結婚を控えた公爵令嬢は、お伽噺の“救世の神獣”と一心同体!? ~王太子殿下、わたしが人間じゃなくても婚約を続けてくださいますか?~

柳生潤兵衛

文字の大きさ
51 / 56
第2章 とんでもない異変!編

51.遭遇~戦い①

しおりを挟む
 
 エドが持つ盾は、わたし達が什宝室に入る時にひさし代わりに腕に付けた丸盾ではなく、歩兵が密集して使うような両手持ちの大きな盾。緩く湾曲していて、エドが屈むと全身が盾に隠れるほど大きい。
 裏側には右上・中央やや高め・左下の三か所に持ち手が付いていて、両手で持てばかなり安定しそう。
 表は黒鉄の地で、菱形の中に狼の後姿のシルエットという、家紋としては凄くシンプルなカークランド家の紋章が白銀で描かれている。彫られたところに白銀が埋め込まれているので、菱の形と狼の後姿の銀色が黒地に映えている。

「これもわたしが持つと軽く感じるのですか?」
「いんや、これはただの盾だ。でも、当時は王国で二番目――いや一番は切り裂いちまったから……一番頑強な盾だったぞ」

 銀狼様級――神獣には効かないじゃない!
 ―――だから“気休め”って言ったろ?

「エドが危ないじゃないですかぁ!」
「なぁに、蜘蛛野郎にはアタイみてえな鋭い爪があるわけじゃねえ。数撃くらいは耐えるだろ」

 数撃……


 ともかく、怪物のいない間に戦いの準備をする。
 戦うのは銀狼様とわたし、盾役のエドの三人だと考えていたら、シドも加わると言う。
 恐らく、万が一の時に最低でもエドは救い出せと、陛下から厳命されているのだろうな……

 アンとブッチははるか後方に下がってもらい、数名の隊員を護衛に就ける。
 残りの隊員は、谷から少し離れた位置で樹の陰に隠れて、戦闘への介入の機会を窺うそう。

「じゃあ配置に就きましょう!」

 配置は、大馬の大きさになった銀狼様が最前に一体で立ち、その後ろに盾を構えたエドとシドが横並びで立っている。二人とも心臓やお腹など、胴の前方を守るだけの軽い防具しか着けていない。
 盾を構えたエドは両手持ちの長剣を腰に携え、シドはすでに片手剣を抜き身で持ち、腕には丸盾を装備している。
 最後尾に、聖浄殻の粉末を入れた革袋を腰にぶら提げて、槍を握り締めただけのわたしが……スカートを脱いだキュロット姿で立つ。恥ずかしさは無い。

 息を潜め、谷の向こうに神経を集中させる。


 しばらくは穏やかで風が木々を揺らす音や、谷底から吹きあがってくる風の音が続いたが――
 谷の向こうから微かに樹の割れる音や、軋む音、しなる音が聞こえてきた。

「来るぞ」

 銀狼様が落ち着いた声で言う。
 そのおかげで、心臓はバクバクだけれど頭は平静を保てている。

 カサカサと葉が擦れる音、ミシリと幹がしなる音、バキッと枝の弾ける音、ドシンと樹の倒れる音、どんどん近付いてくる。
 そして――
 ミシミシメリメリと対岸の森の切れ目の樹が大きく揺れると、その木をバネにした大きな黒い塊がビュウッと宙に飛び出てきた。

「確かに奴だ」

 飛び出してきた“塊”は、空中で脚を大きく広げて滑空するように谷に差し掛かっている。
 お尻の辺りの突起から、キラキラと光を反射する糸を風になびかせながら、まるで時間の流れが遅くなったかのようにゆっくりと巣に向かって落ちていく。

 その怪物は、銀狼様の体躯の倍はあろうかと言う腹部に、それよりひと回り小さい頭部、それに大きく広げられた脚……要は銀狼様の何倍も大きい!
 そして、脚! 従騎士や使用人が言っていたように、人間の手足の形をしている! 大きいけれど、形はやっぱり人間のと分かる形。
 八本ある脚のうち、後ろの二対は足で、前二対は手。

 怪物が自由落下するにつれて、“顔”の部分も見えてきた。
 顔の正面に大きい眼が一対、その外にもう一対の計四個……顔の横にも眼が二対。
 全部で八個も眼がある!

 落ちていく怪物の眼が怪しく光り、わたし達を追っていた気がするが、怪物はそのまま巣に落ちていった。

「すぐに来るぞっ!」

 銀狼様の一喝が入り、わたしもエド達も身構える。わたしの胸が早鐘を打つ。
 エドはわたしをチラリと振り返り、わたしが盾の真後ろに入るようにわずかに移動した。

「オリヴィー、僕から離れないでね?!」
「う、うん!」

 怪物が消えてすぐ、ミシィッと椅子が軋むような縄が伸びきったような、どこか不安を駆り立てる音が一度。
 次の瞬間にはもう怪物がり上がって、あっという間にわたし達の遥か上に舞っていた。
 巣の反動を使って飛び出してきたのね?
 さっきと違うのは、明らかにわたし達の方に飛び出してきてるってこと!

 怪物に太陽の日差しが遮られ、一気に周囲に影が差す。
 わたしからは怪物が真っ黒な影となり、蜘蛛の形しか見えないけれど、その周囲の空気が紅茶に砂糖が溶ける時や陽炎みたいにゆらゆらと、しかし薄っすら黒く揺らいで見えた。
 ただそれだけで身体が委縮してしまい、動けない。

 もしかして、みんなこのまま押し潰されて終わる?

 ―――ん~な訳ねえだろっ!

 銀狼様の声が頭に響いたと思ったら、エドの盾の陰から銀狼様が矢のようにビュウンッと一直線に飛びかかっていく。
 その先には怪物がいて、銀狼様はそのまま頭から突っ込んでいった。

 頭突き!?
 銀狼様が怪物の腹部と頭部の間に頭から斜めに突っ込んでいく。

 ガンッ!
 硬い物同士がぶつかる音がして、すぐメチッと物がひしゃげる音も。

「「ぎゃぁー」」

 くぐもった高音のユニゾンが聞こえた気がした。
 おかしいわね。蜘蛛に鳴き声なんて無いはずなのに……

 衝突した二体は蜘蛛が押し負け、蜘蛛はバランスを崩してひっくり返りながらこちら側の地面に落ちてくる。
 銀狼様は空中で体制を整えながらストンと柔らかく着地した。

 ズドン!

 大きな音をたてて背中から地面に叩きつけられながらも、蜘蛛はクルリと姿勢を制御し、蜘蛛もまた地に脚――手足?――で立った。
 だけど、蜘蛛にはダメージは確実に入っているようで、身体を支える黒い手足がグラグラ震えている。

「チッ! 一発で頭と胴をお別れさせてやろうと思ったが……獣をたらふく食べて力を蓄えてやがったか」

 そう言った銀狼様がわたし達に振り返って言葉を続ける。

「アンタら、今まとめて呪術にかかって委縮させられてたぞ! 気合入れてたら防げたはずだぞ?」
「「呪術?!」」

 あのユラユラが見えた時に掛けられた?

「ああ。こっからも、気ぃ抜いてっと呪術に引っ掛かって死ぬぞ! 気ぃだけは抜くなよ!?」

 気を抜いていられない! 槍を握る手に力が入る。
 わたし達は油断を排除し、改めて隊形を直す。
 左手側の谷に注意しつつ、前方の蜘蛛に集中する。

 今度は銀狼様が攻撃を仕掛けるべく正面から蜘蛛に向かっていくが、跳躍から爪撃に入ろうとした瞬間に、蜘蛛の全身からもう一度陽炎のような揺らめきが発せられた。今度は銀狼様に向けられている!
 銀狼様に呪術がっ!

 しかし、銀狼様は「チィッ」を舌打ちすると、フゥッと口から“白い息”を吹きかけて相殺した。
 空中で爪撃の機会を逸した銀狼様に向かって、蜘蛛は後ろ脚の『足』四本で立ち上がり、前の『手』四本で銀狼様の身体を掴みにかかる。

「銀狼様ぁ!」

 わたしが叫び終わるか終らないかのうちに、シドが猛然と蜘蛛へ駆け寄り、銀狼様を捕らえんとする右最前手を下から斬り上げた。

 ジャクッ!

 シドの剣が馬の胴体くらいの太さがある蜘蛛の手を斬りつけ、その半分ほどまで刃が入る。
 ――が、それ以上は刃が進まず、剣を引いて抜こうにも抜けなくなっていた。まさに抜き差しならない状態に陥った。
 そこにもう一本の“右手”が五本指のある手のひらを開いて、シドに標的を変えて襲いかかる。
 シドは剣を手放し左腕の小さな丸盾を前面に、衝撃に備えた。

 バチィン!

 まるで頬を平手打ちされた様な乾いた音とともに、シドの身体が森の方向に弾き飛ばされていった。

「「シドォォ!」」

 わたしもエドもシドの叩き弾かれた方向に視線を移しているうちに、銀狼様がわたし達の前に戻ってくれた。

「見るべき相手が違う! アンタらは常にこの蜘蛛野郎を警戒していろっ!」

 銀狼様の大呼で我に返ったわたしは、前に――蜘蛛に視線を移す。

 ――エッ!?
 銀狼様に掴みかかっていた蜘蛛の左“手”が、二本とも千切れたように無くなっている!

「よくやったシド坊とやら! おかげで脚二本頂いたぞ」

 いつの間に!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

転生騎士団長の歩き方

Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】  たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。 【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。   【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?  ※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 そう名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  ✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 ✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...