24 / 24
24.真夏のリベリオン
しおりを挟む
静けさが訪れた夜。
双子が眠りについた後、真夏は静かにスマートフォンを開いた。
冬城組の資金の流れ。
幹部の足取り。
裏金の隠し口座。
そして源次郎の警護の穴。
私の指が画面を滑るたび、氷のような音を立てて人間の命運が削れていく。
「冬城源次郎、冬城渚。貴方たちの世界は、私が消す」
囁きはまるで祈りのようで、呪いのようでもあった。
早朝、東の空がわずかに青みを帯びた時、私は一人で部屋を出た。
外気は刺すように冷たい。
まず、冬城組の隠し資金をすべて凍結。
それから警視庁にいる実の父、警視総監に必要最低限の事実を流した。
汚職、脅迫、殺人未遂。
逃げ道はすでに塞がれている。
コールが三度鳴って着信に出る。
彼女が私に電話を掛けて来るのは初めてだ。
『真夏、なのね』
「ええ、お母様⋯⋯。私よ。二十年以上ぶりね。こんな早朝に電話を掛けて来るなんて、身内とはいえ不躾だわ。お母様らしくない」
私が本当の私として母、冬城渚と話すのは五歳の時以来だ。
真夜中に人格を交代して筋トレしたり、計画を進めることはあった。
それ以外の時間は無害で無欲で警戒されない作り出した人格に身体を預けた。
その『真夏』が恋をして子を産むとは想定外だった。
(でも、愛しいわ。自分の子はびっくりするくらい愛おしい)
『帰って来なさい! 真夏、この状況について説明をするのよ!』
「貴女のところには帰らないわ」
風がマフラーを揺らす。
白い息が凍りつくほど、冷ややかな声が出た。
「私を利用してたでしょ。その報いを受ける時がきたの」
『⋯⋯何をしたの?』
「ふっ、それくらい自分で考えてくださいな。ただ、これだけは教えてあげる。貴女の大好きなしょうもない世界は、直ぐに全て消えるわ」
沈黙。
電話越しの息遣いが荒くなる。
『真夏!』
「さよなら、冬城渚さん」
私は通話を切り、ゆっくり目を閉じた。
胸の奥で、もう一度あの声が響く。
『子供を守れなきゃ母親じゃないわ』
あれは母が不義の子をおろすよう諭された時に言った言葉だろう。
(お腹にいた時は愛情を少しは持ってくれていたのだろうか)
母親である彼女でさえ私を愛さなかった。
(だから、復讐の鬼になろうと思ってたのに⋯⋯)
三日足らずで、冬城組は壊滅した。
真夏が仕込んだ数人によるカメレオンによる内部崩壊から始まり、資金消失、警察突入。
冬城源次郎は帰国するなり逮捕され、組は地図から消えた。
たった一人の娘によって。
♢♢♢
トロントのコンドミニアムの部屋で、清一郎が戸惑った顔で私を見つめている。
子供たちは夢の中だ。
彼の手には温かい紅茶があるのに、指先がわずかに震えていた。
「全部、お前がやったのか」
「ええ。私がやったわ」
罪悪感も誇りもない。ただ事実を述べているだけ。
「怖くないのか?」
「怖くなんてない。私の生まれた世界がどれほど残酷か、貴方は知ってるでしょう?」
目の前で言葉を失う京極清一郎を見ていると、不思議な気持ちになってくる。
私の考えていた反逆計画は自爆に近い乱暴なものだった。
こんな穏やかな結末は私の頭の中では描けない。
でも、京極清一郎は私を優しい世界に連れて行こうと、知恵をつけ自然に極道の世界を抜けて来た。
私を傷つけまいと必死に考える男の行動のお陰で辿り着けた完全なハッピーエンドだ。
(⋯⋯全ては私を守る為? 流石の私もこんな男には落ちるわ)
「俺のことも利用していた? 俺を惚れさせて、反逆計画の歯車にしたのか?」
面白いことを言う男だ。
彼は勝手に私に惚れて、勝手に努力して、勝手に親をも裏切り私を守ってきた。
「そう、思ってくれて構わないわ」
「⋯⋯真夏、ずっと君が好きだった。君が幸せなら何処で暮らしてくれても構わないが、俺とこのまま一緒にいて欲しい。俺は君の特別になりたい」
必死の告白をしてくる彼に、愛おしいという感情が込み上げた。
それにしても、本当に彼は面白いことを言う。
結婚して、私は既に「京極真夏」になっている。
(それって、既に特別になってると思うけど)
「貴方は私にとって、とっくに特別になってるわ。愛してるわ。清一郎」
そっと目を瞑り、彼の薄い唇に口付ける。
清一郎が私を抱き寄せて、愛おしそうに頭を優しく撫でてくる。
こんな事をされるのは初めてで、何故だか涙が溢れそうになった。
私は胸の中でようやく、長い長い戦いの物語を終えたのだと感じていた。
長年思い描いた復讐の物語ではなく、心を取り戻し、帰るべき場所を見つけた物語だった。
双子が眠りについた後、真夏は静かにスマートフォンを開いた。
冬城組の資金の流れ。
幹部の足取り。
裏金の隠し口座。
そして源次郎の警護の穴。
私の指が画面を滑るたび、氷のような音を立てて人間の命運が削れていく。
「冬城源次郎、冬城渚。貴方たちの世界は、私が消す」
囁きはまるで祈りのようで、呪いのようでもあった。
早朝、東の空がわずかに青みを帯びた時、私は一人で部屋を出た。
外気は刺すように冷たい。
まず、冬城組の隠し資金をすべて凍結。
それから警視庁にいる実の父、警視総監に必要最低限の事実を流した。
汚職、脅迫、殺人未遂。
逃げ道はすでに塞がれている。
コールが三度鳴って着信に出る。
彼女が私に電話を掛けて来るのは初めてだ。
『真夏、なのね』
「ええ、お母様⋯⋯。私よ。二十年以上ぶりね。こんな早朝に電話を掛けて来るなんて、身内とはいえ不躾だわ。お母様らしくない」
私が本当の私として母、冬城渚と話すのは五歳の時以来だ。
真夜中に人格を交代して筋トレしたり、計画を進めることはあった。
それ以外の時間は無害で無欲で警戒されない作り出した人格に身体を預けた。
その『真夏』が恋をして子を産むとは想定外だった。
(でも、愛しいわ。自分の子はびっくりするくらい愛おしい)
『帰って来なさい! 真夏、この状況について説明をするのよ!』
