リッチさんと僕

神谷モロ

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第14話 幕間 正義の鉄槌

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 王の間

「わしは悪くないぞ! 悪いのは奴だ!」
 王は定例会議の後の休憩時間に悪態をついた。

 ――そうだ、わしは奴の研究を応援してた、むしろ最大の理解者だ。

 公衆の面前で処刑と言ったのは少しは悪いとは思っていたが。のらりくらりと質問をはぐらかした方が全面的に悪い。
 さすがに堪忍袋の緒が切れるというものだ。


 ――しばらく奴は謹慎処分だな、これで奴は反省するだろう。いや、あの、のんびり屋のことだ、反省などしないだろう。

 なにか危機感の一つでも与えねばと熟考(じゅっこう)していると。

 
 ちょうどティータイムの準備をしていたメイドを下からなめるように眺めながら、彼は一つの罰を考えた。

 ――そういえば、奴の弟子に一人、女がいたな、恰好は野暮ったいが磨けば光るタイプだ。

 王は、気に入った女性がいたら誰でも手を出す悪癖があった。もちろん身分の高い者には手出しはしなかったが、
 ある程度の立場の者なら、政治的に根回しをしつつ周囲から篭絡していくのを趣味としている節があった。


 ――そうだな、奴には責任として人員削減をするように命令しよう。

 そうして、同時に王室付きメイドの募集もしようかと考えながら、目の前で紅茶を注いでいるメイドに言った。

「おまえにもそろそろ、部下の一つでも与えてやろうかのう」

 メイドはやや怪訝な顔をした。
 
「そう怒るな、お前に飽きたわけではないぞ? 」

 ――そうだな新人教育も含めて三人でするのも悪くはない。

 そう言うと、王は紅茶をたしなみながら薄ら笑いを浮かべていた。


 その時、部屋全体が揺れた。地震かと思ったがそうではないらしい。

 瞬時に近衛の騎士と宮廷魔導士が集まり警戒態勢をとっていたからだ。

「何が起こった!」

 そう叫んだ瞬間、騎士たちは突然、炎に包まれたかと思うと一瞬で消し炭となった。

 あまりに一瞬のことで呆然としていると。

「王よ、ご無事で何より。間一髪といったとこですかな」

 一人の老人――魔法学院の学院長――が、駆けつけていた。

 彼の防御魔法がなければ、王も目の前の騎士と同じ運命であっただろう。

 安堵したのもつかの間、聞きなれない声が部屋中に響いた。

「これはこれは、まさか学院長さまがいらっしゃるとは、さては先生をだましましたね」

 目の前にこの騒動の犯人があらわれた。
 ――ば、化け物!

 ◆◆◆◆

 ――少し時は遡り、王城地下の研究室にて

 どうやら、俺たちの魔法は失敗だったようだ。
 まあ、そうなったらそれで仕方ないか、落ち込んでる場合ではない。

 それに、湧き上がる憎しみに今にもつぶされそうだった。
  
 憎悪に飲み込まれる前に目的を果たす。

「いくぞ! 相棒!」

 俺は真上に向けて、爆裂魔法を放つ。相棒は同時に研究室に防御魔法を張り巡らした。


 王の間まではいくつかのフロアがあったが、今となって、そんなのは関係ない。

 俺たちは最短距離で天井をぶち破りながら直進した。

 見つけた。案の定、王の部屋には護衛がわんさかいた。

 関係ない、お前たちはやってはいけないことをした。

 今度は室内に火炎魔法を放った。

 あたりが煙に包まれた。やがて煙が晴れるとそこには黒焦げになった騎士の残骸があった。

 しかし、王は無事だったようだ。

 ――ち、学院長だ、やつはそれなりに脅威だな。

「これはこれは、まさか学院長さまがいらっしゃるとは、さては先生をだましましたね」

 学院長、俺たちは皆、このジジイが嫌いだった。死者を自在に操るネクロマンサー、先生とは真逆の鬼畜だ。

 根拠はないが、奴がここにいるのだ、きっと王に先生のことを告げ口したに違いない。
 それに奴は以前から先生の研究に嫉妬していた節がある、なんども先生の論文にケチをつけていた。

 堂々と言えばよかったのだ。自分よりも優れている先生に、これ以上研究しないでくれと、土下座して泣きつけばよかったのだ。
 

「わしを知っているようだな化け物ども、どこから来たか知らんが王へは手出しさせんぞ!」

 化け物だと? 自分の生徒すら覚えてないのかこいつは……

 そうして俺たちはお互いを見合った。
 ……なるほど、俺たちは化け物だ。

 姿形は以前のままだったが、なんていうか、眼球はすべて黒く、逆に虹彩――黒目の部分――は赤く光っていた。
 それに皮膚は青白い。まさに化け物だろう。


「王よ、その結界から一歩も離れてはなりませんぞ!」
 そうしてジジイは、部下たちに指示を出した。よく見たら、学院長派閥の教授陣が勢ぞろいだった。

「どこから現れたか知らぬが、アンデッドながら高位の魔法を使うようだ。だが我らの前に立ったのが運の尽きよ」

 教授たちは俺たちに、ターンアンデッドを放った。

 アンデッドにしか効果がない極端な魔法で、俺達には興味のなかった魔法だ。
 魔法とはもっと自由であるべきで、名前付きの定型魔法などダサいというのが俺たちの共通の認識だった。
 それにアンデッドの倒し方なんて他にいくらでもあるしな。

