リッチさんと僕

神谷モロ

文字の大きさ
上 下
29 / 30

最終話 不死の魔導士(後編)

しおりを挟む
 いきなり攻撃してくるとは思わなかった。

 リッチさんのおかげで森はなんとか無事だったみたいだ。

 
 今はロボさんが戦ってる。

 僕は戦いができない。できることはこのスコップで穴を掘るだけだ。


 僕は何ができるだろう。説得だなんて……今さらどうしたら。


 ロボさんは拳銃のようなもので、敵の顔面を集中的に撃ちながら、突進した。

 そしてチェーンソーを取り出して敵を真っ二つにしてしまった。

 昔、異世界さんはチェーンソーで神を殺したとか言ってたけど、それはゲームの話で本当にそんな力があるとは思ってもみなかった。
 

「ロボさん、やったの?」

「あ、マスター、このタイミングでそのセリフは――――」

 瞬間ロボさんは吹き飛ばされ、そのまま木にたたきつけられてしまった。


 僕はロボさんに駆け寄った。よかった無事みたいだ、木にめり込んでいて動けないようだけど。


「おんなぁああ! 死ぬかと思ったぜ!」

 ツインズと名乗る敵の身体は真っ二つだったが、今は傷一つなく元通りになっている。


「だが、大体わかった、お前、ミスリルで出来てるだろ? ならこのプラズマの魔法で消し炭にしてやる」


 まずい。プラズマはミスリルを溶かす。異世界さんがミスリル鉱石を溶かすのに使ってた魔法と一緒だ。 

 助けないと。僕は敵とロボさんの間に立ちスコップを構える。

「ガキが先に死にたいか! いやお前も化け物の一人だったな、本気でいくぜ」

 僕は飛んできたプラズマの球体にスコップをたたきつけた。

 よし、うまくいった。今頃プラズマは異次元に飛ばされて消失してるはずだ。


 異世界さんからもらったスコップと異次元ポッケは異次元空間でつながっている。

 スコップから吸収した物質は日常の収納品――ロボさんが直接ポッケに収納した物――とは隔離されており。
 普段僕が穴を掘ったときに土砂を回収するのに使われている空間だ。

 だからプラズマはこの大量の土砂にぶつかりやがて消失する。しばらくは土砂の排出は控えた方がいいとは思うけど。


「なんだと! おまえ、空間ごと消しやがったな。その武器はたしか……、なるほどお前が魔――」


「――ねえ、あんたたち。この下に何があると思う? なんとドラゴンの化石があるのよ、凄くない?」

 突然、空中から現れたワンドさん。テレポートでここに飛んできたようだ。手には宝箱を持っている。

 彼女はその宝箱を勢いよく投げつけた。敵はそれを反射的に振り払うと宝箱は壊れ、魔法が発動した。

「――ッ!」

 瞬間、彼は消えた。


「あ、ワンドさん、助かりました。さっきのはテレポートの宝箱ですよね? 彼はいったどこに飛んだんですか?」

 ダンジョンの入り口を見たけど彼が出現した気配はない。

「そりゃ、ドラゴンの化石があるんだから。地下に決まってるでしょ。男の子はみんな好きでしょ? ドラゴン。
 それに化石といったら岩盤を連想するはずだから、いまごろ石の中じゃない?」

 さすがは主席魔導士だ。僕は初めてワンドさんを凄いと思った。
 
 ちなみに後で聞いたらドラゴンの化石なんてないそうだ。

 そもそも生きてるドラゴンを誰も見たことがない。おとぎ話の生き物らしい。

 たしかにそれなら僕だって見てみたい。


「マスター、先ほどは助けて下さりありがとうございます」

 木にめり込んでるロボさんを引っ張り出すと、彼女は自分の状態を確認していた。

「あら、お姉さま、ボロボロじゃない」

「はい、服がボロボロになってしまいました。これはもう直せませんね。
 ところで、彼は死んだのですか?」

「いいえ、あいつらはそんなんじゃ死なないわ。後は先生にお任せしましょう」




 ◆◆◆



 ――石の中にいる。

「グハッ! まだ生きてる?」

(うん、さっきまで圧死してたけどね。僕の回復がまたまた役に立ったね。さっきのメイドの娘に真っ二つにされたのと合わせて二回目だよ)

「はは、サンキューだ。お前がいるからこの身体は無敵なんだ」

(それにしても、あのおチビさんなかなかやるね、僕たち二人とも頭の中がドラゴンの化石になったでしょ? テレポートを即死魔法にアレンジするなんてとんでもない発明だよ。気を付けていかないと)

「ああ、わかってる。とりあえずここからでないとな」

 再びプラズマの魔法を発動させ岩石を溶かしながら地上に出た。……いや違う、なんだここはダンジョン?

 無駄に広がる通路と何もない部屋がたくさんある。


 ――馬鹿にしてるのか? さっきのガキが俺にぶつけた宝箱が各部屋に置いてあった。

 だが、あの森もそうだがこのダンジョンもそうとう広い。一時間はさまよってる。やはりここは魔王のダンジョン……。

「なあ、あの小僧の持ってた武器、スコップのように見えたが。違うよな」

(うん、あれは伝説に記された魔王の剣と能力が似てるしね)

 勇者様の伝説に出てきた魔王の剣は切った対象を空間ごと消し去るのだという。

 そんな魔法は存在しない、少なくとも再現できた魔法使いはこの世にいない。それこそ勇者様なら可能なのだろうが。

 やはり復活した魔王なのか。しかし、魔王にしては覇気が全くなかった。もしかしたら勇者様の生まれ変わりなのだろうか。


 いや、よけなことを考えるな、やつは俺たちの使える最強の魔法を消してしまったのだ。なにか策を考えないと……。



 ――まずいな、出口が一向に見つからない。このダンジョンを設計した奴はそうとう頭がおかしいか、さまよってる連中を見て悦に浸る愉快犯なのだろう。

(同感だね、マッピングの魔法で僕も無駄に魔力を消耗しているよ。このダンジョンの設計者の顔が見てみたいね、しかも手抜きの無い見事な内壁とか照明とか、意味が分からない)

 やはり魔王だ、勇者様のわけがない。だが、このままだと俺たちは負ける。

 このダンジョンの規模を見ればわかる。敵が奴らだけという保証などどこにもないのだから。


 最終戦でへまをやらかしてしまったか……。一度、撤退して作戦を練り直さないと。

 作戦、そういえばこんな状況になったら、口うるさく作戦を立案してくれるやつがいたっけ? あれは誰だったか……思い出せない。


 そう考えを巡らしながら、出口を目指してこの迷路をさまよっていると。


 ――出たな、もう一人やばい奴、リッチだ。

「やあ、また会ったね。君に少し話があるんだが。いや君達といったほうがいいかな?」

「おい、化け物、俺たちも余裕がないんだ、無駄話は無しでいかせてもらうぜ」

(まずいよ、このリッチ僕たちの秘密に気づいてるかも、もしかして二重魔法がばれた?)

「関係ないね。俺たちの考えたプラズマは誰にも使えない火の二重魔法の究極だぜ」

(それもそうだ、でも油断はだめだよ。このリッチ初対面とは思えない気配がする)

 たしかに、こいつからは遥か格上の気配がする。実力的には俺たちが上のはずだ。経験の差とでもいうのか?

 リッチとはダンジョンで数百年間引きこもっている魔術師のなれの果てと聞いたことがある。侮れないということか。


「おい、リッチといえば魔法に卓越してるんだろ? なら、伝説の勇者様の開発した最強の魔法を知ってるか?」

 油断はしない、たしかにこのリッチはただ者ではない。最初から全力でプラズマの魔法を放った。

 だが、やつの手前でプラズマは消失した。いや、キャンセルされた?


 魔法をキャンセルするのは難しい、それこそ術式を全て理解していない限り不可能だ。

 くそ、偶然だろ。俺たちは何度も何度もプラズマを放ったが、やはり全てキャンセルされた。


「馬鹿な、俺達の魔法がキャンセルされた。勇者様の魔法が負けたのか」 


「いいえ、それは確か、プラズマの魔法ですよね。教えてくれたのはあなたたちですよ?
 勇者様の魔法を再現できたって詳しく教えてくれたじゃないですか。あの時はまだ失敗が多かったですね。一割くらいの成功率でしたっけ?
 でも今回は全て成功でした、百点満点です」 


「お、お前は!、あ、ああ! 先生! 俺は、僕たちはいったい何を……」


「悪党をすべて倒すんでしたね。でも大丈夫ですよ、ここには悪党はいませんし、あなたたちの目的は無事達成されました」


 ――目的は達成された。


 俺たちは全て思い出した。そうか、目的を達成すると記憶は戻るのか。

「でも、先生はこんな姿になってしまった。それに、あいつがいないんじゃ。結局、俺たちは何のために……」

 あの馬鹿、先生を連れて逃げるんじゃなかったのかよ、先生はリッチになってしまった、ダンジョンをさまよう亡者になり果ててしまったじゃないか。

 お前が支えて幸せに暮らすんじゃなかったのかよ!


 
「ちょっと! 勝手に私を殺さないでほしいんですけど」

「なんだ、ガキか、俺はあいつの話をしてたんだよ。ちょうどお前が着てる様な学生服をだな、卒業してもずっと着続けていた……え? おまえなのか?」

「当たり前でしょ、あんたたちだって何よその身体。最初見たときは全然分からなかったわよ」

 
 ――なんだ、そうか……よかった。俺たちの目的はちゃんと達成できたんだ。


 ◆◆◆

 エピローグ


 僕たちはダンジョンの中の無駄に広い部屋に来ていた。

 今回は内装を整えており教会風にしてある。風というのは誰も教会とは何かを知らないのである。

 結婚式をする場所でしょ? と全員が曖昧な知識しかなかったから教会風の内装なのだ。


 では、だれが結婚するのかと言うと。リッチさんとワンドさん、あとツインズさんである。 

 ツインズさんは別に双子というわけではないそうだ。


 なぜ急に結婚式の話になったかというと。

 きっかけは、戦いが終わって数日たった頃。

 ツインズさんがワンドさんにいった一言からである。

「なんだ、お前、まだ先生に言ってなかったのかよ。 少し残念だぞ? あんなに覚悟してたから。てっきり済ませてるもんだと思ってたぜ」

(そうだよね、ちょっとがっかりだよ)

「なによ、こっちだって心の準備というか外堀というか既成事実というか……色々あんのよ」 

「なんだよ、めんどくせーやつだな」

「そ、それに先生は難聴系だし色々と大変なのよ、それにあんたたちだってどうなのよ」

 口喧嘩が始まりそうになっていると。

「あー、こほん、それだけど。いい加減、僕も難聴系という肩書から卒業しようと思うんだ」

 リッチさんは腰を落とし、ワンドさんの前に膝まづく。

「ごめん、君の気持をはぐらかしていたよ、先生とか立場とか気にしすぎてたみたいだ。いや、それも言い訳で。結局僕は臆病だったんだ。
いや、今ここで言いたいのはそういう事じゃなくて。――――僕と結婚してほしい」 

 ワンドさんはなんと言ったんだろう。周りの拍手でよく聞こえなかったけど、彼女の表情をみればそんなことは些細なことだった。

 そうして、ツインズさんも。

「なら、俺たちも、身体は一つになったけど儀式はまだだったし。一つ合同で結婚式でも挙げるか」

(そうだね、儀式は大事だ、一緒にやってしまえば照れくささも半分で済むし)

 こうして二組のカップルの結婚式が行われる流れとなったのである。


 でもツインズさんって二人とも男の人だよね、とロボさんに聞いたら。「マスター、今どきは男性同士でも結婚できるのですよ」
 
 ということだった。そもそも結婚に性別は関係ないし、道具や建物とも結婚できるのだという。中には二次元と結婚した人もいるそうだ。

 なるほど次元を超えて結婚できるのだから性別や年齢なんか些細なことなんだと、リッチさんとワンドさんの指輪交換を見ながら思った。


 ワンドさんは結局、幼女の身体に落ち着いた。抱っこしてもらえるのが気に入ったようで、僕がリッチさんに会うときはたいてい腕の中にいる。

 ちなみにツインズさんは体が一つなので両手の薬指に指輪をはめていた。


「ねえ、ロボさん、その話だったら僕達も結婚できるよね?」

「おや、今回はめずらしく鈍感ではないですね。気づかないのではとちょっと心配してたんですよ?」


 こうして、三組のカップルの結婚式はお互いが立会人となり、彼ら以外は誰もいないこのダンジョンで静かに行われたのでした。
しおりを挟む

処理中です...