聖女様と石っころ ~王女ソフィアの“人知れぬ”想い人~

柳生潤兵衛

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6.これから期待しております、ベルグ様

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 ◆ 聖女――ソフィア ◆

 これまではわたしに騎士はいなかったけれど、これからはベルグ様とアンジェ――恐らく受諾してくれるでしょう――が就いてくれる。お兄様が強硬手段に出てきた以上、民の為にわたしもしっかりしなければいけません!
 『聖女』の力によって、私自身が“直接”害されることは無いでしょうけれど、わたしの周りの人間、ひいては民に害が及ぶことは十分に考えられます。そのようなことは許されません。何としても抑えます!

「ベルグ様、頼りにしていますよ」
「ええ。殿下がお部屋にいる間は、適当に城内をうろついてノイエス派の動向を探っておきます」
「ベルグ様にお任せします」
「殿下……その……“様”って、お止め頂けないですか? こそばゆいんですけど……」
「ベルグ様はわたしの命の恩人ですから、ダメです」
「そう……ですか……」


 数日の後、お父様からわたしとお兄様、王都に滞在する貴族らに呼び出しがありました。場所は謁見の間。
 これまでであれば台座の上にお父様がお座りになる玉座があり――時には王妃の座もある――、わたしもお兄様も臣下と同じく下に控えるのですけれど、今回からは違います。
 わたしは玉座の隣に用意された王太子(王太女)の座に着く。
 台座にはお父様と私。わたし達の前――台座を下りた先――には、お父様の護衛騎士二名とわたしの護衛騎士のアンジェともう一人が“たっとき御方”を護るために目を光らせている。
 ベルグ様も、暇そうに台座の端っこに腰かけているんですけどね……わたし以外誰にも見えていないからって、気を抜いているのかしら?

 お兄様は一派の貴族を引き連れて謁見の間に来たので、彼らの面前でまざまざとわたしとの差を見せつけられる形となり、悔しさに奥歯を噛みしめながら臣下の礼をとった。
 兄派の筆頭と目される宰相もこの場には居るけれど、他の高位役職者の列にいて、同じく苦虫をかみつぶしたような表情をしている。神妙な表情の者も含めて、みな分かりやすく不満げな顔をしているわ……

 ◆ ノイエス王子 ◆

 くそっ! くそっ! くそっ! くそぉおお! ソフィアぁぁああ!
 つい二週程前までただの妹だった分際で! 俺のいじめにただ泣き腫らすしかできなかった分際で! 台座の上に、父上の隣に……俺よりも高い場所にいやがる!

 俺の方が兄だぞ? 男系の男子だぞ? つまらぬ典範などがあるから、俺の手から次期王位がすり抜けていきやがった! くそがぁ!

「皆様お集まりのようですな? 本日は国王陛下から私共へ下知がございます。拝聴せよ」

(俺の『しくじるな』という命令を完遂出来なかった)宰相の奴が無感情に場を仕切り、父上の言葉を待つ。
 俺が宰相に視線を飛ばしても、奴は目を伏せるのみ。忌々しい奴だが、奴は貴族内の有力者……ないがしろにはできない。

「皆も知っての通り、過日の成人の祈りにて我が娘のソフィアが【神喩レッテル】を賜った。正式には発表しておらなんだが、【神喩】を賜った以上、王室典範に則りソフィアが我が王位の継承者となる」

 チッ! 父上が有無を言わさぬ威厳のある声で、ソフィアが後継だと宣言してしまった。
 くそ、くそっ、くそぉ!

「【神喩】は、我が国にとって貴重な力だ。ソフィアはまだ若輩であるし、余も健康であるが、【神喩】を賜ったソフィアいることは我が国にとって益しかない。皆でソフィアを盛り立てて行こうではないか」

 父上自らが言葉を発したことで、多くの貴族共が「ははあっ!」と返事をしやがった。冗談じゃねえ!

「良いな? ノイエス」
「し、しかし父上! ソフィアは【神喩】を賜って早々数日も無断で城を空けました! そんな身勝手な奴に王の後継者が務まりましょうか?」

 俺が異を唱えるとは思ってもいなかったのか、中立派やソフィア支持に傾いた貴族共がざわめく。

「それもそうですな……」
「もしも国の大事の際に姿をくらませでもされたら……」
「やはりノイエス殿下の方が……」

 俺の派閥の者共が、調子を合わせてソフィアへの不安を煽る。いいぞぉ、もっとやれ!

「静まれいっ!」

 父上の一喝で、鎮まってしまったか……

「それを言うのならノイエス、お前も人目を盗んで城下に良からぬ遊びをしに行っておろう」

 なぜそれを!?

「いずれにせよ、ソフィアには『聖女』の力があり、ソフィア自身の身はいかなる悪意からも守られ、いずれは国全体もその守護下に入るだろう。『慧眼』の力で他国にたばかられることも無くなる。フランネル王国は更なる繁栄を迎えるであろう」

 場の空気が一気に希望に満ちたものに変わりやがった! ちくしょうがっ!

