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第一章

第17話 無反応砲

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 最悪なデートだった。俺は回復魔法を彼女に施す。

 勇者の魔法レベルの完治の魔法を……。

 大げさかもしれないがひっかき傷一つを見ただけでも彼女は今日のことを思い出すだろう。
 それは可哀そうだし俺が嫌だ。

 彼女のドレスはボロボロに引き裂かれており、俺は現地で盗んだ……手に入れたテーブルクロスで彼女を包んでいる。

 俺はメイド服は着たままだったが外見は元通りにしておいた。

 黒髪三つ編みツインテールで、丸眼鏡のメイドは怖すぎると思ったのだ。


 彼女の邸宅に着くと、すぐに事態はシルビアさんの両親に知られることになった。

 俺はシルビアさんのそばにいたため詳細は知らないが。それはとても深刻な会議が行われていた。

 戦争とか去勢とかなかなかに物騒な単語は俺の耳にも聞こえてくるくらいには白熱していた。 
 
 とうぜん婚約は破棄だろう。伯爵家とは戦争になるかと思われたが。

 伯爵の両親はカールを廃嫡にした。しかも卒業後は庶民に落とすと言うことで決着はついた。


 しかしまあ、あまりに重い罪は今後、無敵の人を作ってしまう恐れもあるし。どこかで妥協すべきだろう。

 俺がある程度、現場で裁きを下したとご両親に言っておいたので。それなりの温情はあるはずである。

 詳細を話すとシルビアのパパは顔を青ざめていたが……。分かるよ、ひゅんとするよね。

 ママの方はニコニコしながら「それでは無反動砲ではなく無反応砲ですわね」と言っていた。

 うまい、座布団あげちゃう。



 まあ実際はカール氏は今後の行い次第で。廃嫡の取り消しなど。あるいは庶民への降格は免除することはできるだろう。


 しかしカール氏のパパはじつに手際がいい、不正入学疑惑もあるため火消しに走ったのだろうか。

 しかも公爵家に対する賠償はかなりの額だったそうだ。他の貴族の家々にも噂は広まっているだろうが、なかったことにしてやる的な感じで決着した。


 その辺は貴族様の付き合いがあるのだろう。伯爵家は評判がいいのだ。カール氏を除いて。アキレス腱というやつだろう。


 しかし心配なのはシルビアさんである。男性不信になってないだろうか、俺はそれだけが心配だった。

 シルビアさんのご両親の願いもあってしばらくは一緒に過ごすことにした。

 過ごすと言っても一緒に本を読んだり、お話したり、庭園を散歩したりといったところだ。公爵家は広いとはいっても何もしないとすぐに飽きてしまう。


 それでも、しばらくはシルビアさんの邸宅にお世話になっていた。公爵家の暮らしも大変満足だが俺の目的を忘れてはいけない。


 俺は学院の図書館にいきたいというと。


 シルビアさんは一緒に来るといった。ご両親は少し心配していたが、俺が一緒ということで了承した。

 こうして俺たちは二学期が始まる前に寮に戻ることになった。


「アールさん、私を助けてくれた時メイド服きてたわよね? あれもう一着あるかしら」

 おや、シルビアさんはメイド服をご所望のようだ。クローゼットから一着あたらしいメイド服を取り出して渡す。

 彼女は目の前でいきなり着替えだした。今着るんかい! まあ慣れた、最初は自分の着替えすらドキドキしたものだが。今では堂々としたものだ。
 
 そうして着替え終わったシルビアさんを見る。

 うーん、なんか違和感が……なんだろう。


 俺は首をかしげて考え込む仕草をする。普通ならお似合いですわ~というのがマナーだろうが、本当の友達なら正直に言わなければならない。

「どうかしら? ……その反応だと似合ってないのかしら」

「うん、なんか違和感、あ、そうだ、その髪型のせいだとおもう」

 貴族のお嬢様がメイドの格好をしている風にしか見えない、コスプレである。

 でも貴族の女性もメイドとして、より高貴な身分の貴族のメイドとして働くとは聞いたことがある。


 しかし、ツインドリルのメイドは流石にいないだろう。違和感の正体はツインドリルだ。これがなければよく似合っていてとても可愛い。

「なんだ、そうね、この髪型だとおかしいわよね、よかったそれなら簡単よ。明日もまた着たいから一着貸してくださいな」

 うん? まあ貸すくらいならいい。というかプレゼントしてもいい。三着は持ってきてるから。

「じゃあシルビア、私は図書館にいくから、またあとで」

 一緒に寮を出るとシルビアさんは街にいくと言って別れた。流石にその格好で外出はしないでと注意はしておいた。


 図書館にはバンデル先生がいた。この人はここに住んでるのだろうか。まあ好都合である。

 先生曰く、休みの日は自分の研究に没頭できるのではかどるのだそうだ。その通りだ、一日なにかに集中できるのはとてもいいことだ。

 俺も隠居時代はいろんなものを造ったものだ。この身体もそうだ。忘れてはいけない。俺はこの身体を元の持ち主に返す使命がある。


 しかしジャンクロード・バンデル先生。彼についてはいずれ調べる必要があるだろう。彼の魔法材料技術はこの世界の技術というよりかは。昔、俺が作った技術に似ている。

 単純に技術が進んだのだろうか、5000年の歴史があるのだからさすがに全部が勇者起源説はおこがましいか。この世界もやがて魔法機械の時代に行きつくだろう。

 それにネクロマンサーの家系というのも興味がある。同じモノづくりの同志としてこれから距離を縮めて信頼を勝ち取るのだ。

 チート能力に勝る力、それは人脈なのだ。と、元引きこもりの俺の長きにわたる人生の結論である。


 今日はなかなか成果があったなと満面の笑みで寮へ帰る。

 ……俺の部屋にだれかいる。


「お帰りなさいませご主人様」

 随分古典的なメイドさんがそこにいた。だれだお前は!

 ……いや、分かっている、シルビアさんだ。しかしだれだと言わざるおえない。

 髪が短い。そう俺と同じくらいの鎖骨に届くくらいの長さである。

 そこまでやるか、たしかにそれならメイドさんっぽい。しかも髪型を俺に寄せてきてるな。俺と同じストレートのセミロングであった。

 しかしバッサリ切りすぎだ、もうドリルが一巻きくらいしかできない。

 まるで失恋したみたいじゃないか。いや、したのか。しかも結構な事件として知ってる人は知ってる案件だ。


「……髪切った?」


 それしか言えなかった。


 しかし彼女はニコニコ顔だったので、特にこちらからは言うことは無い。当人がいいと思っているのだから尊重すべきなのだ。
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