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1.聖女様と石っころ
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◆ プロローグ ◆
「くそうっ! まさかソフィアに【神喩】が授けられるとは……」
フランネル王国の王城内、とある一室にひとりの若者とその親ほどの年齢の男達多数が集まっていた。
その若者はフランネル王国のノイエス王子であり、男達はその一派。
ノイエス王子は、彼の王位継承を支持、渇望する貴族らを前に荒れていた。
「ノイエス殿下。【神喩】を得た妹君――ソフィア王女に王位継承権が移ってしまった今、一刻の猶予もありませぬぞ?」
「そうです! ご決断を……」
「ささっ! 殿下! お早く!」
「わ、分かっている! 我が郎党よ、我は現刻を以ってソフィア排除を決意した! 方策は宰相に一任する。断じて悟られるな! 決してしくじるな! 王位継承権を我が手元に引き戻せ! 良いなっ?」
ノイエスの決断に貴族らは「ははっ!」と、大きく応えた。
◆ 聖女――ソフィア ◆
あわただしい一週間でした……
この一週間、こうしてお庭でお茶を楽しむ時間も取れませんでしたもの。
それにしても、十五歳の成人を神に感謝する礼拝で、まさかわたしが【神喩】を賜るとは思いもよりませんでした。
「ああ、美味しい紅茶ですね……」
我が国では、十五歳で成人と認められます。
その年に成人を迎える者が、各地の教会に集まり合同で祈りをささげた後で、別室で改めて神官立ち会いのもとで個別に神への感謝の祈りをささげるのですが――
その時にわたしは、ひとつ賜るだけでも奇跡と言われる【神喩】を、二つも賜ったのです。
同室で祈りを見守る神官様も、驚きのあまり腰を抜かしていましたっけ……
そして、【神喩】を賜ったしるしとして、わたしの深く赤い髪の毛は薄いピンクベージュに、濃い青色の瞳が薄く透き通ったぺリドットの如きフレッシュグリーンに、それぞれ“色を召し上げられた”のです。
これはこれで気に入りましたけれど……
【神喩】とは、極々稀――毎年、世にひとり出るか出ないか――に神が人間に与え給う“神の張り札”のこと。ごく少数の選ばれた人間にのみ、その人物の特質を表す比喩・換喩が称号のように与えられるのです。
例えば、『軍神』とか『豪商』とかですと軍事や商売の才能の行き着く先を、わたしが賜った一つ目の『聖女』とか現教皇のような『代弁者』等は神の寵愛を受けている事を示しています。
元々の身分など関係無しに賜りますので、もし平民が【神喩】を賜れば国に重用されて、貴族――果ては王族の伴侶にもなれるほどです。
『聖女』は、神の寵愛のもとに自分の意思とは無関係に周囲に防護結界が張られて、いかなる悪意もはねのける。剣や毒を以ってしても命を奪えない。
神へ祈りをささげる程に結界の範囲が広がり、今はわたしの身一つだけの結界が、いずれは国一つなど軽く覆い得るほどの広大な防護結界となります。
聖女が一人いるだけで、結界内は平和になり外部からの侵攻は不可能になるのです。
そして、もうひとつの【神喩】は――
「殿下! 一大事にございます」
どなたかから報告を受けていたわたしの専属護衛である三歳上の女性騎士アンジェが、侍女の先導で側に来て耳打ちして来ました。
わたしはカップをテーブルのソーサーに戻す。
「どうしたのです?」
「ノイエス殿下が動き出しました」
「お兄様が?」
「御身が危のうございます。一度、ひそかに友好国であるシーヴ帝国へ向かい、身を隠しましょう」
幼い頃から受け続けてきた兄によるイジメの数々が、走馬灯のようにわたしの脳裏に浮かんできて身体が竦む。
「……わかりました。いつ出立しますか?」
「すぐにも」
「すぐ?」
「急ぎましょう!」
◆ 石っころ――ベルグ ◆
「はぁっ! はぁっ! い、急がないと……」
フランネル王国に向けて馬を駆っている俺は焦っていた。
俺はベルグ・アイラーセン。十八歳。
フランネル王国の男爵、アイラーセン家の三男。
家督相続に関係ないし巻き込まれたくもない俺は、生来の“影の薄さ”を活かして王国諜報機関の諜報員となり、隣国のシーヴ帝国に潜入してスパイをしていた。
“影が薄い”からってすぐに諜報員になれるはずもなく、十五歳から死にそうになりながらも訓練を続け、ベテランとバディを組んでしごかれながら仕事を覚え、つい先日独り立ちできたってのに……
「ゆ、友好国だって聞いていたのに……なんでこうなったんだ!」
俺は、馬の尻に鞭を入れつつボヤく。――ボヤく!
それは三日前――
「陛下、ソフィア対策の準備が整いました」
夜の十時を過ぎたシーヴ帝国皇帝執務室。
金髪碧眼で弱冠二十一歳ながら、鷹揚自若たる皇帝フェリックスの他には、彼直属の特務機関の長官がひとり。
あと、俺。
二人とは面識がないが、二人には俺がこの部屋――しかも長官の隣に立っている認識がない。
「フランネル王国は今は友好国とはいえ、ソフィアが女王になると我が覇道の大きな障害となる」
「ええ、『聖女』だけでも厄介なのに……『慧眼』、これは厄介です」
二人は油断しまくって話しているが、俺はそのフランネル王国の諜報機関の人間だ。
ソフィアとは、フランネル王国のソフィア・フランネル王女殿下。
俺なんかがお目にかかれる機会は無いが、兄のノイエス王子殿下を差し置いて王位継承順位第一位の御方。
なぜ王位継承順位が一位かと言うと、コイツ等が言っている様に『聖女』・『慧眼』という【神喩】のせい。
【神喩】は、神に選ばれた人間にのみ、その人物の特質を表す比喩・換喩が称号のように与えられる。
「脅威の芽は、早めに摘まねばならぬ。用意はできておるか?」
「はい。我が国のみならず、フランネルの貴族にも王子に強硬策を取らせるように言い含めております。ソフィアは必ずや友好国である我が国に保護を求めてくるでしょう。それを出迎える振りをしてソフィアだけ捕らえましょうぞ」
成人の儀が先日各国の各地で行われ、フランネルのソフィア王女殿下に二つも【神喩】があることが判明。
それぞれの効果は明かされてはいないものの、【神喩】が二つもある王女殿下に王位継承権が移ったという。
そもそも【神喩】を賜る人間はごく少数なので、ノイエス王子殿下は賜っていなかった。
実は……俺は賜っているんだ。
俺の成人の儀では、「アイラーセン男爵家のべルグがレッテルを賜ったぞー!」とか、「三男がアイラーセン家の後継ぎだな」と、騒然としたものだ……
俺も神に色を召し上げられたとかで黒髪が銀髪になったことで、「ああ……これで俺は国に囲われて、自由の狭まった世界で生きることになるのか」と実感がわいてしまったさ。
でも、聖職者が俺の【神喩】は『路傍の石』だって言った時には、みんな意味が分からなかったよな。
道端の石だぜ? その辺の石みたいに、居ても居なくてもおんなじ! その程度のモンだってことだよな?
その瞬間から、俺の事を良く知っている奴でも俺の姿を見失いやがんの! 動いてもいないのにだ。
わざわざレッテルにする必要あるか? そんな事。
当然、周りで騒いでいた連中も、蜘蛛の子を散らすようにいなくなったさ。
でも、おかげで自分の特技を生かした仕事で稼げているから、かえって良かった。自由に仕事を選んだ結果がお国の為の諜報員ってのは皮肉なことだけどな!
まあ、俺の事はいいか……
執務室の二人に戻ろう。
「では、実行に移せ。必ずソフィアを捕らえて参れ! 捕らえてしまえばいくらでも“死なせる”方法はある」
「ははぁっ! 現刻を以って作戦を発動致します」
そう言うと長官は指令を発する為に、いそいそと執務室を出ていく。
俺も閉じ込められる訳にはいかないから、一緒になって出ていく。
長官の去り際には、皇帝フェリックス・シーヴの呟きが聞こえてきた。
「ソフィア……【神喩】さえ賜らなければ、我が妻として迎えたものを」
廊下に出た俺は、長官には付いては行かずに一人で動揺している。
友好国だからって……『路傍の石』で誰にも気付かれないからって……
俺を一人で帝国担当にしたって言ってたよな?
王女さんを害する計画が実行されるって?
……ヤバくね? ヤバいヤバいヤバい!
ど、ど、どうする?
どうするって? 国に報告して阻止するしかないだろ? 俺が! ……俺が?
――って事で、俺はシーヴ帝国からフランネル王国へ馬をとばして、断崖と絶壁に挟まれた最後の難所の峠に差し掛かった。
「くそうっ! まさかソフィアに【神喩】が授けられるとは……」
フランネル王国の王城内、とある一室にひとりの若者とその親ほどの年齢の男達多数が集まっていた。
その若者はフランネル王国のノイエス王子であり、男達はその一派。
ノイエス王子は、彼の王位継承を支持、渇望する貴族らを前に荒れていた。
「ノイエス殿下。【神喩】を得た妹君――ソフィア王女に王位継承権が移ってしまった今、一刻の猶予もありませぬぞ?」
「そうです! ご決断を……」
「ささっ! 殿下! お早く!」
「わ、分かっている! 我が郎党よ、我は現刻を以ってソフィア排除を決意した! 方策は宰相に一任する。断じて悟られるな! 決してしくじるな! 王位継承権を我が手元に引き戻せ! 良いなっ?」
ノイエスの決断に貴族らは「ははっ!」と、大きく応えた。
◆ 聖女――ソフィア ◆
あわただしい一週間でした……
この一週間、こうしてお庭でお茶を楽しむ時間も取れませんでしたもの。
それにしても、十五歳の成人を神に感謝する礼拝で、まさかわたしが【神喩】を賜るとは思いもよりませんでした。
「ああ、美味しい紅茶ですね……」
我が国では、十五歳で成人と認められます。
その年に成人を迎える者が、各地の教会に集まり合同で祈りをささげた後で、別室で改めて神官立ち会いのもとで個別に神への感謝の祈りをささげるのですが――
その時にわたしは、ひとつ賜るだけでも奇跡と言われる【神喩】を、二つも賜ったのです。
同室で祈りを見守る神官様も、驚きのあまり腰を抜かしていましたっけ……
そして、【神喩】を賜ったしるしとして、わたしの深く赤い髪の毛は薄いピンクベージュに、濃い青色の瞳が薄く透き通ったぺリドットの如きフレッシュグリーンに、それぞれ“色を召し上げられた”のです。
これはこれで気に入りましたけれど……
【神喩】とは、極々稀――毎年、世にひとり出るか出ないか――に神が人間に与え給う“神の張り札”のこと。ごく少数の選ばれた人間にのみ、その人物の特質を表す比喩・換喩が称号のように与えられるのです。
例えば、『軍神』とか『豪商』とかですと軍事や商売の才能の行き着く先を、わたしが賜った一つ目の『聖女』とか現教皇のような『代弁者』等は神の寵愛を受けている事を示しています。
元々の身分など関係無しに賜りますので、もし平民が【神喩】を賜れば国に重用されて、貴族――果ては王族の伴侶にもなれるほどです。
『聖女』は、神の寵愛のもとに自分の意思とは無関係に周囲に防護結界が張られて、いかなる悪意もはねのける。剣や毒を以ってしても命を奪えない。
神へ祈りをささげる程に結界の範囲が広がり、今はわたしの身一つだけの結界が、いずれは国一つなど軽く覆い得るほどの広大な防護結界となります。
聖女が一人いるだけで、結界内は平和になり外部からの侵攻は不可能になるのです。
そして、もうひとつの【神喩】は――
「殿下! 一大事にございます」
どなたかから報告を受けていたわたしの専属護衛である三歳上の女性騎士アンジェが、侍女の先導で側に来て耳打ちして来ました。
わたしはカップをテーブルのソーサーに戻す。
「どうしたのです?」
「ノイエス殿下が動き出しました」
「お兄様が?」
「御身が危のうございます。一度、ひそかに友好国であるシーヴ帝国へ向かい、身を隠しましょう」
幼い頃から受け続けてきた兄によるイジメの数々が、走馬灯のようにわたしの脳裏に浮かんできて身体が竦む。
「……わかりました。いつ出立しますか?」
「すぐにも」
「すぐ?」
「急ぎましょう!」
◆ 石っころ――ベルグ ◆
「はぁっ! はぁっ! い、急がないと……」
フランネル王国に向けて馬を駆っている俺は焦っていた。
俺はベルグ・アイラーセン。十八歳。
フランネル王国の男爵、アイラーセン家の三男。
家督相続に関係ないし巻き込まれたくもない俺は、生来の“影の薄さ”を活かして王国諜報機関の諜報員となり、隣国のシーヴ帝国に潜入してスパイをしていた。
“影が薄い”からってすぐに諜報員になれるはずもなく、十五歳から死にそうになりながらも訓練を続け、ベテランとバディを組んでしごかれながら仕事を覚え、つい先日独り立ちできたってのに……
「ゆ、友好国だって聞いていたのに……なんでこうなったんだ!」
俺は、馬の尻に鞭を入れつつボヤく。――ボヤく!
