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5.誇れねえんなら、洗い流しちまおうぜ

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 ◆◆◆リフェーリア

 アタシは、たった一つしか無い母様の記憶を守ることに拘《こだわ》るあまり、その後にずっと続いた嫌な体験にも縋《すが》りつくところだった。
 あの記憶の直後には母様の悲鳴があって、それ以降は辛く悲しい“体験”しか無かったのに……

 ギグスの言う通りだ。アタシは鮮明に覚えている。
 お姿は見ていなくても、母様のお声やニオイはアタシの頭に、心に、深く刻まれているんだ。
 これまでの嫌な思いは、今日この場で捨てて行ってしまうぞ!

 ◆◆◆

「……それで、どうすればいいんだ?」
「おう! そういう時はなぁ、洗い流すのよ!」

「洗い流す?」
「おうよ。冒険者ってのはな? 全員って訳じゃねえが……単純なもんでな。嫌なことは水浴びでバシャバシャ流してやるんだ。時間がありゃあ頭から湯を被ったり、湯を張った桶にゆっくり浸かったりな。――それで嫌な思いを流し去るんだ。サッパリするぜ? で、前に――次に向かうんだ。やってみるか?」

 ま、大抵の奴は酒場で騒いで酒で流してやるんだが……“水に流す”って方がよっぽど健全で前向きだ。

「……やる」
「おし! ――そうだ! いいモンがあるんだ。ちょっと待ってろ」

 俺らは一旦ここを撤収して、少し歩いたとこにある河原へ向かう。
 リフェーリアは背負ってってやろうと思ってたが、もう歩けるって。すげえ回復力だ。


 彼女を適当な場所に座らせてから火を焚いて、鍋に椀ニ、三杯分のお湯を用意しておく。

「それを被るのか?」
「いやいや! 火傷しちまうって」

 俺は荷物袋をもう一度ひっくり返して、とある物を入れた小さな革袋を取り出す。
 そして、袋の紐を解いて、中身を全部火から外した鍋に入れる。パラパラっと。

 それはお湯に溶けて、茶色っていうか黒ずんだ緑色の液体ができた。

「少し良い匂いがする。……お茶か?」
「これはなぁ、ギグス様特製の……洗髪粉だ」

 そう。俺の長年に及ぶ冒険者生活で、薬草や香草の配合を独自に思考錯誤した末に編み出した洗髪粉。それで作った洗髪液。
 リフェーリアは全身の半分は毛に覆われてるんで、俺の五、六倍の量が要るから、粉も使い切っちまったな……

「冒険者ってのは、長期間の遠征が付き物でな。何日も水浴び出来ねえなんてのはざらなんだ。ど~しても髪や体を洗いたい時にこれを使ってたんだ。効果は保障するぜ? なんせ、国一番の豪商ですらこの作り方を売ってくれって程だったからな……売らなかったけど」
「ほう。それを被るのか?」
「いやいや! やっぱり火傷しちまうっての。これを適温に冷ましてだな、全身の地肌に行き渡らせて、揉み洗いして、最後に川に飛び込んで洗い流すのよ! さっぱりするし、毛もサラサラになるぜ?」

 最初リフェーリアは、パッと見泥水の鍋の中身――特製洗髪液――を胡散臭そうに覗き込んだり、匂いを嗅いだりしていたが、前言を翻すこと無く言い切った。

「やる」

 洗髪液も人肌まで冷めてきたところで、俺が洗ってやろうと思ったけど……リフェーリアが女の子だって思い出して、彼女の頭で見本を示してやって、あとは自分でやってもらう。

「のっ! 覗くんじゃないぞ!」
「わ~ってるよ……」

 彼女に背を向けて林の方を見ていて、しばらくすると水面が弾ける音がしたから、リフェーリアが川に飛び込んだのだろう。それにしても凄い音がしたぞ?
 俺が『最後に川に飛び込んで洗い流すのよ!』なんて言ったから飛び込んだのだろうか? 別に歩いて入っても良かったんだけどな……

 それにしてもリフェーリアの奴……包帯を取ってみたけど、あんなにいっぱいあった傷がもう治りかけてたぞ?
 深かった傷も塞がりかけてたし……獣人の回復力ってこんなに凄かったっけか?

 それからまたしばらく――

「ギ、ギグス? これでいいのか?」

 呼び声に振り返ると、汚れの目立ってきた生成りのシャツを草木染めしただけの、深緑色の麻シャツに袖を通したリフェーリアが立っていた。
 俺が一枚だけ持って来た替えシャツだから、俺の半分ほどの身長の彼女が着ると、肩はダボダボ、半袖は七分袖、シャツ裾は足首まであるワンピースみたいな感じだ。
 荷物袋に入っていた縄をベルト代りにして腰で結ぶと余計にワンピースらしくなった。

「に、似合っているか?」

 少し伏し目がちに、はにかんだように聞いてきた。

「おう! リフェーリア用に誂《あつら》えたかと思うほど似合ってるぞ」
「そ、そうか!」

 彼女の顔が明るくなる。……こんな表情も出来るんだな。

「そうだ。どうだった? 俺特製の洗髪液は。さっぱりしただろう?」
「うん。ニオイが全部無くなった」
「嫌なモンも洗い流せたか?」
「……と思う――いや、流した!」
「おう! その意気だ。リフェーリアが流したって言やあ、流したことになるんだ。それでガンガン前に進んで行くんだ」
「うん!」

 そしてリフェーリアは、何故かシャツのニオイを嗅いでいる。
 ――もしかして?

「何日か前まで着ていて、着替えついでに洗ったんだけど……洗い方が甘かったか?」

 まさか誰かに着せるとは考えてなかったからな……

「悪りぃな。途中の村で適当な服を買ってやっから、それまで我慢してくれや」
「べっ、別に買わなくてもいい! それに……」

 リフェーリアが顔を赤くして、俯いてボソボソと呟く。

「初めて付くのがギグスのニオイというのも……悪くない」

 なんて言ったかは聞こえなかったが、怒ってる感じじゃねえからいいか……
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