフィアを尊敬してる」
「えっ? やめてください。そんな目でそんな事言わないで⋯⋯」

 彼女は顔を赤くしてシーツで顔を隠そうとした。
 その仕草がとてつもなく可愛くて、シーツを捲って口付けをしたくなった。
(いや、ここでしたら止まらなくなるな⋯⋯手を縛ろう)

 俺はそっとシーツの中にあるソフィアの手に指を絡める。
「ソフィア、俺は君にならこのエメラルドの瞳も、心臓も、魂だって渡せる」
 心からそう思っている事を彼女に語りかける。
 すると急に繋いでいた手を振り解かれた。

「いらないです⋯⋯怖いです⋯⋯私を殺さないでください⋯⋯」
 彼女に俺の命を差し出す話をしていたのに、彼女はなぜか殺さないでと泣きそうな震える声で言った。
 彼女のあまりに怯えた声に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
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