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24.真夏のリベリオン
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静けさが訪れた夜。
双子が眠りについた後、真夏は静かにスマートフォンを開いた。
冬城組の資金の流れ。
幹部の足取り。
裏金の隠し口座。
そして源次郎の警護の穴。
私の指が画面を滑るたび、氷のような音を立てて人間の命運が削れていく。
「冬城源次郎、冬城渚。貴方たちの世界は、私が消す」
囁きはまるで祈りのようで、呪いのようでもあった。
早朝、東の空がわずかに青みを帯びた時、私は一人で部屋を出た。
外気は刺すように冷たい。
まず、冬城組の隠し資金をすべて凍結。
それから警視庁にいる実の父、警視総監に必要最低限の事実を流した。
汚職、脅迫、殺人未遂。
逃げ道はすでに塞がれている。
コールが三度鳴って着信に出る。
彼女が私に電話を掛けて来るのは初めてだ。
『真夏、なのね』
「ええ、お母様⋯⋯。私よ。二十年以上ぶりね。こんな早朝に電話を掛けて来るなんて、身内とはいえ不躾だわ。お母様らしくない」
私が本当の私として母、冬城渚と話すのは五歳の時以来だ。
真夜中に人格を交代して筋トレしたり、計画を進めることはあった。
それ以外の時間は無害で無欲で警戒されない作り出した人格に身体を預けた。
その『真夏』が恋をして子を産むとは想定外だった。
(でも、愛しいわ。自分の子はびっくりするくらい愛おしい)
『帰って来なさい! 真夏、この状況について説明をするのよ!』
「貴女のところには帰らないわ」
風がマフラーを揺らす。
白い息が凍りつくほど、冷ややかな声が出た。
「私を利用してたでしょ。その報いを受ける時がきたの」
『⋯⋯何をしたの?』
「ふっ、それくらい自分で考えてくださいな。ただ、これだけは教えてあげる。貴女の大好きなしょうもない世界は、直ぐに全て消えるわ」
沈黙。
電話越しの息遣いが荒くなる。
『真夏!』
「さよなら、冬城渚さん」
私は通話を切り、ゆっくり目を閉じた。
胸の奥で、もう一度あの声が響く。
『子供を守れなきゃ母親じゃないわ』
あれは母が不義の子をおろすよう諭された時に言った言葉だろう。
(お腹にいた時は愛情を少しは持ってくれていたのだろうか)
母親である彼女でさえ私を愛さなかった。
(だから、復讐の鬼になろうと思ってたのに⋯⋯)
三日足らずで、冬城組は壊滅した。
真夏が仕込んだ数人によるカメレオンによる内部崩壊から始まり、資金消失、警察突入。
冬城源次郎は帰国するなり逮捕され、組は地図から消えた。
たった一人の娘によって。
♢♢♢
トロントのコンドミニアムの部屋で、清一郎が戸惑った顔で私を見つめている。
子供たちは夢の中だ。
彼の手には温かい紅茶があるのに、指先がわずかに震えていた。
「全部、お前がやったのか」
「ええ。私がやったわ」
罪悪感も誇りもない。ただ事実を述べているだけ。
「怖くないのか?」
「怖くなんてない。私の生まれた世界がどれほど残酷か、貴方は知ってるでしょう?」
目の前で言葉を失う京極清一郎を見ていると、不思議な気持ちになってくる。
私の考えていた反逆計画は自爆に近い乱暴なものだった。
こんな穏やかな結末は私の頭の中では描けない。
でも、京極清一郎は私を優しい世界に連れて行こうと、知恵をつけ自然に極道の世界を抜けて来た。
私を傷つけまいと必死に考える男の行動のお陰で辿り着けた完全なハッピーエンドだ。
(⋯⋯全ては私を守る為? 流石の私もこんな男には落ちるわ)
「俺のことも利用していた? 俺を惚れさせて、反逆計画の歯車にしたのか?」
面白いことを言う男だ。
彼は勝手に私に惚れて、勝手に努力して、勝手に親をも裏切り私を守ってきた。
「そう、思ってくれて構わないわ」
「⋯⋯真夏、ずっと君が好きだった。君が幸せなら何処で暮らしてくれても構わないが、俺とこのまま一緒にいて欲しい。俺は君の特別になりたい」
必死の告白をしてくる彼に、愛おしいという感情が込み上げた。
それにしても、本当に彼は面白いことを言う。
結婚して、私は既に「京極真夏」になっている。
(それって、既に特別になってると思うけど)
「貴方は私にとって、とっくに特別になってるわ。愛してるわ。清一郎」
そっと目を瞑り、彼の薄い唇に口付ける。
清一郎が私を抱き寄せて、愛おしそうに頭を優しく撫でてくる。
こんな事をされるのは初めてで、何故だか涙が溢れそうになった。
私は胸の中でようやく、長い長い戦いの物語を終えたのだと感じていた。
