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第一章

第33話 長期休暇

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 一年生も終わり長期休暇に突入した。


 学年順位は俺は変わらず3位だ。1位はもちろんシルビアさん。

 2位はというとなんとローゼさんである。カール氏はまあ、聞かないでくれ。可哀そうだ。


 だがAクラスには違いない。そこまで馬鹿ではない。

 基本クラス替えは下位の成績の数名がBクラスの上位数名と入れ替わるのだが無事に残留決定だ。

 よかったなカール氏、お前は馬鹿ではないのだ。あんなに立派なご両親なのだ。お前はもともとスペックは高いはずなのだ。頑張んなさいね。


 おっと、そんなことはどうでもいい。それよりもショックだったのがバンデル先生は今年で退職ということだった。

 まだ40代くらいで全然若いのに……俺は結構ショックだった。あんなにいい先生はいない。

 実家の都合ということらしい。どうやらお父様が亡くなり、兄弟も最近亡くなってしまったようでバンデル家の家督を継いだそうなのだ。

 普段自分のことを話したがらない先生が珍しく俺に話しかけてきたと思ったらもうお別れなのか。
 ……残念だ。


 長期休暇に入ったら一度訪ねてみるのもいいかもしれない。俺は住所を訪ねたがバンデル先生はあまり乗り気でなかった。

 客をもてなすほどの家ではないとはぐらかしていたが、それでもと、ごり押しして聞き出すことに成功した。

「やれやれ、まあ君ならそうだな……僕の負けだよ」と、先生の表情は少し緩んでいた気がした。そんなに恥ずかしい家なのか。

 ネクロマンサーの家ということはいろんなグロ系アイテムがあるのだろう。安心してくれ、俺はそういうダークファンタジー系のグロは大好物だ。

 むしろ医学系のグロの方が苦手なのだ。


 図書館の引継ぎの先生は誰もいなかった。だれもいないとはどういうことだ。

 この学院は正気なのか? まあ、いい、俺は来年度に決まる予定の先生に引き継ぐためバンデル先生と引き継ぎ業務をしていた。

 ただの学生に……。本は大事にしないとな。次に来る先生はこき使ってやろう。バンデル先生はこうしていたとか、掃除は毎日していたとかもろもろつけ加えてな。

「そういえば、君達Aクラスは【不死の万能兵士】の対策をしていたようだが成果はあったかな?」

 バンデル先生にはばれていた。別に隠れてやっていたわけでもないから当たり前だろう。

「いえ、まだなんとも言えないです。体力はつけた方がいいかなというところでしょうか……」


「そうか、頑張るといい、と言いたいところだが。それは根本的に間違いだよ。もちろん体力をつけることは間違いではない。

 そうだな。最後に先生としてアドバイスだ。あれには接近戦など挑んではいけない。というかアンデッド相手に接近戦はそもそも分が悪い。

 とくに術者のいるアンデッドに挑むのはネクロマンサーの術中にはまってしまっているということだ。

 最善の対策は、術者を殺すか。それが不可能なら魔法を封じる。その次は逃げることだ。距離さえとってしまえば自立思考の無いアンデッドは追撃してこない。
 
 魔法使いとしてはそれでは不満かな? 確かにターンアンデッドの魔法はアンデッドに対しては有効な手段だが。それはネクロマンサーとの魔力の勝負になる。

 格上のネクロマンサーが相手の場合は接近戦で挑むのと同じくらいに愚かな戦術といえるだろう」


 そうか、先生のユニソルの攻略はもう無理なんだな。対策方法をもっと考えたかったがネタバレされてしまった。 

 でも自立思考のあるアンデッドの場合は逃げるのは無理だということでは? 俺の国にはリッチがいたと聞いた。他にいないという保障はない。

「先生、自立するアンデッドが現れたらどうすればいいでしょうか?」

 …………。

 先生は急に深刻な顔をした。あれ、言っちゃいけないことをいったのか。ネクロマンサー的なタブーを踏んでしまったか。

「……。いや、失礼。そうだったな。君は他国から来たのだったな。自立するアンデッド。それはネクロマンサーとしては倒すべき敵だ。

 そのために僕の家は研鑽をしてきた。でも残念だけど僕もまだその方法は分からないんだ。なぜなら自立する方法を得ている時点で魔法使いとしては格上なのだから……。