「であるから、ノイエス。お前もソフィアの下で力を尽くすのだぞ?」

 父上は台座の上から、俺の目を見据えて睨みを利かせるように圧しつける。

 この前の事はお見通しだってか? そうだ、俺が宰相にやらせた。だが、しくじって客車に閉じ込められていた馬鹿共は、近くの俺派の領主が客車ごと谷に落として消したから、証拠は何ひとつ残っていないんだ。
 証拠がない以上、誰も王族の俺をどうこうできまい。今回は失敗したが、父上が死ぬまでにソフィアをとっ捕まえて閉じ込めてしまえばいい。何度だって機会はあるだろうさ。その後は父上も……

 しばらくは大人しく“計画を練っておく”か。

「もちろんです父上。微力ながらソフィアを盛り立てて参ります」
「……そうか」

 忌々しい!
 ……ところで、さっきから俺の顔にペチペチと何かが飛んできやがる。砂? 小石か? 父上をあざむくために真面目な顔をしなきゃなんねえってのに……。何も無いところからなんで小石なんぞが飛んでくるんだ? 風か?

 ◆ 聖女――ソフィア ◆

 ベルグ様! 何をしているのですかー! 
 急に台座から立ちあがったと思ったら……兄の近くまでスタスタと近寄って……ポケットから何かを出して……投げて、って何を投げているのですか?

 あ、戻って来ました。
 また台座に腰かけようとしているけれど、ちょうど目が合ったので側に来るように合図を送る。

 謁見の間では、続けて宰相がわたしの王太子(王太女)就任に関する式典の日程や公務の振り替えなどを粛々と伝達している。

「ベルグ様、何をなさっていたの?」

 わたしは前を向いたまま、側に来たベルグ様と視線は合わせずに小声で話す。

「いやぁ……ソフィア様の兄上? ノイエス殿下の目つきが気に入らなかったので、ちょっと嫌がらせを……」
「何か投げていましたよね?」
「ええ、小石を……」
「まぁ! 大胆なこと」
「いやいや、もっと大きめの石を持ってくればと後悔していたところですよ」
「ぷっ! ふふふ……わたしもやりたかったですわ」
「へへへ……あ、でもそうだ!」

 ベルグ様が何かを思い出したようで、再び台座から下りて、今度は兄の真後ろに忍び寄った。
 何をする気かしら? 小石を入れていたポケットとは反対のポケットに手を入れて……何かを握ったまま兄の頭上に手を持っていく。
 ワクワクします。
 ベルグ様がパッと手を開くと、兄の頭に灰がバサッと落ちる。

「うわっ!? な、なんだ! うっ! ゴホッゲホッ! さっきからなんなのだっ!」

 兄は咳き込みながら頭の灰を払い、周囲の自派貴族に疑心の目を向ける。向けられた方は懸命に首を横に振って無実を訴える。犯人はとっくに安全圏に抜けて、ゆっくりと台座に向かっている。

 わたしと目が合った“犯人”は、いたずらっぽくウィングをして寄越す。
 わたしは「よくやりました」と言うように目で頷いてあげます。

 小石と灰なんて……ベルグ様も面白いことを思い付くものですね。地味ですけれど、それゆえに効くでしょうね。


 宰相による伝達が終わると、お父様からベルグ様への騎士号授与とわたしの騎士への就任が発表された。
 王女救助の功などと言えばノイエス派に付け入る隙を与えかねないので、諜報部長官ユングベリの推薦を受けての選定だとだけ公表された。

 兄達は早速ヒソヒソと指示を飛ばしたりしている。
 彼らはベルグ様の事を全く知らないでしょうから、おそらくベルグ様を調べ上げるおつもりでしょうけれど、どこまで迫れるかしら?

 このように、お父様から正式にわたしの立太子が告げられたにも関わらず、わたしの『慧眼』ではまだまだ謁見の間に不穏な思惑が渦巻いて見えます。
 わたしが生きて戻り、堂々としているからといって攻撃が収まるとも思えません……

 ですが――
 わたしとベルグ様、アンジェが力を合わせてそれらを乗り越えなければ、民に安寧は訪れません。
 この先に不安が無いわけではありません。でも、わたしは負けません!
 兄ノイエス一派の企み、隣国シーブ帝国の思惑、他にも明るみになっていない事も多々あるでしょう……
 それら全て乗り越えて見せましょう!

 ……そして、ベルグ様。わたしを可愛いと仰ってくれたベルグ様。
 わたしが次期国王になったことで、これまでのらりくらりと避けてきていた婚姻が、より重い意味を持つものとなりました。国のためとはいえ、わたしは……わたしを利用しようとする方とは結ばれたくはありません!

 ベルグ様……
 なんとか活躍して、少なくとも伯爵におなり下さい。そして、わたしの事を……
 期待しておりますよ。
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