上 下
96 / 109
第三章

第96話 ユリウス・バンデル

しおりを挟む
 男が森を一人で歩いていた。
 共も連れず、馬にも乗らず、僅かな手荷物を持ち、黒いローブで顔を隠しながら。

 男の名はユリウス・バンデル、竜王教会のネクロマンサー。

 かつて、ネクロマンサーとしての禁忌を犯したために遠い昔に庶民に降格したバンデル家の傍系の末裔である。
 ユリウスは何日も掛けて。目的地である大きな屋敷につく。

 今は誰も住んでいない、だが廃墟にしてはまだ新しい。
 建物は綺麗なままだったが、蔦が徐々に屋敷の壁を侵食しつつある。

 当然、庭は手入れされておらず石畳の隙間から雑草があちらこちらに生えている。

 ユリウスは屋敷の中に入ると玄関から広間にでる。
 その広間にて血で描かれた魔法陣を見つけた。

 鞄から赤い液体の入った瓶をとりだす。

 液体を魔法陣の上に垂らすと魔法陣が光る。

 彼はその光りに手をかざし、しばらくの間、目を閉じながら思慮に耽る。
 探知を終えたのか、光が消えると彼は大きく溜息をつき、呟く。
「エリックめ、へまをしたようだな、息子に殺され、あまつさえ使役されるとは、しかしその本人はどこに消えた? 魂の残滓がないということは死んではいないようだが……」

 ユリウスは屋敷を散策を続けると、すぐに地下室を見つけた。
 人の気配がないことを確認すると、地下室へおりる。

 そこにも魔法陣が描かれていた。
 再び魔法陣の探知を行う。
「……これは、そうか、対の存在、もう一人の『血の継承者』が現れたという事か。ふふ、なるほどな、だが解せんな。もしそうならこの国はとっくに消滅しているはずだ。だとすれば儀式は失敗したか、あるいは……」

 ユリウスは一通り無人の屋敷を調べるとこれ以上の情報は得られないと判断し屋敷を離れる。
 そこで違和感に気付く。

 周りの森だ、ここは自然の森のはずなのに、所々に木が間引かれている。いや、なぎ倒されているという方が近い。

 ユリウスは倒れている木に近づき、その折れた根元を調べる。
「これは、魔法か? いや何か物理的な衝撃で折れている。攻城弓のようなものか、だが矢がない、全て回収したとも思えないが、これほどの数の木をいったいどうやって」

 そして、さらに森の奥に入っていくと何もない広場があった。中央には円形の池がある。
「これは! 間違いないな、ここで戦闘が行われている。しかもかなりの高位の魔法使い同士の戦いだ」

 その広場の端の木々は広場の池を中心に放射状に倒れており、なにかの巨大な爆発で出来た地形だと推測したからだ。

「エリックの息子が『血の継承者』であるのは間違いない。それにこの規模の魔法は間違いなく二重魔法……だとしたら儀式は成功している。つまり完璧なる血の継承者の誕生……やはり魔法学院を調べる必要があるな」

 ◆

 魔法学院、図書館にて。

「だから、ごめんって、あれは、気の迷いというか、そう、香水のいい匂いがしたんだよ。だから、……そうだローゼの匂いがしたんだ」

「もう、そんなこと言ったって騙されないわよ、あなた、あの娼婦のお姉さんに鼻の下伸ばしてたじゃない!」

「それはしょうがないというか、彼女の着てた服が、その、露出というか、胸元がきわどくて、目のやり場にこまってたというか」

「これだから男子は、……じゃあ、カールは私がああいう服着てたら同じ反応するってこと?」

「うん、それはもう、大歓迎だよ、なんなら僕の店で仕立ててあげるよ。よし! そうと決まれば、週末にでも採寸しにいこうか」

「え? どうしよう、最近ちょっと太ったっていうか、どうしよう、ダイエットしないと」

「ローゼは今のままで全然素敵だよ。どちらかというと、ちょっとぽっちゃりが好みというか」

「ほんとに? 絶対嘘よ、あなたのことだから、私がデブになったら、やせた方がいいって言うに決まってるわ」

「カール氏よ、嘘はよくないぞ? そういう男はいざというとき、手の平を返すが世の常だ。反省したまえよ」

「あはは、ほんとそれだね、僕も気を付けないとねー、そうだせっかくだし、ダイエットの正しい方法でもスタディしようじゃないか、あ、もちろんアンネちゃんはその必要はないからね」
しおりを挟む

処理中です...