 ちなみに今の話は秘密にしてくれるとありがたい。自立するアンデッドといえば建国神話の英雄であるツインズ様なのだよ。これも秘密だがな」


 おっと、俺は英雄を殺す方法を聞いてしまったのか。これは外交問題だ。しかし俺の子孫にはアンデッドもいたとは初耳だ。歴史とは恐ろしいものである。


 名残惜しいが先生とはこれで本当にお別れだ。後姿を見送る。ロングコートに黒髪がよく似合うカッコいい先生だった。  
 



 俺の記憶に残ってる先生はバンデル先生だけだと思っていたが。そうでもなかった。

 歴史の先生にはそれはもう何度も悶絶させられたものだ。名前は……とにかく歴史の先生には悶絶させられたのだ。


 ある日アンネさんは言った「クラスの皆はアールさんが歴史の授業になるととても可愛い反応をするのでクラス共通の娯楽になっていたの」と

 特に勇者に関しての話になると、まるで恋する乙女みたいに真っ赤になる俺をみて皆、授業どころではなく俺を見ていたそうだ。

 知らなかった。というかアンネさん早く言ってよ、恥ずかしい、自分の捏造歴史を聞いてただでさえ恥ずかしいのに。

 それを全員から見られていたとは……。


 だが、おかげで歴史の成績の平均点は大幅に上がったそうだ。魔法使いにとっては別にどうといったことのない基礎教養だったのだが。

 Aクラスの歴史の平均点は学院始まって以来最高得点だったらしい。

 これは……俺のおかげか? よろこんでいいのか? 


 いや、認められない。俺は勇者の英雄譚に対してアンチなポジションをとっていた。

 ディベートの授業でも勇者はそこまで万能ではないと主張する神話否定派の急先鋒だった。


 相手はシルビアさん。勇者様は彼女のご先祖様なので勇者肯定派である。


 ちなみにディベートの授業、日本人にはなじみがないだろうが欧米では当たり前の授業だ。対立する意見をぶつけ合う授業だ。俺は日本人なのでとても苦手である。

 ……だが、これは俺のことだ。すらすら正論を言える。歴史の矛盾など簡単に論破できる。


 俺自身のことなのだ。論破しまくりで当たり前だ。


 ……と思われたが。シルビアさんは流石だった。彼女は勇者が好きすぎる。やめてくれ、彼女に俺のことを褒められたら、ころっといってしまう。

 彼女は勇者がとても好きなのだ。…………俺もそんなシルビアさんが好きだ。


 ディベートの授業は俺の陣営の負けだった。だが負けたからって大した問題じゃない。

 議論が終わったら両陣営は仲良く握手して終わるのである。


 でも、シルビアさん、俺のことをそんなに……涙目になってまで擁護するなんて。俺は嬉しい。

 シルビアさんは勇者が本当に好きなようだ。



「……もう、アールったら容赦ないんだから。でもそうね、あなたの言う事も理解できるわ。私の感想で勇者様を語っていたのは確かだし。

 それに勇者様だって人間だったのだから200年の寿命はおかしい。嘘つくのはやめるべきね」


 ごめんシルビアさん、ディベートで相手をイラっとさせるフレーズを言ってしまった。論破王は俺には向いていない。


「シルビア、ううん……いいの。勇者様はあなたの言うとおりの人よ、それにそうあるべきだと思った……」

 白熱した論戦を終え、両陣営はお互いを抱き合って称えていた。俺とシルビアさんも急接近している。

(マスター、キスです! キス)

 やめてくれよロボさん、人の目があるじゃないか。でもそうだな、これは勇者肯定派と否定派の両陣営の未来の為だ。

 それにシルビアさんは既に目を閉じて顔を近づけている。


 周りの歓声のなか一年の最後のディベートの授業は終わったのだった。


 いろんなことがあった。この一年は実に濃密だったと思う。それにあと三年はここで過ごすのだろう。

 シルビアさんとはこの先もずっと過ごすのだ。


 長期休暇はシルビアさんの家に招かれたのでそこで過ごす予定だった。

 女子寮の入り口に馬車が止まっている。シルビアさんの馬車だ。

 乗り心地が悪いんだよな。今回の休みではこれの改善に努めようか。うん? ストーカーがいる。

 

「大変だ! ローゼが行方不明になった」

 いきなりカール氏出現。どういうあれだ!
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