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第二章 世界樹と咎人
第2章ー12 世界樹の国 1
しおりを挟む現れたのは、ボロ衣を被った小柄な人間――に見えるもの――だった。
口元までフードを被っており、顔が全く見えない。ローブのようになっているボロ布が地面にまで垂れ下がり、体全体を覆っている。そして周りを、人魂のような光源が舞っている。
わずかに見えるのは、金属パイプのようなものを持つ右手だけだ。しかしそれも、包帯でぐるぐるに巻かれ肌は見えない。人間だと思ったのは、手の形が俺たちのものと一緒だったからに過ぎない。
「やあ。久しぶりだ」
ミレーナが片膝をつき、身長を彼に合わせた。その言葉に答えるように、彼は深くお辞儀をする。そのまま顔を上げ、ミレーナと握手をした。
『……………………』
そして、彼が俺たちの方に顔を向ける。
相変わらず言葉は発しない。
「ああ。この子たちは私の弟子だ。大丈夫、危害を加えるような人ではないよ」
じぃっと見られているのは、目が隠れていても露骨なまでに解った。
スタスタと俺たちに近づき、彼は俺たちの周りをぐるぐると回る。そして、装備品を少し引っ張ったり、くんくんと匂いを嗅いだりしている。動かない方がいい――そう本能的に悟り、直立不動でされるがままにする。
二十秒ほどたったくらいだろうか。
『……、…………。』
彼が、大きく頷いた。そして俺の手を取り、やけに冷たい手で握手をする。次はルナ。そして最後に雨宮。それで満足したのか、彼は小柄な体を翻し、ミレーナを追い越して先頭に立った。
すると、
「――な⁉」
「へ⁉」
「……っ!」
飛び出した声は、三者三様。それでも、驚愕という感情が主だったことは同じはずだ。
なぜなら、右手が燃え上がったのだから。
握手をした右手が、青い炎に包まれる。間違いなく炎はそこにあり、霧の中で風に揺れている。普通に考えれば大惨事。それでも、俺たち三人は驚きこそすれど慌てることはなかった。
それは、どういうわけか全く熱さを感じることはなかったからだ。
火は確かにそこにある。だが、そこに付随するはずの熱いという感覚が伴っていなかった。それに、炎が燃えているのであればそこには燃えているものも当然存在しているはず。しかし、服は全くと言い切っていいほど燃えていない。俺の身体も、焼けただれるといった変化は起こっていない。
「……消えた」
そして唐突に、炎は鎮火した。ロウソクの炎へと息を吹きかけるように、突然、何の前触れもなく、何の痕跡もなく。
否、ひとつだけあった。
右手に、刺青のようなものが浮き上がったのだ。
複雑であるが規則性が見つからない謎の模様。廃墟の壁を覆っている草の蔓のような模様。まるで、いつかのアニメの再放送で見た英霊を使役するアレのようにも思える。
「気に留めることはない。それは、彼らに入国を認められた証拠だ。いわば入国許可証ともいえる。直接の害はないよ」
そう言って、ミレーナは袖をまくる。露わになって右手には、俺たちと同じ模様のソレがあった。
それから、変化がもう一つ。霧が一気に薄くなった。
その言い方をすると誤解があるか。正確に言うならば、『白』から『濃霧』になったというのが正しい気がする。空間認知もままならない理不尽な空間ではなく、ただの自然現象である」濃霧になった。これも、彼に入国を認められた結果なのだろうか。
と、そんなことを考えている俺、それから雨宮とルナに、ミレーナは言った。
「さあ、入国の許可ももらったのだ。彼の案内に従おう」
いつの間にか、先ほど握手をした彼はテトテトというかわいい足取りで。だいぶ先を歩いていた。
案内されるはずの俺たちを置いて……。
◇◆
井戸水や温泉、石油などは、段々ととれる量が多くなっているというわけではないらしい。一センチ先にそれがあっても、地上で掘っている俺たちには全く出ていない風に見えるらしい。そしてある日、その層に達した瞬間、唐突に吹き出してくるのだ。