「貴女のところには帰らないわ」
風がマフラーを揺らす。
白い息が凍りつくほど、冷ややかな声が出た。
「私を利用してたでしょ。その報いを受ける時がきたの」
『⋯⋯何をしたの?』
「ふっ、それくらい自分で考えてくださいな。ただ、これだけは教えてあげる。貴女の大好きなしょうもない世界は、直ぐに全て消えるわ」
沈黙。
電話越しの息遣いが荒くなる。
『真夏!』
「さよなら、冬城渚さん」
私は通話を切り、ゆっくり目を閉じた。
胸の奥で、もう一度あの声が響く。
『子供を守れなきゃ母親じゃないわ』
あれは母が不義の子をおろすよう諭された時に言った言葉だろう。
(お腹にいた時は愛情を少しは持ってくれていたのだろうか)
母親である彼女でさえ私を愛さなかった。
(だから、復讐の鬼になろうと思ってたのに⋯⋯)
三日足らずで、冬城組は壊滅した。
真夏が仕込んだ数人によるカメレオンによる内部崩壊から始まり、資金消失、警察突入。
冬城源次郎は帰国するなり逮捕され、組は地図から消えた。
たった一人の娘によって。
♢♢♢
トロントのコンドミニアムの部屋で、清一郎が戸惑った顔で私を見つめている。
子供たちは夢の中だ。
彼の手には温かい紅茶があるのに、指先がわずかに震えていた。
「全部、お前がやったのか」
「ええ。私がやったわ」
罪悪感も誇りもない。ただ事実を述べているだけ。
「怖くないのか?」
「怖くなんてない。私の生まれた世界がどれほど残酷か、貴方は知ってるでしょう?」
目の前で言葉を失う京極清一郎を見ていると、不思議な気持ちになってくる。
私の考えていた反逆計画は自爆に近い乱暴なものだった。
こんな穏やかな結末は私の頭の中では描けない。
でも、京極清一郎は私を優しい世界に連れて行こうと、知恵をつけ自然に極道の世界を抜けて来た。
私を傷つけまいと必死に考える男の行動のお陰で辿り着けた完全なハッピーエンドだ。
(⋯⋯全ては私を守る為? 流石の私もこんな男には落ちるわ)
「俺のことも利用していた? 俺を惚れさせて、反逆計画の歯車にしたのか?」
面白いことを言う男だ。
彼は勝手に私に惚れて、勝手に努力して、勝手に親をも裏切り私を守ってきた。
「そう、思ってくれて構わないわ」
「⋯⋯真夏、ずっと君が好きだった。君が幸せなら何処で暮らしてくれても構わないが、俺とこのまま一緒にいて欲しい。俺は君の特別になりたい」
必死の告白をしてくる彼に、愛おしいという感情が込み上げた。
それにしても、本当に彼は面白いことを言う。
結婚して、私は既に「京極真夏」になっている。
(それって、既に特別になってると思うけど)
「貴方は私にとって、とっくに特別になってるわ。愛してるわ。清一郎」
そっと目を瞑り、彼の薄い唇に口付ける。
清一郎が私を抱き寄せて、愛おしそうに頭を優しく撫でてくる。
こんな事をされるのは初めてで、何故だか涙が溢れそうになった。
私は胸の中でようやく、長い長い戦いの物語を終えたのだと感じていた。
長年思い描いた復讐の物語ではなく、心を取り戻し、帰るべき場所を見つけた物語だった。
22
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
人質王女の恋
小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。
数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。
それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。
両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。
聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。
傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。
思い出のチョコレートエッグ
ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。
慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。
秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。
主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。
* ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。
* 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。
* 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。
だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。
聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。
胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。
「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」
噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情――
一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる