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4.もうひとつの【神喩】と、聖女の帰城
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◆ 石っころ――ベルグ ◆
いや~、気まずい!
姿を隠すためとはいえ、俺が触っているのは国のトップたる王族だぞ? 次期国王だぞ? 可愛い女の子だぞ?
それを――それって言っちゃあマズイか……、その御方を姫様だっこだぞ? 実際姫様だけど。平気なふりして軽い話でもしてるけどさあ……ソフィア様も顔を赤らめてるしさあ、意識せずにはいられないだろぉ!
「ベルグ様は、御髪は元々何色でしたの?」
「お――私は黒です」
【神喩】を賜った者は、髪の色を召し上げられる。俺は黒髪が銀髪になった。
「ソフィア様は?」
「濃い赤です。それがピングベージュになりました」
「貴女は【神喩】を二つ賜っておいでですよね? 二段階で色を召し上げられたのですか?」
【神喩】を二つも賜るなんて前代未聞だから、あまりそういう疑問を持つ奴はいないけど、俺は気になる。
「いいえ。瞳の色が召し上げられました」
「瞳ですか!?」
「はい。今は若葉の色ですけれど、元々は深い青色だったのですよ?」
ソフィア様が恥ずかしそうに俺に瞳を見せる。ということは目が合っているということで……俺も恥ずかしい!
しかし……綺麗なフレッシュグリーンで、吸い込まれそうになるくらい美しい。
ずいぶん打ち解けてきたところで、俺は気になっていた事を聞いてみる。
「私の事が見えたのは……二つ目の【神喩】の力ですか?」
◆ 聖女――ソフィア ◆
「はい」
わたしの二つ目の【神喩】は『慧眼』。
「慧眼とは、物事の本質を見抜く鋭い眼力という意味合いですが、どうやらそれだけではないみたいなのです」
「隠れている人間が見えると?」
「そうかは分かりません。ベルグ様の事は見えましたけれど、ベルグ様は別に隠れてはいませんでしたよね?」
「……そうですね」
実際、【神喩】を賜って約十日の間、どこかに誰かが潜んでいると知覚した事はありません。
「それに、他にも近くにいる人間の“気持ち”のようなものが感じ取れるのです」
「気持ち?」
ベルグ様は、分かったような分からないような、微妙な表情をなさっている。
例えば、わたしにおべっかを使っていたり、言葉とは裏腹な事を考えているような人はすぐに分かるようになりました。
逆に、わたしの侍女や護衛騎士のアンジェですが……彼女らはわたしの事が大好きで、十分な敬意をひしひしと感じます。“親愛の情”に近いものです。
そして、ベルグ様からも……
「まあ、良くは分かっておりませんが、物質に対する眼力だけではないことは確かです」
峠も無事に抜けると日没が迫り、わたし達は中規模の町で宿を取る事にしました。
ですが、この町の領主は明確に兄を支持する派閥の貴族。昨日“逃げる”時には避けた町。
「大丈夫ですよ。ソフィア殿下が足を踏み入れたなんて、露ほども思っていないはずですよ。尾行もされていませんし」
確かに、町では騎士・衛士らしき者がチラホラ目につきますけれど、特段切迫した雰囲気ではありませんね……
峠での出来事がまだ広まっていないようでよかったです。
あの後、国境の町に報告して襲撃者の引き取りを依頼しようとした時、ベルグ様の「やっぱり、放っておきましょう。そうすると皇子側の情報の把握が遅れて、どちらに移動したのかも判断できずに対応も遅れていく。我々には利点しかありません」という助言に従って良かったということでしょう。
しかし……街なかで姿は見せない方がいいと、宿の部屋に入る時まで姫様抱きされるとは思いませんでした。その時のアンジェの怨めしそうな表情は面白かったわね。
ベルグ様は部屋も取らずにわたし達の部屋の番をして下さると、ドアの前に陣取って下さいました。
「ベルグ様もお疲れでしょうに……」
「任務で慣れてますから大丈夫ですよ。誰からも見えないので、座って休めますから」
ここでもアンジェが不満そうに「此奴ではなく私めに警護のお役目を!」と、言い出したのには困りました。
「いやいや、騎士が扉番をしていたら、ここにやんごとなき御方がいますと喧伝するようなものじゃないか」
「ぐっ! 確かに……。で、では部屋の中での警護はお任せ下さいませ! 殿下」
「え、ええ。お願いね?」
何事もなく夜は明けましたが、町は物々しくなっていました。衛士や領主の騎士達が数人の隊列を組んで街中や峠方面で何やら捜索しているようです。恐らく――というか、確実にわたしを探しているのでしょう。
ですが、昨日と同様ベルグ様に抱えられて“空馬”として町を出て行けました。
王都の直前まで来ると、ベルグ様は仰いました。
「ここからは堂々と行きましょう。大丈夫です。私もアンジェさんもいますから」
私はアンジェが手綱を握る馬に乗り換え、姿を現して王族専用の通用門へ向かう。
ベルグ様は、乗馬のできない侍女の馬を歩いて御して下さっている。当然周りからはお姿は見えないので、あたかも侍女が御しているように見えています。
「ソフィア王女殿下のお戻りである。門を開けよ!」
アンジェが門番に命じる。すると、門番から伝え聞いた責任者が慌てて出てきて、「お帰りなさいませ」と出迎える。
「ここ二日、殿下がお戻りにならないということで、王城も大騒ぎになっております」
「そうですか、遠出をしたところ、思いの外楽しくて……心配をかけました」
兄の勢力から逃げる時にもこの通用門を通ったのですが、王都の民や一般の衛士達には争いがある事など伝わっていないですし、王城の方も表には出さないので、王女が“数日行方不明”ということで騒ぎになっているそう。
そのまま数人の衛士が先導という形で護衛に就いてくれて、王城の城門へと到着。
衛士の先触れを受けたわたしの侍女長や、国王陛下――お父様の側近の方々が待ち構え、出迎えてくれました。
中には兄の派閥の貴族の姿も見えます。負の感情が感じ取れます。
「ソフィア殿下。ご無事のお帰り、ひと安心でございます。陛下も心配申し上げておりました。陛下へご挨拶だけでもお願い致します」
わたし達は馬を下りて、お父様の侍従の先導で王城を陛下の執務室へ向かいます。
道すがらベルグ様のお姿を探ると、わたし達の集団からは離れて少し先を警戒しながら進んでくれていました。
「殿下! 勝手に城外へ出歩きになって、何処へおいでだったのですか? 何をなさっておいでか?」
兄派の貴族もしつこくついて来て、この数日の事をわたしから聞き出そうとしてくる。
その度にアンジェが「殿下はお戻りになられたばかりである! 離れろ! それに、何をなさっておいでだったかは、殿下が陛下に申し上げること。貴殿には関係あるまい」と守ってくれたので、お父様の執務室に着く頃にはその方達も引き下がってくれました。
「おおっ! ソフィア。無事で会ったか」
執務室に入ると、お父様は人払いを済ませて、机を立って私に駆け寄って下さる。
「はい、お父様。わたしの我儘でご心配をお掛けしました」
そして、悲しみをたたえた表情で「すまぬな、ソフィア……」と、一言。
「……いいえ」
執務机の前の応接セットに導かれて、二人掛けソファに片膝どうしが付くほどに寄り添って腰掛けます。お父様はわたしの手を優しく包んだまま。
お父様も、本当は何があったかは知っておいでです。この国の王なのですから、あらゆる方面から情報は入ってきます。
ただ、気軽に関与したり裁定を下したりすることは、王家はもちろん貴族達をも二分するような大きな問題となってしまうので、お父様もわたしも迂闊に真実を口にできないのです……
防音の効いた国王執務室には、わたしとお父様、そしてベルグ様。
わたしが入室する前に敢えて躊躇している振りをしている隙に、彼は「失礼しますよ」とスルっと入室し、お父様は気付いてもいません。
お父様がお立ちになった執務机の椅子に遠慮なくお座りになり、背を深く預けて足をプラプラと振っています……
「お前の兄、ノイエスがこのような苛烈な手段を取るとは思わなんだ」
「仕方がありませんわ……つい十日ほど前までは王位継承権第一位なのでしたから……」
「うむ。奴にも後ろ盾の貴族やコバンザメのような連中が多かったから、後には引けなくなったのであろうな」
「わたしが継承権を辞退出来れば良かったのかもしれませんが……」
「それはならん」
いくら国王であっても、王位の継承に関しては不用意に口を出せない。
粛々と【王室典範】に基づいて王位の継承を決めるほかない。それが周囲の貴族や国民に後腐れが少ない方法なのです。
いや~、気まずい!
姿を隠すためとはいえ、俺が触っているのは国のトップたる王族だぞ? 次期国王だぞ? 可愛い女の子だぞ?
それを――それって言っちゃあマズイか……、その御方を姫様だっこだぞ? 実際姫様だけど。平気なふりして軽い話でもしてるけどさあ……ソフィア様も顔を赤らめてるしさあ、意識せずにはいられないだろぉ!
「ベルグ様は、御髪は元々何色でしたの?」
「お――私は黒です」
【神喩】を賜った者は、髪の色を召し上げられる。俺は黒髪が銀髪になった。
「ソフィア様は?」
「濃い赤です。それがピングベージュになりました」
「貴女は【神喩】を二つ賜っておいでですよね? 二段階で色を召し上げられたのですか?」
【神喩】を二つも賜るなんて前代未聞だから、あまりそういう疑問を持つ奴はいないけど、俺は気になる。
「いいえ。瞳の色が召し上げられました」
「瞳ですか!?」
「はい。今は若葉の色ですけれど、元々は深い青色だったのですよ?」
ソフィア様が恥ずかしそうに俺に瞳を見せる。ということは目が合っているということで……俺も恥ずかしい!
しかし……綺麗なフレッシュグリーンで、吸い込まれそうになるくらい美しい。
ずいぶん打ち解けてきたところで、俺は気になっていた事を聞いてみる。
「私の事が見えたのは……二つ目の【神喩】の力ですか?」
◆ 聖女――ソフィア ◆
「はい」
わたしの二つ目の【神喩】は『慧眼』。
「慧眼とは、物事の本質を見抜く鋭い眼力という意味合いですが、どうやらそれだけではないみたいなのです」
「隠れている人間が見えると?」
「そうかは分かりません。ベルグ様の事は見えましたけれど、ベルグ様は別に隠れてはいませんでしたよね?」
「……そうですね」
実際、【神喩】を賜って約十日の間、どこかに誰かが潜んでいると知覚した事はありません。
「それに、他にも近くにいる人間の“気持ち”のようなものが感じ取れるのです」
「気持ち?」
ベルグ様は、分かったような分からないような、微妙な表情をなさっている。
例えば、わたしにおべっかを使っていたり、言葉とは裏腹な事を考えているような人はすぐに分かるようになりました。
逆に、わたしの侍女や護衛騎士のアンジェですが……彼女らはわたしの事が大好きで、十分な敬意をひしひしと感じます。“親愛の情”に近いものです。
そして、ベルグ様からも……
「まあ、良くは分かっておりませんが、物質に対する眼力だけではないことは確かです」
峠も無事に抜けると日没が迫り、わたし達は中規模の町で宿を取る事にしました。
ですが、この町の領主は明確に兄を支持する派閥の貴族。昨日“逃げる”時には避けた町。
「大丈夫ですよ。ソフィア殿下が足を踏み入れたなんて、露ほども思っていないはずですよ。尾行もされていませんし」
確かに、町では騎士・衛士らしき者がチラホラ目につきますけれど、特段切迫した雰囲気ではありませんね……
峠での出来事がまだ広まっていないようでよかったです。
あの後、国境の町に報告して襲撃者の引き取りを依頼しようとした時、ベルグ様の「やっぱり、放っておきましょう。そうすると皇子側の情報の把握が遅れて、どちらに移動したのかも判断できずに対応も遅れていく。我々には利点しかありません」という助言に従って良かったということでしょう。
しかし……街なかで姿は見せない方がいいと、宿の部屋に入る時まで姫様抱きされるとは思いませんでした。その時のアンジェの怨めしそうな表情は面白かったわね。
ベルグ様は部屋も取らずにわたし達の部屋の番をして下さると、ドアの前に陣取って下さいました。
「ベルグ様もお疲れでしょうに……」
「任務で慣れてますから大丈夫ですよ。誰からも見えないので、座って休めますから」
ここでもアンジェが不満そうに「此奴ではなく私めに警護のお役目を!」と、言い出したのには困りました。
「いやいや、騎士が扉番をしていたら、ここにやんごとなき御方がいますと喧伝するようなものじゃないか」
「ぐっ! 確かに……。で、では部屋の中での警護はお任せ下さいませ! 殿下」
「え、ええ。お願いね?」
何事もなく夜は明けましたが、町は物々しくなっていました。衛士や領主の騎士達が数人の隊列を組んで街中や峠方面で何やら捜索しているようです。恐らく――というか、確実にわたしを探しているのでしょう。
ですが、昨日と同様ベルグ様に抱えられて“空馬”として町を出て行けました。
王都の直前まで来ると、ベルグ様は仰いました。
「ここからは堂々と行きましょう。大丈夫です。私もアンジェさんもいますから」
私はアンジェが手綱を握る馬に乗り換え、姿を現して王族専用の通用門へ向かう。
ベルグ様は、乗馬のできない侍女の馬を歩いて御して下さっている。当然周りからはお姿は見えないので、あたかも侍女が御しているように見えています。
「ソフィア王女殿下のお戻りである。門を開けよ!」
アンジェが門番に命じる。すると、門番から伝え聞いた責任者が慌てて出てきて、「お帰りなさいませ」と出迎える。
「ここ二日、殿下がお戻りにならないということで、王城も大騒ぎになっております」
「そうですか、遠出をしたところ、思いの外楽しくて……心配をかけました」
兄の勢力から逃げる時にもこの通用門を通ったのですが、王都の民や一般の衛士達には争いがある事など伝わっていないですし、王城の方も表には出さないので、王女が“数日行方不明”ということで騒ぎになっているそう。
そのまま数人の衛士が先導という形で護衛に就いてくれて、王城の城門へと到着。
衛士の先触れを受けたわたしの侍女長や、国王陛下――お父様の側近の方々が待ち構え、出迎えてくれました。
中には兄の派閥の貴族の姿も見えます。負の感情が感じ取れます。
「ソフィア殿下。ご無事のお帰り、ひと安心でございます。陛下も心配申し上げておりました。陛下へご挨拶だけでもお願い致します」
わたし達は馬を下りて、お父様の侍従の先導で王城を陛下の執務室へ向かいます。
道すがらベルグ様のお姿を探ると、わたし達の集団からは離れて少し先を警戒しながら進んでくれていました。
「殿下! 勝手に城外へ出歩きになって、何処へおいでだったのですか? 何をなさっておいでか?」
兄派の貴族もしつこくついて来て、この数日の事をわたしから聞き出そうとしてくる。
その度にアンジェが「殿下はお戻りになられたばかりである! 離れろ! それに、何をなさっておいでだったかは、殿下が陛下に申し上げること。貴殿には関係あるまい」と守ってくれたので、お父様の執務室に着く頃にはその方達も引き下がってくれました。
「おおっ! ソフィア。無事で会ったか」
執務室に入ると、お父様は人払いを済ませて、机を立って私に駆け寄って下さる。
「はい、お父様。わたしの我儘でご心配をお掛けしました」
そして、悲しみをたたえた表情で「すまぬな、ソフィア……」と、一言。
「……いいえ」
執務机の前の応接セットに導かれて、二人掛けソファに片膝どうしが付くほどに寄り添って腰掛けます。お父様はわたしの手を優しく包んだまま。
お父様も、本当は何があったかは知っておいでです。この国の王なのですから、あらゆる方面から情報は入ってきます。
ただ、気軽に関与したり裁定を下したりすることは、王家はもちろん貴族達をも二分するような大きな問題となってしまうので、お父様もわたしも迂闊に真実を口にできないのです……
防音の効いた国王執務室には、わたしとお父様、そしてベルグ様。
わたしが入室する前に敢えて躊躇している振りをしている隙に、彼は「失礼しますよ」とスルっと入室し、お父様は気付いてもいません。
お父様がお立ちになった執務机の椅子に遠慮なくお座りになり、背を深く預けて足をプラプラと振っています……
「お前の兄、ノイエスがこのような苛烈な手段を取るとは思わなんだ」
「仕方がありませんわ……つい十日ほど前までは王位継承権第一位なのでしたから……」
「うむ。奴にも後ろ盾の貴族やコバンザメのような連中が多かったから、後には引けなくなったのであろうな」
「わたしが継承権を辞退出来れば良かったのかもしれませんが……」
「それはならん」
いくら国王であっても、王位の継承に関しては不用意に口を出せない。
粛々と【王室典範】に基づいて王位の継承を決めるほかない。それが周囲の貴族や国民に後腐れが少ない方法なのです。
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