長年思い描いた復讐の物語ではなく、心を取り戻し、帰るべき場所を見つけた物語だった。
双子が眠りについた後、真夏は静かにスマートフォンを開いた。
冬城組の資金の流れ。
幹部の足取り。
裏金の隠し口座。
そして源次郎の警護の穴。
私の指が画面を滑るたび、氷のような音を立てて人間の命運が削れていく。
「冬城源次郎、冬城渚。貴方たちの世界は、私が消す」
囁きはまるで祈りのようで、呪いのようでもあった。
早朝、東の空がわずかに青みを帯びた時、私は一人で部屋を出た。
外気は刺すように冷たい。
まず、冬城組の隠し資金をすべて凍結。
それから警視庁にいる実の父、警視総監に必要最低限の事実を流した。
汚職、脅迫、殺人未遂。
逃げ道はすでに塞がれている。
コールが三度鳴って着信に出る。
彼女が私に電話を掛けて来るのは初めてだ。
『真夏、なのね』
「ええ、お母様⋯⋯。私よ。二十年以上ぶりね。こんな早朝に電話を掛けて来るなんて、身内とはいえ不躾だわ。お母様らしくない」
私が本当の私として母、冬城渚と話すのは五歳の時以来だ。
真夜中に人格を交代して筋トレしたり、計画を進めることはあった。
それ以外の時間は無害で無欲で警戒されない作り出した人格に身体を預けた。
その『真夏』が恋をして子を産むとは想定外だった。
(でも、愛しいわ。自分の子はびっくりするくらい愛おしい)
『帰って来なさい! 真夏、この状況について説明をするのよ!』
「貴女のところには帰らないわ」
風がマフラーを揺らす。
白い息が凍りつくほど、冷ややかな声が出た。
「私を利用してたでしょ。その報いを受ける時がきたの」
『⋯⋯何をしたの?』
「ふっ、それくらい自分で考えてくださいな。ただ、これだけは教えてあげる。貴女の大好きなしょうもない世界は、直ぐに全て消えるわ」
沈黙。
電話越しの息遣いが荒くなる。
『真夏!』
「さよなら、冬城渚さん」
私は通話を切り、ゆっくり目を閉じた。
胸の奥で、もう一度あの声が響く。
『子供を守れなきゃ母親じゃないわ』
あれは母が不義の子をおろすよう諭された時に言った言葉だろう。
(お腹にいた時は愛情を少しは持ってくれていたのだろうか)
母親である彼女でさえ私を愛さなかった。
(だから、復讐の鬼になろうと思ってたのに⋯⋯)
三日足らずで、冬城組は壊滅した。
真夏が仕込んだ数人によるカメレオンによる内部崩壊から始まり、資金消失、警察突入。
冬城源次郎は帰国するなり逮捕され、組は地図から消えた。
たった一人の娘によって。
♢♢♢
トロントのコンドミニアムの部屋で、清一郎が戸惑った顔で私を見つめている。
子供たちは夢の中だ。
彼の手には温かい紅茶があるのに、指先がわずかに震えていた。
「全部、お前がやったのか」
「ええ。私がやったわ」
罪悪感も誇りもない。ただ事実を述べているだけ。
「怖くないのか?」
「怖くなんてない。私の生まれた世界がどれほど残酷か、貴方は知ってるでしょう?」
目の前で言葉を失う京極清一郎を見ていると、不思議な気持ちになってくる。
私の考えていた反逆計画は自爆に近い乱暴なものだった。
こんな穏やかな結末は私の頭の中では描けない。
でも、京極清一郎は私を優しい世界に連れて行こうと、知恵をつけ自然に極道の世界を抜けて来た。
私を傷つけまいと必死に考える男の行動のお陰で辿り着けた完全なハッピーエンドだ。
(⋯⋯全ては私を守る為? 流石の私もこんな男には落ちるわ)
「俺のことも利用していた? 俺を惚れさせて、反逆計画の歯車にしたのか?」
面白いことを言う男だ。
彼は勝手に私に惚れて、勝手に努力して、勝手に親をも裏切り私を守ってきた。
「そう、思ってくれて構わないわ」
「⋯⋯真夏、ずっと君が好きだった。君が幸せなら何処で暮らしてくれても構わないが、俺とこのまま一緒にいて欲しい。俺は君の特別になりたい」
必死の告白をしてくる彼に、愛おしいという感情が込み上げた。
それにしても、本当に彼は面白いことを言う。
結婚して、私は既に「京極真夏」になっている。
(それって、既に特別になってると思うけど)
「貴方は私にとって、とっくに特別になってるわ。愛してるわ。清一郎」
そっと目を瞑り、彼の薄い唇に口付ける。
清一郎が私を抱き寄せて、愛おしそうに頭を優しく撫でてくる。
こんな事をされるのは初めてで、何故だか涙が溢れそうになった。
私は胸の中でようやく、長い長い戦いの物語を終えたのだと感じていた。
長年思い描いた復讐の物語ではなく、心を取り戻し、帰るべき場所を見つけた物語だった。
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