つまり、何が言いたいのかというと。この霧もそれと同じものだったということだ。
いきなり、視界から霧が消えた。
徐々に明るくなっていくのではなく、まるで元々霧などなかったとでも言わんばかりに、何の痕跡も残さずに霧は消えた。薄暗い霧の中から、陽光がさんさんと輝く中へと放り出される。あまりに急激な変化に目が追い付かず、反射的に瞑ってしまう。
目を開けたその先には。
「木の……根」
「おっきい……」
左右から、呆然としたような声が聞こえた。
立ちふさがっていたのは、巨大な木の根っこだった。普段想像するような大きいという尺度じゃない。本当に、高層ビルを真横に倒したと思ってもいいくらい規格外なのだ。もしかしたら、それ以上かもしれない。
そんな根っ子が、前方の上下左右に広がっている。首が痛くなるほど曲げても、青空が見えるばかりで向こうに何があるのかは解らない。この国の特徴である世界樹すらも、その姿を拝むことができない。もはや、壁と呼んだ方が正しいのかもしれない。そうだ、これは外部からの侵入を防ぐ城壁だ。
そんな壁など見飽きたとばかりに、案内の彼は何の反応もなく根の壁を伝い歩き出す。それに続いて俺たちも進む。
何気なく、ついいつもの癖で木の根に手を触れる。
ひょっとしたらいけないことなのでは? と、気が付いた瞬間背筋に冷たいものが走った。だが、〝案内の彼〟はチラリと俺を見ただけで、それ以外は特にリアクションを起こすことはなかった。場所と状況だけに、ほっと胸をなでおろす。
触った見た感触は、根というよりも木の幹に近かった。感触は硬く、押しても凹むようなことはない。しかし、どことなく有機物特有というか、生物特有というか、そんな印象を抱かせる矛盾した感触だ。
硬い癖に、表面はやけにツルツルとしている。木の幹にあるようなすぐにはがれる樹皮はなく、しっとりとした皮のようなものだ。そして、ところどころに苔が生えている。苔といいはしたが、実際は見たことのない植物だ……。
どれくらい、歩いただろうか。
「着いたぞ。ここが入り口だ」
これまた、巨大な穴が現れた。
まるで、粘度の壁に型を押し込んで開けたかのように、根の壁にぽっかりと開けられた穴。全体から見れば小さめだが、これだけでも俺たちの十倍はある。大きいと噂されるセルシオの町の城門に比べても、大きさはけた違いだ。
その入り口に、たたずむ者がひとり。
「ミレーナ様。そしてお弟子様がた」
うやうやしく、頭を下げた。
「お持ちしておりました。ようこそ、ラルーク王国へ」
そう言って顔を上げたのは、見た目二十代後半の男だった。
かなりの長身に、細身の体形。優男のような警戒心を抱かせない柔和な表情で微笑み、服装はかなりしっかりとしている。胸にいくつかバッジのようなものを着けているところから見ると、その辺にいるような人物ではないということだけは解った。
何より、少々不釣り合いなほどに伸びた長い耳。
彼はエルフだ。それも、ミレーナのようにハーフではない。正真正銘、この国に住む国民の証。
「すまないな。無理言って入国審査をさせて」
「いえいえ。ミレーナ様の頼みとあれば、決して無理なお願いなどではありませんよ」
その言葉に、ミレーナは微妙な表情を浮かべる。だが、それも一瞬のことで、気づけばもうその表情は別のものにすり替わっていた。ジュートと呼ばれた男性は気が付いていなかったようで、今度は視線をこっちへと向ける。
「このお三方が、ミレーナ様のお弟子様で?」
「あ。申し遅れました。雨宮 晴香です」
「ルナです」
「神谷 樹です」
「ええ。お名前はうかがっておりますとも。本日は、皆さんの案内を務めさせていただくジュードと申します。一応、ラルーク王国の文科部門に籍を置いておりますので、お見知りおきを」
そう自己紹介をし、ジュードは柔らかく微笑んだ。
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