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2.プロローグ② 狼っ娘の事情
しおりを挟む夜もすっかり更けた頃――
焚火の火を絶やさないようにしつつ、周囲の警戒にあたっていると……
「うっ……うわぁー! やめてぇ、痛くしないでぇ!」
ふいに狼獣人の娘っ子が、横たわったまま手をバタバタと動かして何かから身を守るような動きをしだした。
助けて許してと、うわごとのように繰り返しながら魘《うな》されているその様からは、よほど酷い目に遭っていたことが窺える。
「お、おい! 大丈夫だ。お前は生きているし、今は怖い奴なんざ、いねえぞ?」
俺が近づき、肩を揺すって声をかけてやると、娘っ子は苦痛に歪んだ顔を解き、固く閉ざされていた目をゆっくりと開けた。透き通るような黄色――いや、金色の瞳だった。
娘っ子の目が開き、焦点の合っていない虚ろな瞳がぼんやりと俺を捉え……そして、俺をはっきりと認識する。
認識すると……当然っちゃあ当然だが、娘っ子が目を見開いて騒ぎ出す。
「だっ! 誰だ貴様は! ――っ痛《つ》ぅ!」
いきなり上体を起こしたせいで、反動で傷が疼《うず》いたようだ。片目をきつく瞑って顔を顰《しか》めた。
指は人間ほどに長いが、いかにも獣らしい鋭利な爪を出したまま一番大きな傷口を押さえる。
すると、俺が応急手当てを施している事に気付いたようだ。
「き、貴様! このアタシに触ったな?! ――服は? 剥ぎ取られた? まさか穢《けが》された?!」
「おいおい! 頼むから落ち着け! 俺が見つけた時には、肌着姿だったぞ? それを脱がさない範囲で手当てしたんだ!」
「手当てだと? ……」
娘っ子は、やや落ち着きを取り戻したようで、薬草が貼り付けられたり包帯の巻かれた自分の身体をペタペタと触っている。
「これを……貴様がやったのか?」
「ああ、そうだ。なけなしの薬草と包帯を使い切ったんだぞ」
熟練冒険者の俺が、ここら辺の魔物と戦って怪我をすることはまず無いが、ゴリゴリの戦闘職の俺が回復魔法なんて高等魔法を使えねえことを考慮して、万が一の備えはあった方がいいと持っていたモンは全部使い切ってしまった……
「そうか……すまなかった」
だいぶ落ち着いてきたようなので、事情を尋ねると――
「ア、アタシはリフェーリアだ。細かいことは……」
◆◆◆リフェーリア
アタシの傷が手当てされていて、痛みも焚火の温かさも感じるってことは……ここは下界で、アタシは生きてるってことね。
だんだんと思い出してきた……
そうだ、アタシは堕《お》とされたんだ!
アタシは神獣フェンリルだけど、この下界で生まれてすぐに邪神アルゴンに攫われたらしくて、それ以来呪縛の首輪を嵌められてアルゴンの僕《しもべ》として天界と下界を行き来して休みなく悪事に加担させられてきた。
……定期的に人間の魂を狩りに行かされていたのだ。
だけど、幼い時分に攫われたアタシはフェンリル本来の力を十分に発揮できずに、アルゴンを満足させることはできなかった。
罰として折檻されて、癒える前に下界に送られ、狩りに失敗してまた折檻。その繰り返しが限界に差し掛かったある時――
「お前も大分くたびれてきたナア? やっぱり楽して手に入れた成獣になる前のガキは駄目だナア~。このアルゴン様の求める成果もあげられなくなってきたシィ~、お前は用済みダア。下界に落ちて死ねヤア!」
アタシは呪縛の首輪から解放される代わりに、強《したた》かに責められた後、身ぐるみ剥がされて下界に落とされたのだった。
それに……普通、下界にいるときは、フェンリルとして銀色の狼の姿になるはずなのだけれど、今の姿は天界にいるときの人型の姿とも違う。中途半端な姿で、まるで獣人のようではないか!
アタシは下界に落ちて死ぬように一番脆い姿で天界から放り出されたのだ!
運よく命を永らえることは出来たようだけれど……フェンリルの姿には戻れるのかは分からない。今のところ戻れる気はしない……
アタシはこの先、この姿でどうやって生きていけばいいのだ……
そもそも生きていく意味などあるのだろうか……
◆◆◆
「――まだ話せない。聞かないでくれ……」
それだけ言ってこの娘は、苦渋に満ちた表情で口を噤んだ。
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