それは三日前――
「陛下、ソフィア対策の準備が整いました」
夜の十時を過ぎたシーヴ帝国皇帝執務室。
金髪碧眼で弱冠二十一歳ながら、鷹揚自若たる皇帝フェリックスの他には、彼直属の特務機関の長官がひとり。
あと、俺。
二人とは面識がないが、二人には俺がこの部屋――しかも長官の隣に立っている認識がない。
「フランネル王国は今は友好国とはいえ、ソフィアが女王になると我が覇道の大きな障害となる」
「ええ、『聖女』だけでも厄介なのに……『慧眼』、これは厄介です」
二人は油断しまくって話しているが、俺はそのフランネル王国の諜報機関の人間だ。
ソフィアとは、フランネル王国のソフィア・フランネル王女殿下。
俺なんかがお目にかかれる機会は無いが、兄のノイエス王子殿下を差し置いて王位継承順位第一位の御方。
なぜ王位継承順位が一位かと言うと、コイツ等が言っている様に『聖女』・『慧眼』という【神喩】のせい。
【神喩】は、神に選ばれた人間にのみ、その人物の特質を表す比喩・換喩が称号のように与えられる。
「脅威の芽は、早めに摘まねばならぬ。用意はできておるか?」
「はい。我が国のみならず、フランネルの貴族にも王子に強硬策を取らせるように言い含めております。ソフィアは必ずや友好国である我が国に保護を求めてくるでしょう。それを出迎える振りをしてソフィアだけ捕らえましょうぞ」
成人の儀が先日各国の各地で行われ、フランネルのソフィア王女殿下に二つも【神喩】があることが判明。
それぞれの効果は明かされてはいないものの、【神喩】が二つもある王女殿下に王位継承権が移ったという。
そもそも【神喩】を賜る人間はごく少数なので、ノイエス王子殿下は賜っていなかった。
実は……俺は賜っているんだ。
俺の成人の儀では、「アイラーセン男爵家のべルグがレッテルを賜ったぞー!」とか、「三男がアイラーセン家の後継ぎだな」と、騒然としたものだ……
俺も神に色を召し上げられたとかで黒髪が銀髪になったことで、「ああ……これで俺は国に囲われて、自由の狭まった世界で生きることになるのか」と実感がわいてしまったさ。
でも、聖職者が俺の【神喩】は『路傍の石』だって言った時には、みんな意味が分からなかったよな。
道端の石だぜ? その辺の石みたいに、居ても居なくてもおんなじ! その程度のモンだってことだよな?
その瞬間から、俺の事を良く知っている奴でも俺の姿を見失いやがんの! 動いてもいないのにだ。
わざわざレッテルにする必要あるか? そんな事。
当然、周りで騒いでいた連中も、蜘蛛の子を散らすようにいなくなったさ。
でも、おかげで自分の特技を生かした仕事で稼げているから、かえって良かった。自由に仕事を選んだ結果がお国の為の諜報員ってのは皮肉なことだけどな!
まあ、俺の事はいいか……
執務室の二人に戻ろう。
「では、実行に移せ。必ずソフィアを捕らえて参れ! 捕らえてしまえばいくらでも“死なせる”方法はある」
「ははぁっ! 現刻を以って作戦を発動致します」
そう言うと長官は指令を発する為に、いそいそと執務室を出ていく。
俺も閉じ込められる訳にはいかないから、一緒になって出ていく。
長官の去り際には、皇帝フェリックス・シーヴの呟きが聞こえてきた。
「ソフィア……【神喩】さえ賜らなければ、我が妻として迎えたものを」
廊下に出た俺は、長官には付いては行かずに一人で動揺している。
友好国だからって……『路傍の石』で誰にも気付かれないからって……
俺を一人で帝国担当にしたって言ってたよな?
王女さんを害する計画が実行されるって?
……ヤバくね? ヤバいヤバいヤバい!
ど、ど、どうする?
どうするって? 国に報告して阻止するしかないだろ? 俺が! ……俺が?
――って事で、俺はシーヴ帝国からフランネル王国へ馬をとばして、断崖と絶壁に挟まれた最後の難所の峠に差し掛かった。
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