 しかしながら、俺たちは生まれてはじめてその魔法をくらった。意識をもってかれそうな気がした。

 なるほど、この体になってその魔法がどれほど強力かを身をもって知った。

 だが、残念だったな。奴らの魔法力は俺達よりも格下だった。よって俺たちの結界を破るほどの威力は無い。

 気になるのはジジイだ、やつは先ほどから何か大きな魔法を準備している。

 さっさと雑魚を蹴散らしてジジイの魔法を止めないとな。

「ふぅ、なんとか間に合ったわい。貴様らのような高位のアンデッドは貴重だ、常々わしの配下にしたいと思っておったのだ」

 やりやがった。上位アンデッド支配の魔法。最初からそのつもりだったようだ。

 ち、俺たちは必死に抵抗した。しかし、先ほどのターンアンデッドで結界にほころびが生じていたのだ。
 
 ――まずい、意識が……。

 俺はとっさに相棒を見た。

 彼は冷静だった。いや俺と同じく限界だったのかもしれない。
 しかし、いつもの冷静な口調で言った。

「ねえ、1+1は何だい?」

「こんな時に何を、2に決まってるだろう」

「そうだね、でもそれが僕たちの場合はどうだろう、最低でも2、でも僕たちは3でも4でもそれこそ上限は無いと思わないかい?」

 ああ、思い出した。昔、俺達だけで話したことがあった。

 魂の融合。俺たちは以前からこういう魔法もできるのでは? とお互いに話し合っていたことがあった。

 でも、あいつには秘密だった。下手したら先生と融合したいとか言い出しそうだし。
 それに俺たちの関係もばれるかもと思って言えなかった。

 もちろん危険は承知だが、今は選んでる場合じゃない。

 よし、やるか。俺たちは息ぴったりに叫んだ。
「俺たちは正義の魔導士!」
「僕たちは正義の魔導士!」
 
「ぬわ、なんじゃ、何の光だ! わしの支配の魔法をかき消しただと!」

『ジジイ、俺(僕)たちの力を見くびるんじゃない!』

「おのれ、素直にわしの支配下に収まれば良いものを。皆の物、魔力をわしに集めろ、上位ターンアンデッドをやつにしかける」

 俺たちは、もはや奴らに興味はなかった。
 どうやら、一つになったのは魂だけでなく、体も一つになっていたようだ。
 自分の姿は確認できないが、湧き上がる力は本物だった。

 上位ターンアンデッドなど片手でかき消した。

 俺たちは、もう片方の手で魔法を発動させた。

『なあ、ジジイども、火の魔法には更にその上があるって知ってるか?』

 片手から放たれたプラズマの魔法によって奴らは王様を含めて跡形もなく消失した。


 プラズマの魔法、かつて勇者が使ったという伝説の魔法。

 実は俺たちは学生時代にこの魔法を再現したことがあった。

 発動タイミングを合わせて火の魔法を重ね合わせると、火はプラズマとなるのだ。

 でも成功したのは十回に一回程度であったが、一つの体となった今は失敗などありえなかった。

 さてと、邪魔なやつらは片付いたことだし。

 俺たちは一息ついて王座に腰掛けながら考えた。

 これからどうすべきか。まさか学院長が王と結託していたとはな、世の中悪党だらけだ、実に憎らしい。

 ――ただ、今はこの場を離れるわけにはいかなかった。

 …………あれ? なぜ離れられないのか。なにか大切なことを忘れているような気がした。
 しかしそんなことよりも、今は世界にはびこる、憎らしい悪党をどうすべきか考えるとしよう。


 ◆◆◆◆


 こうして、突如廃墟となった王城を謎のアンデッドが占拠しているという噂は国内外に広まった。
 
 たびたび、討伐部隊が派遣されたが、そのたびに全滅してしまった。
 
 それからここは立ち入り禁止区域となった。
 幸いにも死傷者は王を含めた幹部や近衛騎士の数十名、魔法学院の上層部の数名、討伐部隊の冒険者数名のみであった。
 
 これを憂慮した他国の王族は連合し、事態を観測していたが。謎のアンデッドは攻めなければ無害であると結論に達した。
 
 数年がたち、王族も代が変わると、それにつれ彼らの危機感も薄れていった。

 そうして、いつの間にか謎のアンデッドは姿を消した。

 ちょうどそのタイミングであろうか、世間では凶悪な盗賊団の消失、噂のよくない王族や貴族が謎の失踪をする事件が報告されるようになったのは……。
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